第10話 雨宮side 「あー、あー、ごめんね」
「あー、あー、ごめんね」
「え? なんですか?」
だめだ。緊張して言葉足らずすぎた。
好きな人に電話しろなんて、万智子ちゃん、突然無茶な注文してくるんだからな。
「ごめんというのは休み中にごめんという意味で。あの、錦戸くんは今どこにいる?」
定期的に金属音が聞こえる。野外みたいだ。
「昨日も休み中だったじゃないですか。実は今、宍戸とバッセンに行ってるんです。一応断っておくと、午前中の三時間ちゃんと勉強してからの息抜きですよ。どうしても行きたいって言われて」
宍戸くんは錦戸くんの友達だ。錦戸くんは人と連まない主義らしく、彼が普段話す生徒は宍戸くんと綾野さんくらいしかいない。
宍戸くんは修学旅行直前に足を捻挫し、病院で旅行写真を眺める羽目になった不幸な男の子である。
「宍戸くんて、足がまだ治ってなかったんじゃ」
「一本足打法で頑張ってます。でも、怪我した足が地面にちょっとぐらい着いてもよくなったんですよ。だからって無理すんなって、雨宮先生から言ってやってください」
「今、錦戸くんと話したいんだけど」
やばい。ちょっと言葉に棘があったか。
張り詰めた空気を感じる。
「そういうことなら…………まあ、しょうがないですけど」
あの子、どんな顔して言ってんだ⁉︎
スマホを顔から離して錦戸くんのアイコンを見る。首を五度傾けてスマイルのポメラニアン(彼の家のワンちゃんらしい)。
今すぐビデオ通話を開始のボタンを押したい。
あ、でも相手も同じの押さないとだめなんだっけ?
「雨宮先生?」
スピーカーから微かに呼ばれた。
私の世界に飛んで行ってた意識を現実に引き戻す。
「あ、うん。ごめん」
「なんか今日、変ですよ? いつもみたいに喋んないし。あ、でもこうやって電話で話すのは初めてか」
「ちょ、ちょっとね。今日は万智子ちゃん……牧田先生と花火を買いに行ってて」
さっきまでいたテーブルに座っている万智子ちゃんが遠くから見えた。彼女は私の目線に気づくと、満面の笑みで手を振る。私も遠慮しがちに手を振り返した。
なんかやりずらい。
「花火。ありがとうございます。というか、今一緒にいるんですか、牧田先生?」
「うん」
hereというよりthereだけど。
え……と彼の声が漏れた。
「何で? 僕らのこと、秘密なんじゃ。もしかしてバラしたんですか?」
錦戸くんの声に凄みが増してきた。
焦る。なぜ私より必死になってる?
「違、牧田先生にはバレてないの、だって」
「だって?」
食い気味に喋られると言葉に詰まってしまう。この状況は口だけでは伝えきれない。
「電話してるから、まだやってていいよ!」
錦戸くんは遠くへ叫んだ。
「宍戸にはしばらく打席に立ち続けてもらいます。で、どうしてバレないんですか?」
「だって、だいぶ遠くにいるんだから。ちょっとカメラオンにしてみて」
お互いの顔が見える。錦戸くんは浮かない顔でこちらをじっと見ていた。
私はスマホをひっくり返して、万智子ちゃんの方を写す。
「あ、あのひとですか」
「うん、ちょっと遠いけど、牧田先生」
万智子ちゃんは私の動きに気付いたみたいで、遠くて見えない私の好きな人に対して、今日一番の笑顔で手を振っていた。
通りすがりの人が私たちの謎のやりとりに、物珍しそうな視線を向ける。恥ずかしい。
「なんだ、もう。それなら最初からちゃんと説明すればいいのに。例の説明下手くそ病ですか」
「ぐうの音も出ません」
「冗談です。からかってごめんなさい。でも、もうちょいちゃんとした方がいいと思いますよ」
「そうだね。今日はちょっと浮かれてました。反省してます」
「いつまでも宍戸を放っておけないんで、切りますね……あ、待って。何か用事があったんじゃないですか?」
「用事? ああ、花火買ったよって」
「それだけ?」
「そう。それだけ。あのさ」
「はい」
「これからもつまらないことで電話してもいい?」
「え、あ、その、はい、問題ありません。じゃ、牧田先生と先生同士、仲良く!」
通話が終わると、途端に一日分の遊び疲れが押し寄せてきて、ため息をついた。
なーにやってんだ、私。しっかりしろ。
卒業まで関係を進展させないようにしよう。
私が言い放った言葉の通り、何もしなくていい、というわけじゃない。彼に告白した事実は消えないのだから、気持ちの整理とこれからの準備をしないといけないのだ。
それは決して私だけでなく、錦戸くんも同じ気持ちなんじゃないか。今日の彼の態度で何となくそう思った。
最終的な決断がどうであれ、ちゃんと私のことを考えてくれているからこそ、半端な気持ちの私を許せなかったのではないか。
憶測でしかないけど、もしそうなら見直してしまうな。私も頑張んないとな。
「お疲れ様です。なんだか深刻な感じでしたね……って、泣いてます? あっ、大変!」
意図してないのに涙が一筋流れたのだから、かえって心配かけてしまった。
ハンカチで涙を拭う。
「悲しくて泣いたんじゃないよ。嬉しい涙なんだ」
「へー。なんだか青春してますね!」
青春か。初恋の幼なじみといた高校時代を思い出す。あの時も一喜一憂してたな。
「万智子ちゃん、今日のことは誰にもシーで」
「わかってますよ。でもその代わり」
「その代わり?」
なんだ? あずきバー三ヶ月分とかじゃないよね?
「私とまた遊んでください! またと言わずそのまた、その次のまたも!」
「なんだ、そんなことかー。もちろん! また、が何回あっても付き合うよ」
「あと飲み会はいつも通り付き合ってください!」
「それは言わずもがな」
万智子ちゃんはハイテンションで私の手を握り、ブンブン振りながら歩いた。引っ張られるように私も歩き出す。
雨宮さん、なんで泣いたのにアイライン全然落ちてないんですかと質問され、私花粉症強めだし、汗っかきだし、結構前からウォータープルーフタイプ使ってるんだと答え、使っているアイライナーを紹介する。
そんなこんなで話が盛り上がり。
「ねえ、万智子ちゃんはどんな人がタイプ? これって前聞いたっけ?」
「聞かれたかもだし言ったかもだけど、あんまり覚えてないです。えっと、どうだろ? あんまりこだわりはなくて。好きになった人が好きなタイプ、ってやつですかねー」
「お、私と一緒」
「そうなんですか⁉︎ 嬉しい!」
再び手をブンブン振られる。さっきから手を握られたままだ。
「じゃあさ、須田先生はどうよ?」
「え⁉︎ だって、デートに誘われてるわけだし、雨宮先生狙いじゃ?」
「でも私ははっきり断るよ。今そう決めた。それにさ、なんとなくだけどあなたたち、お似合いだと思う」
直感でしかないけど、画家とモデルという意味でイメージ通りの二人なのだ。
「業務以外でちゃんと喋ったことないです……なんだか怖そうですし」
「私も先週まではそう思ってたんだけどね。話すと気さくな方だよ。そこで今度の高総体。さりげなく二人を接触させるようにするから」
うそー? と笑う万智子ちゃんだったが、私は案外真面目に考えていた。錦戸くんのためにも、もっと誠実にならないといけない。
そのことを気づかせるきっかけを作ってくれた万智子ちゃんに感謝。そして恩を返したい。
その夜、久しぶりに二人で居酒屋に行き、ベロンベロンに酔っ払ったのだった。
※交渉の末、高総体の諸々の費用は須田先生が三割出してくれることで落ち着きました。
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