第7話 錦戸side 「誕生日プレゼントっぽくない。却下!」

「誕生日プレゼントっぽくない。却下!」


 僕はプレゼント候補のガジェットを一つ一つ口にしたが、先生は気に入らなかったようだ。


 雨宮先生は少し悩んで、


「ちょっとスマホカバー見せて」


 ぶつけては凹み、落としては擦り傷をつけ、サイドの塗装は剥がれ落ち、の青いハードケースを見せた。


「ボロボロじゃん」

「よく落としちゃうんで。でも気に入ってて」

「よしスマホカバーにしよう! 売ってるコーナーはわかる?」

 

 僕は頭上のパネルを見ながら、スマホコーナーを探し出した。一面びっしりにカバーが並べられている。ここから一つを決めるのは至難の業だが、とりあえず選んだ。


「これかな」


 グレーのシンプルなシリコンケースを指すと、先生はつまんないと返す。


「私が買うんだからさ、もっといい値段のにしよう」


 そんなこと言ったって。家族や親族以外の人からちゃんとしたプレゼントをもらうのって久しぶりだから、塩梅がよくわからない。


「うーん、シルバーの頑丈そうなこれは?」

「スーツケースみたい。男気がありすぎる。革の手帳型は?」

「汗かきなんで革がふやけちゃうし、分厚くなるのは嫌なんです」

「この薄いのは? あっ、これ五千円だ」


 先生が手に取ったのはアラミド繊維とかいう薄くて頑丈な素材だった。カラフルなレンガ調のデザインで悪くない。けど高い。


「でも値段以外完璧なんだよね。かわいいし、私が欲しいくらいだな」


 先生には悪いけど、だんだん選びたくなくなってきた。


「やっぱり無難にクリアのシリコンケースでいいです」

「よし! 五千円のにしよう!」

「えー?」


 なんでそうなるのさ。


「スマホ変えたら、用がなくなるんですよ。こんなに高いのにしなくても」

「錦戸くんのスマホは何年使ってる?」

「高一の時に親に買ってもらったので二年経ちますね」

「あと何年使うつもり?」

「壊れるまでは使い続けます」

「よし! じゃあ決まりね」

「いや! でも!」


 さすがに五千円のプレゼントなんて贈られても、どう返せばいいのか困る。しかも担任の先生からなんて。


「てか錦戸くんのスマホって私のと一緒なんだね。私は去年買い替えたばかりなんだ」


 雨宮先生が取り出して見せてくれたスマホには、ライトブルーのシリコンケースが付いている。


「あっ、それがいいです」


 僕は雨宮先生のケースが一番ピンときた。

 これだ。これしかない。


「これ? 純正のケースだから使い勝手いいんだよね。じゃあ、おそろにする?」

「いや、おそろじゃなくって、そのケースがいいんです」


 雨宮先生の頭の上に三つくらい、はてなが浮かんでいた。


「そのケースを僕にください。そして雨宮先生が五千円のケースを使うんです。僕がプレゼントします。今度誕生日なんですよね?」


 時が止まった。

 途端に遠くでベルが鳴り、拍手がわく。何かのイベントがあって、お客さんが何かに当たったのだろう。そしてそれは、「もらっても、ねえ……」と思ってしまうような代物なのだろう。


 今は雨宮先生の頭の上に七つくらい、はてなが浮かんでいた。僕も初めは名案来たと疑わなかったが、だんだん自分が何を言ってるのかわからなくなってきた。


「プレゼントって、五千円、持ってるの?」

「えっ、あっ」

 

 慌てて財布を引っ張り出し中を確かめる。

 2, 532円なり。


「嘘嘘。自分で買うよ。錦戸くんの推薦ならしょうがない。大事にする」

「あの、じゃあ出世払いにしてください!」


 発言が制御不能になった。ヤケクソとでも言うべきか。顔が熱くなってきた。


「いつ出世するんだよー? ほら、お望みのケース。どうぞ」


 雨宮先生はスマホからケースを剥がすと、僕に放り投げた。僕がキャッチに失敗してあたふたしている隙に、先生は五千円のケースをつかみ、レジへさっと向かって行ってしまった。


 仕方なくもらったケースをつける。

 うん。間違いなく欲しかった品物だ。


 お会計が終わった。雨宮先生とエスカレータ近くの座席に座る。先生は買ってきたばかりのケースをパッケージから出して、パチンとスマホにはめた。


「ふーん、いいねー。高そう」

「気に入ったようでよかったです」

「これはこれでよかったけども、今日は錦戸くんがアホの子みたいでかわいかったのが一番のプレゼントだったよ」


 満面の笑みを浮かべる雨宮先生の横で、僕はうつむいて赤面が治るのを待つしかなかった。


「ほら、落ち込まないで。私のスマホケースはどう?」

「は、はい。とても気に入りました」


 うつむいたまま、スマホを取り出し、ケースをまじまじと眺める。 


「大事にしてね。ちょっとここ擦って傷ついてるけど」


 雨宮先生の手がスッと視界に入ってきて、スマホケースの傷の部分を指し示す。手が触れてドキッとした。


「あーいたいた。何買ったんですか?」


 みずきが上りのエスカレータから現れた。

 なにやら色々詰まった袋を手に下げている。

 僕は慌ててスマホをしまった。


「新しいスマホケース。どや」


 雨宮先生はスマホを見せびらかす。


「あっ、いいなー。私は家のプリンターインクを買い揃えてたんです。どれ買えばいいのかわからなくて、時間食っちゃった」


 ひとしきり買い物報告をした後、解散した。未だに自分の変な発言を後悔し、いてもたってもいられず、最寄りの駅に着くと、自宅まで無駄に走って帰った。


 家に帰ってから、ベッドにダイブするように寝転んで、スマホを確かめる。


 やっぱり純正品はいいな。なんだか、すべすべ具合が違う。


 ケースを撫で、そんなことを思いながら、今日の戦利品を色々な角度から眺めて過ごした……。


「……って、そんなことしてる場合か!!」


 花火! 雨宮先生、花火!

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