第13話 雨宮side 「酒が飲める飲めるぞ〜酒が飲めるぞー!」
「酒が飲める飲めるぞ〜酒が飲めるぞー!」
「雨宮先生ー、欲望がダダ漏れすぎ」
「何その歌ー」
「朝っぱらから酒の話するなよー」
運転手の私、万智子ちゃん、そして卓球部員を乗せたハイエースが国道四号線を南下する朝、車内はすでに修学旅行当日のようなテンションだった。
その中で特に声がデカくなってしまう私。ヘルプを二人呼び、どんだけ酔っ払ってもOKな万全の体制で、夜のご馳走を堪能することだけを楽しみに今日を迎えたのだから、嬉しくってしょうがない。
私の歌をからかう部員の声に紛れて、聞き捨てならない一言があり、後ろへ話しかける。
「南さん何ー、この歌知らないのー?」
「そうでーす。先生が作った歌じゃないんですか?」
出たよジェネレーション・ギャップ。G・G。南さんは二年生の女子。昔の映像が流れるテレビ番組とか、youtubeで偶然出会わなければ、知る機会なんてないだろうな。
「つっても、私もこのワンフレーズしか知らないんだけどね。小学生のとき、テレビでやってたのを聞いただけだから」
「雨宮先生ー、もっと元気になる曲を歌いましょうよ! 牧田先生、お願〜い」
綾野さんも被せてくるな。仕方ない。
「万智子ちゃん、じゃ、そろそろスマホをカーナビ接続でお願いします」
「合点承知の助!」
人のこと言えないけど、それも十分古いよ。
万智子ちゃんはケーブルをスマホに繋いだ。このレンタカーは、有線だけどスマホから映像を出力できる。面白そうなオプションだったので追加してみた。
おかげでyoutubeを車のスピーカーで流せる。希望の曲をすぐにかけられるから、ラジオのパーソナリティー気分を味わえる。
「何がいい?」
「ad○の『私は最強』って曲」
それなら私も知ってる。
曲が流れる。そしてサビへ。
「さ、いくぞ! 私は--」
「「「「さいきょ〜〜〜〜!!!!」」」」」
綾野さんの合図に、女子の何人かが裏声で合唱する。声たっけーな、おい。
確かに大事な時に聞くには、自己暗示の意味でもいい歌詞かもしれない。
やっぱり、綾野さんはやるな。
それにしても。私には気掛かりが二点あった。
信号を待ちながら、ルームミラーをちらと覗く。
後ろのハイエースは須田先生が運転している。その車両に一、二年生が中心のメンバーが乗っていた。選択科目で美術を取ってる生徒をできる限りチョイスしたけど、須田先生と接するのが初めての子もいる。
そちらの盛り上がり具合が一点目の心配事だった。
けれどもよく見ると、須田先生は笑っている。助手席の女子は須田信者だ。前を向かず横ばかりじっと見つめている。
車内全体の温度感はわからないが、そんなに悪くはなさそうだ。
この人には今日、デートの断りを伝えなければいけないと思うと緊張するけど。
二点目の懸念点は、私の車にあった。
最後部座席に、口を真一文字にし、周りの熱狂の中で滝に打たれる修行僧のように動じない男が一匹。
錦戸くんだ。隣で宍戸くんが何回か会話で緊張をほぐそうと試みているが、全然話が弾まない。
今日の試合では彼が一番心配だ。とてつもなく緊張に弱いからだ。勉強だとそこまで動転しないけど、スポーツとなると別人になるみたい。
卓球はメンタルがパフォーマンスに直結する。普段できることが、試合となるとできなくなる。
錦戸くんは、練習だと部内では強い方なのに、足手纏いになる可能性がある。
ごめんね、手厳しくて。
「そろそろくるよ」
「私は--」
「「「「「さいきょ〜〜〜〜!!!!」」」」」
女子の中に女の金切り声が一声。
「雨宮先生、急なんだけど。ウケる!」
綾野さん含め女子たちは爆笑していた。急な大声なんて、一か八か、滑ったら一気に寒い空気になる。賭けに勝った。今日は運が向いてる気がする。
万智子ちゃんは微笑みながら尊敬の眼差しをこちらに向ける。その反応はどうなんだ?
錦戸くんは……お、ちょっと笑ってた! よしよし。
もう、試合は始まっている気がする。今日を一日、乗り越える。
悔いがないように。みんな、頑張って……!
◇
大会の日の体育館は異世界だ。
外とまるで空気が違う。団体戦前の練習タイム。観客席から眺めると、みんな強く見える。
あ、あそこは去年の県ベスト四の高校。フォームがきれいだ。まるで機械のように同じ動きを繰り返しながらラリーを続けている。
対してうちの生徒たちは。うん、まあ、団体戦、なんとか一回は勝ちたいな。欲を言えば二回。
「雨宮先生。今日は勝てそうですか?」
須田先生が横から話しかける。初めての景色だからか、普段の彼よりも若干テンションが高い。
「今日は絶好調ですよね? 雨宮さん?」
反対の隣に座っている万智子ちゃんがなぜか先に反応した。卓球部の好不調をどうしてあなたが知っている?
「可もなく不可もなく。相手次第かな」
万智子ちゃんは大会スケジュール表をじっと見ながらこう質問した。
「予選は総当たりなんですね。最初はI高校。ここ強いんですか?」
「強い」
「次はJ高校。ここは?」
「強い」
「最後はK高校。ここは?」
「強い」
「全部強いんじゃないですか〜」
万智子ちゃんは困り顔で訴える。
「だけど、うちの高校よりどこもちょっと強いだけだから、むしろいい状況だね。ヘマしたら全敗。奇跡が起これば二位通過のトーナメント進出って感じ。『雨宮の情け』を導入した効果をアピールするには、昨年の全敗を超えないといけない。つまり、ノルマは一勝」
「『雨宮の情け』とはなんですか?」
須田先生が問いかけた。万智子ちゃんは先を越されたと言わんばかりに、あっ、と声を漏らし、うぅ……と悔しがる。
「卓球マシーンの名前です。洒落た名前の方が親しみが持てると思って」
「へー。情け、か。なんだか詩的ですね」
「え? 素敵?」
万智子ちゃんが間に入った。なんなら私の目の前まで彼女の頭が入るほど食いついている。
「詩的です」
「シテキ?」
万智子ちゃんは漢字が思い浮かばないようだった。私はスマホを取り出して、詩的、と打って見せた。ああ〜と納得したみたいだ。
「須田先生、難しい言葉を使うんですね」
「すみません。音声だと伝わりづらい言葉でしたね」
「……」
「ほらそこ! 黙るな! 万智子ちゃん、否定しないと怒ってるみたいでしょー」
「だって本当にわからなかったんです」
そう言って万智子ちゃんは須田先生を睨みつける。
須田先生は相手にしてない、というより、なぜこの人は睨んでるんだろう、みたいな、そもそも相手の不信感に気づいていない感じ。
私の両隣でばちばちやるのは勘弁してくれ!
「雨宮先生って、牧田先生のお姉さんみたいですね」
須田先生が今発見したかのように言う。
「そうかもしれませんね」
私は微笑みながら答えた。須田先生もちょっと微笑みを返す。
だからなんで雰囲気作ろうとすんの私は!
すかさず会場の方へ視線を逃す。
「雨宮さん、応援はどうすればいいんですか⁉︎」
「わ、もう、近いって。ほんとワンちゃんなんだから」
「ごめんなさい、あの、点取った時のサー! とか、ヨー! とか、決まってるんですか?」
「あんなん、ノリだから。高校によっては掛け声を統一しているとこもあるけど、うちは自由。とりあえず声出しとけばいいよ。しっかり、応援してあげてね!」
「はい!」
まるで高校一年生のようなフレッシュな瞳で万智子ちゃんは答えた。
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