第12話 錦戸side 「なるほど〜。それが君の秘密かー」
「なるほど〜。それが君の秘密かー」
「秘密ってほどじゃ。ネットとか本を読んで編み出した、ただの持論です」
僕は雨宮先生に自分の勉強法を教えていた。
教師に勉強を教えるなんて生意気もいいところだけど、今後の小テストとか宿題に役立てたいからお願い、と言われ恐る恐る打ち明けた。
「復習が大事というのはどういう理屈なの?」
「勉強において最大の敵ってなんだかわかります?」
「誘惑?」
あまりにも即答だったので僕は笑ってしまった。
「それもあります。先生はそれで失敗してそう。誘惑に弱そうな顔してる」
「いやいや、失敗してないし。確かにドラマとかお笑いとか誘惑に若干屈してたけど、ちゃんと合格したよ。センター試験はC判定だったけど」
先生はムキになって早口で答える。
「共テですか?」
「そうそう。昔はその名前だったんだよ。懐かしー。試験中に隣の女の子が生理来ちゃって、ちょっとした騒動になって、私は気が気じゃなくって、集中力切れたんだよ、ってのがC判定の言い訳」
「うわー。焦りますね」
「テストって何が起こるかわかんないから、受けられる模試は受けておいて、トラブルを経験した方がいいと思います。で、話を戻して、どうぞ」
「勉強の最大の敵は、忘れることです。ここ勉強したのに思い出せなかった〜、って事態が一番腹ただしくて、悔しい。逆に、この回答は勉強してなかったわー、は諦めがつきます。諦めがつくところは徐々に無くすとして、思い出せない記憶を取り戻すのが先決です」
「ふんふん」
「週七日のうち、土日の二日間は、覚える勉強はせずに復習だけに費やします。絶対に次に進んではいけません。この学習法の欠点は、週七日全て新しいことを覚える方法に比べて、学習の進行が遅いことです。けれど逆手にとる。追いつこうとすると、自然に学習量が増えます」
「すごいね」
先生は僕の滅多にない長台詞を聞き入っている。右手の甲を顎につけて、僕の顔を熱心に見つめている。
西陽が入ってきて、先生は目を細める。斜光の効果で先生が色っぽく見え、急にドキドキしてきた。顔が赤くなるのを感じて目をそらす。
「勉強したところだけでも、試験に出たら確実に正解させる。初めはどんなに小さな範囲でも、成功体験は自信になります。あとはそれを広げるだけです」
「あはは、すごいね! 錦戸くんは大学に入ったら、家庭教師か塾講師のバイトにでもなった方がいいよ。絶対教え方うまいって」
「うーん、不安だけど向いてるかな」
「そういうバイトって、とてつもなく勉強するのが難しい子との格闘でもあるから、その理論が通用するかどうかは一概には言えないけどさ。錦戸くんならできる気がするよ。成績が良くても、伸び悩んでる子にも効果がありそうだね。錦戸くんは将来教師になってもいいかもね。工学部でも教員免許を取れば教師になれます」
雨宮先生は立ち上がって、窓辺に近づく。西陽をレースカーテンで遮った。
「実はね。今日の話は綾野さんから相談を受けたせいでもあるの」
「みずきから?」
「そう。二つある。一つは、錦戸くんの今度の模試がよかったら、T大受験を説得してというお願い。教頭から圧をかけられたのもあるけど、綾野さんの望みでもあります」
あいつがそんなことを。自分の心配をすりゃいいのに。
「もう一つは、自分の勉強に自信がなくなってきていること。予備校にも通って頑張ってるんだけど、伸びてる実感がないっていうやつ? 今回の模試で学力は維持できてるみたいだけども、この先が不安なんだそうで。しかも定期テストは万年二位だしね。一位の誰かさんのせいでさ」
雨宮先生はいたずらっぽく笑う。
「それは。テストはみずきが努力して僕を追い越せばいいだけでしょ? それにもう学内なんて気にしなくていい。日本全国の受験生を気にする時期です」
「ところがそうはいかないんです。どんな小さなことでも成功体験は自信になる、でしょ?」
「う……」
「何が言いたいかというと、さっき君の勉強法を聞いて確信したの。それを綾野さんに共有してみてくれないかな? って。高総体が終わってからでいいからね。ごめんなさい。本当に君がアドバイスするに相応しいか、テストしたんです。でも予想以上だった。君ならきっと大丈夫」
先生が近づいてきて、僕は無意識に立ち上がった。
「お願いします」
真面目に頭を下げられて、僕はパニックになった。顔が熱くなり、汗が噴き出す。
「や、全然構いません。教えると覚えるって言いますし。じゃ、高総体が終わってからで」
「ありがとう! もうすぐだし、大会も頑張んないとね!」
大きな足音が超スピードで近づいてくるのが聞こえた。
「あー、まだいた!」
みずきが廊下から現れた。汗だくで息を切らしている。部活の後、相当急いで駆けつけたみたいだ。
「お、綾野さん、ちょうどいいところに。この間のお願いの件、無事、成約できました〜。ね、錦戸くん」
僕がはいと返事する前に、
「ほんとですか! 雨宮先生、ありがとうございます!」
そう言うなり、みずきはまた走って帰った。走んなー! と雨宮先生は廊下に出て叫ぶ。
僕も教室を出る。向こうからやってきた、みずきの友達である由香里さんが遠くに見えた。引き返したみずきとかち合う。みずきはなぜか由香里さんにラリアットをかます。グエー! と悲鳴が聞こえた。
そのまま二人で向こうの階段を降りて行ってしまった。
僕と雨宮先生はポカンと口を開けて見守り、顔を見合わせて苦笑いする。
みずき。僕にお礼は?
というか、何しにきたんだ?
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