第9話 雨宮side 「いついついつ!?」
「いついついつ!?」
信号待ち、万智子ちゃんが顔を近づけて犬のように聞いてきた。
はあはあしとるし。それ素面でもやるのか。やっぱり今日はテンションがいつもより高い。
以前、彼氏はいないと言っていたけど、いたとしてもその面は男に見せない方がいい。
「デートに誘われたってだけですー。いつって言われても何もない。はぐらかした」
「え〜! あんなイケメンに好かれるなんて滅多にないと思います! あっ、でも雨宮さんなら定期イベントか」
「いや、私の人生でも初めてだよ」
——生徒を狙ったらどうか?
万智子ちゃんは自分の放言を覚えていなかった。単なる酔っ払いの発言だった。私が錦戸くんを好きなのを彼女に教えていない。改めて考えると、やっぱり秘密にしておいた方がいいと思ったので。
何気ない一言が気づかないところで人の人生を変えることって、たまにある。
それがいい方向に転がった場合、きっかけとなった人を大事にしたいと思う。
◇
ホームセンターはY電機に近く、同じくらいの時期にできた新しい店だ。服装を決めてきた万智子ちゃんと一緒に歩くには業務的すぎる場所であるが、彼女がここがいいというのだから仕方ない。
「ほら、ありました!」
花火の売り場はまだ時期早々のため小さいものの、コーナーとして置かれているくらいには充実していた。
「適当に買っても十分立派だね。部員十六名プラス教員三名分。金額はすごいけど」
「そうですね。お金はどうしましょう?」
「最初にお頼み申した通り」
「お頼み申し! 雨宮さんも仰々しいですよ」
「だって、お金の話なんだもの。レンタカー代も含めて、須田先生と三人で分担ということで。六:二:二」
当日はハイエースを二台借りる。どんなに安くても一日二万円は超える。花火代と合わせると、三万越えだ。二割ずつ負担してくれるだけでもだいぶ助かる。それに部員全員に焼肉も奢る。それも折半するのだし、もう神だ。
「須田先生なら半分出せるのでは?」
「半分!? だってあの人、卓球部となんら関係ないでしょ」
万智子ちゃんの大胆すぎる発言にドキッとする。
「須田先生って、そこそこ有名で、絵が売れてるらしいじゃないですか。公務員は副業禁止なのに、美術は特別に認められるんですよ。ずるい。絶対お金持ちです! 出させましょう! なんなら、全部出してもらっても構わない」
鼻息荒く一人で盛り上がっていた。
「さすがにまずいんじゃ。卓球部の行事なんだし」
「うーん、そうですね。全部は言い過ぎですか。じゃ、半分出してもらうにしても、雨宮さんが一肌脱げば出してくれますって」
「それ、文字通りの意味じゃ?」
「そうです。どっちにしろ裸になるんだから、いつ裸になろうと問題ありません!」
私は声がでかいと万智子ちゃんを連れ去り、さっさとレジを済ませて車に戻った。
まるで酔っ払った私みたいなテンションだ。
「ごめんなさい。私、雨宮さんとデートだから舞い上がってしまって」
「用事は済んだからさ、せっかくかわいくなったんだし、仙台駅で買い物しようよ。ちょっとネットで調べたんだけどさ、パ○コに新しいお店が出てるらしいよ」
私はスマホを取り出し、該当のウェブページを見つけて万智子ちゃんに見せる。オフィスで働く女性のためのショップとのこと。パ○コっぽくない冒険的なお店でいい。動きやすく、でも、さりげないオシャレが光る。
「お。いい感じですね! UNIQ○OとかG○の物足りなさをカバーすることに特化した感じ? そういえば雨宮さん、スマホ変えました?」
「いや、カバーだけ変えた。いいでしょ」
「よきかな!」
◇
仙台駅近くのショッピングビルに入ると、万智子ちゃんは爆買いした。即断即決である。もうちょっと店員さんのアドバイスを聞こうよと言いたくなる場面ばかりだった。彼女がたまに迷うと、私の意見を聞く。アドバイスがそっくりそのまま採用される。
ビルの上階でワンプレートランチを食べながら、戦利品について話すことにした。
「そんなに服を買うこともなかったでしょ」
「だって私、雨宮さんの他に友達いないんで、こういうところに来づらいんです。外に出る用事もないですし、今着てる服だってネットで買ったものなんです!」
万智子ちゃんはファッションブランドの紙袋を両手にぶら下げて小さく叫ぶ。両手といってもアイテムは二つじゃない。紙袋がもったいないと、八点の服を二つの紙袋に入れている。
見事な買い物っぷりに私も購買意欲が刺激され、柄にもなくワンピースなど買ってしまった。
腕の部分が透けてる深い藍色のワンピース。
万智子ちゃんに絶対似合ってると持ち上げられ、気をよくしてしまった。
いつ着るんだ? 普段着としても高総体の時も無理だぞ?
「こんなことなら早く雨宮さんとお出かけしたかったです! 楽しい!」
「そうだね。また来ようか。私も出不精なんで助かる」
「はい! そうだ雨宮さん、お店出たらコンビニでアイス買いましょう! 私はあずきバーです」
「え。ここでデザート食べようよ」
「私があずきバーを摂取しないと生きていけないのは知ってますでしょ? うちの冷凍庫は九割あずきバーの箱で埋め尽くされてるんです」
彼女はいつも昼休憩になると、真っ先に学校近くのコンビニへ走って行き、あずきバーとサンドイッチを買って済ませていた。溶けるのが怖いからと、冬場以外はあずきバーを先に食べて、デザート代わりにサンドイッチを食べる姿が普段の光景だった。
パ○コの隣の○エルというビルに入っているコンビニで、お揃いのあずきバーをゲットすると、ビル一階の休憩スペースでアイスを食べた。
う〜ん、幸せ〜との声が漏れるのを聞いて和む。
「雨宮さん、ちゃんとそのワンピース着てくださいね。須田先生とのデートで」
あずきバーを頬張りすぎて、口のなかでアイスが溶けるのを待っていた私は、突然の言葉にむせる。
なんとか持ちこたえ、飲み込む。
「だからね、全然決まってないし、なんなら断ろうとしてたから」
「え、なんでですか? あんな優良物件、滅多にないじゃないですか?」
近いって。
私は落ち着くよう、万智子ちゃんを椅子に座らせた。
反対に私が落ち着かなくなる。
どこまで言うか。
「あのさ、今から話すことは秘密にしてね」
「は、はい。もちろんしゃべりません」
「実は、好きな人がいる」
「男の方ですか?」
「え? うん。そうだけど」
「そうなんですか……ごめんなさい、声が裏返ってしまいました」
「謝ることないって。万智子ちゃんも好きだけど、それはライクだね。私が言ってるのは、男性の話」
「はい……」
なんでちょっとがっかりしてんの。
ま、好かれるのは素直に嬉しいけども。
「でもでも。好きな人がいるってことは、まだ成就してないんですよね?」
「う、うん。一応告白はしたんだけど、判断保留というか。相手の返事を待ってる」
「えー!? 告白したんですか!?」
「声が大きい」
「あ、ごめんなさい。どんな人なんですか?」
来た。うまく言えるか。
「以前から知ってる人。年下で、髪はくせっ毛で、丸顔、印象的なくりっとした目、喉仏がデカくていい。ちょっと背は小さいかな。私と同じくらい」
嘘は言っていない。
「写真とかないんですか?」
「うーん、ない。というか、あっても見せない。ごめんね。ほんとに内緒にしたいんだ」
突き放すような私の態度に、万智子ちゃんはちょっとしょんぼりした。しかしそこは大人。これ以上余計な詮索はしなかった。
その代わり、
「その人のLINEは知ってます?」
「うん。LINEで話したことはないけど」
「そうなんですか。じゃあ、今から電話してください!」
「ええ!?」
声が大きかった。この場所は天井が高いからか、音がよく反射するんだよな。
「盗み聞きしません。告白の返事を聞きたいわけでもありません。ただ、私は遠くから雨宮さんの顔を見てるだけです。どんな顔して話をするのか、眺めたいです」
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