第6話 錦戸side 「花火ってどこに売ってる?」「電気屋!」

「花火ってどこに売ってる?」

「電気屋!」

「え〜? 売ってるかなー」


 約束した通り、手持ち花火を買おうと、土曜の部活の後に雨宮先生が車を出してくれた。みずきと三人で話し合ったが、五月の末に花火がどこで売っているか、誰一人わからなかった。はじめにピンときたのがみずきだった。





 二年前、郊外にオープンしたY電機は、地域で最大級の規模を売りにしていた。家電はもちろん、日用品、家具、リフォームコーナーも備える。


 大規模なおもちゃコーナーもあった。レゴやポケモンなどの各カテゴリごとの棚があり、端から端まで見渡せないくらいの幅がある。ガシャやゲームコーナーはショールームのような広さだ。


 電気屋発言に最初は呆れていたが、ここにくるとわかる。みずきの読みはまんざらでもなさそうだ。


 広すぎるので、手分けして花火コーナーを探す。まだ時期にはちょっと早いから、置いてあるか怪しい。あったとしても目立たないだろう。


「ねえねえ、先生、あっち行ったよ。追いかけたら?」


 みずきは僕のジャージの裾を引っ張りながら話しかける。


「お、おう」

 

 この設定も慣れて久しい。みずきと別れ、花火そっちのけで雨宮先生を探すことにした。


 先生はなぜかゲームコーナーで物色していた。


「ほら見て。懐かしー」


 先生がしゃがんで指さしたのは、モンスターを戦わせる有名RPGの昔のヴァージョンだった。2002年発売。


「このゲームね。妹とやってたんだ」

「妹がいるんですか?」

「そう。一つ下で。あいつは先に結婚して、広島に行ってしまって、なかなか会えないんだ」

「寂しいですね」


 雨宮先生の身の上話を聞くことになった。

 実家も仙台で、ご両親は公務員夫婦。

 二人姉妹。

 親が忙しかったせいで、ほったらかしで育てられたこと。

 その分、妹と仲良く遊んでいたこと。

 少年誌を読み合い、ゲームで対戦するのが好きだったこと。


「少女漫画は読まなかったんですか?」

「もちろん読んだけど、それよか男の子の遊びの方が好きだったな。幼なじみで私と同い年の男の子がいてさ。私の妹も一緒に三人でいつも遊んでた。このゲームも、そいつがハマってたから付き合って遊んでたんだよ」


 雨宮先生はちょっと照れているのか、懐かしいと言ったゲームのパッケージにむかって滔々とうとうと語る。僕は続きが気になって、先生と同じようにしゃがんでみた。


「幼なじみは小中高と一緒の学校でね。小学生のときは小さかったけど、中学になってぐんぐん背が伸びて声が太くなって。高校ではバスケ部のエースでモテちゃって。でもね、彼は高校入ってすぐに、『俺、勉強も部活も頑張るから彼女は作んねー』って宣言した。でも、だんだんわかった。私はその幼なじみが好きなんだって。初恋です」


 先生は顔を真っ赤にしながらこちらを向いて笑った。どう対応していいか困る。


「そしたらさ」

「はい」

「妹と幼なじみが実は付き合ってた」

「え?」

「順調に交際が進んで、学生結婚した」

「は?」

「ね! は? でしょ? でしょー!?」


 雨宮先生は女子高生みたいに興奮していた。綺麗なフラグがダークホースに叩き折られるなんて。


「えっ、その幼なじみさんは妹さんといつから付き合ってたんですか?」

「妹が私たちと同じ高校に入学してすぐだったみたい。もうさ、呆れたよ。何が、『俺、勉強も部活も頑張るから彼女は作んねー』だよ! その呪いのせいで、好きだったけど告白できなかったし」


 御愁傷様としか言いようがない。

 ふと気になったことを訊いた。


「妹さんは先生の気持ちに気づいてたんですか?」

「それが気づいてないっていうんだ。高校入って、幼なじみのバスケしてるとこ見て、なんか中学のときと印象違うなーと思ってたら好きになったらしい。そっから真っすぐ告白。そもそも私なんか眼中にないというか、ライバルとして認識されてもなかった。妹はめちゃくちゃ視野が狭いんだよね。幼なじみは最初断ったらしいんだけど、しつこくって、何度か告白されるうちに屈してしまったんだって」


 聞いているだけでも、妹さんは雨宮先生によく似ているのがわかる。


 雨宮先生は立ち上がり、ゲームコーナーから離れるように歩き出した。僕もついていく。


「付き合ってるのもビックリしたけど、学生結婚したときもビビったよね。正直、幼なじみがまだ諦めきれなくて様子を伺ってたら、いつの間にか試合終了だった。こんな人生の別れ道があるなんてさ。妹が大学を卒業したら、すぐに旦那の仕事で広島に行っちゃって。お盆も正月も全然実家帰ってこないし。明らかに避けられてる」


 漫画のようなエピソードにかける言葉が見当たらない。


「もうあんな思いはしたくないな……あっ、見てこれ! かわいい!」


 いつの間にかインテリアコーナーの中にいた。展示のベッドの上に、両方のほっぺたが膨らんだリス型のビーズクッション式抱き枕があった。

 ほっぺたの部分が枕にもなってる。雨宮先生はベッドに横になり、そこへ頭を乗せた。


 僕はそのベッドに腰掛けた。


「あー……幸せだ」


 雨宮先生は試用の域を超えてだらけ切っていた。


 このクッション、もう片方のほっぺにも頭を乗せられるから、カップルで一つの抱き枕ができるんだよな。


 カップルのシチュエーションが思い浮かんだけど、すぐに妄想を振り切った。


 だって、僕が二十歳のとき、先生は二十九だぞ。三十で三十九、四十で四十九……。


「雨宮先生、そういえば誕生日はいつですか?」

「七月二十一日。かに座です。もうすぐ二十八歳だよ、もう」


 え。今年二十七じゃないのか。

 じゃあ、僕と十歳差じゃんか。


「なに? 誕生日プレゼント? 受け付けます!」

「え?…………ビールギフト、とか」


 一応真面目に考えたつもりだけど、めっちゃつまらん回答だな、と後になって気づいた。


「お中元かよ!」


 案の定ツッコまれる。


「確かに、それはそれで嬉しいけれども。もっとロマンチックなプレゼントはないの? 愛とか」

「愛はお金では買えません」

「名言決めちゃってるよ」


 雨宮先生はいししっ、と口を横に広げて笑う。

 先生が寝っ転がってると、まるで休日のカップルの会話のようだと感じた。


「錦戸くんは誕生日いつ? ちゃんと聞いてなかった」

「四月三十日です」

「おうし座か」

「星座がどうかしました?」


 やっぱそうだよね、と先生は言いつつ、寝っ転がりながらスマホを取り出して何かを調べた。


「ほら! かに座とおうし座の相性。かなりいいでしょ」


 スマホを見せてもらう。『相性は大変良いです。情熱的な関係となるでしょう』とか、恥ずかしい内容が書かれてあった。


『かに座女性は、一旦この人しかいないとなると周囲が見えなくなります。牡牛座男性がうまくコントロールしましょう』


 コントロール。そんなことできる?


「そう言えば錦戸くんには誕生日プレゼント、渡してなかったね」

「いや、欲しいって言ってないですし。第一、もらったことない」

「そりゃ、急にプレゼントを渡すなんて……変でしょ」


 雨宮先生は起き上がって話を続ける。


「でも、今は違う。初めての、しかも一ヶ月遅れでもプレゼントを贈る気持ちになったんだからさ、今のうちに欲しいものは言っちゃえ! なんでも買ってあげる。あ、でもゲーム機とか、高いのはだめだよ」


 欲しいもの。

 モバイルバッテリー、ブルートゥース対応のヘッドホン、新しいスマホカバー。


 いかんいかん、電気屋にいるからそんなのばっかり思いついてしまう。

 いや、別にいいじゃんか。今挙げたガジェットは高校生男子の好きそうなやつトップスリーに入るだろう。


「今つまらないものを考えていたでしょう」

「えっ、そんなことは……ないですよ?」

「すぐそこで買えそうなものでしょ」


 僕は拗ねた子供のように黙った。わかりやすい自分が嫌になった。


「いいよ。買ったげる。何か言ってみて」

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