第5話 錦戸side 「正解です。スーパーリアルってことです。とても現実ってことです」

「正解です。スーパーリアルってことです。とても現実ってことです」


 須田が本気なのか冗談なのかよくわからず、なんとなく笑ってはいけない空気が漂っていた。


 もしかしたらこのやりとりは、過去に何回かあったかもしれない。

 説明することに飽きてしまったのか。それとも、もともとひねった返しをする人なのか。


 優しい人なのか。特定の人に?

 みずき、この空気をどう打開する?

 そんな合図を彼女に目配せで送った。


「めっちゃ現実ってことですか!?」


 みずきの発言に一瞬場が静まり返った。


「そう。めっちゃ現実ってことです」

「みずき、話が一ミリも進んでないぞ。つまり、めっちゃリアリズムってことですよね?」

「そう。めっちゃリアリズムってことです」


 雨宮先生がくすっと笑った。

 それにしても須田、最高に頭の悪いノリについて来れるなんて。なかなかのやり手だ。


「よかった。須田先生って、ちょっと近寄りがたかったんです。美術のことしか頭にないって感じで。でも違いましたね」


 雨宮先生は警戒心を解いたのか、語り口調が優しくなった。


「大体合ってますけどね。教育も結構適当ですし、放任主義という名の手抜きでなあなあやってます。どの先生よりも遅く来て早く帰る。頭に全部入ってるから授業準備はいらない。テストは過去問の流用で済ます。他の先生には申し訳なく思います」


 雨宮先生は気分が変わったのか、急に砕けた感じになった。


「いいなー。羨ましい。ほんっと、くれぐれも申し訳なく思ってくださいね!」

「は、はい……すみません」


 雨宮先生は一つ一つの言葉を強調した。日々思うところがあるようだ。


「いやいや冗談ですって。別に謝らなくても」


 僕はみずきにこそっと、


「冗談に聞こえないよ。怖いな」


 とつぶやいた。


「牧田先生と飲む時間はあるのにね」


 みずきも僕に耳打ちする。


「そこ! 聞こえる程度にこそこそ話さない! 私は命削って飲んでるの! 飲んだ次の日は、死にそうになりながら遅くまで資料作ってるんだから!」

「まあまあ。雨宮先生がお忙しいことはわかってます。今回の交換条件とは別に、また何かあればなんでも受け付けますから」


交換条件? なんだろう。


「なんでもって言いましたね? じゃ、考えておきまーす」


 雨宮先生の言葉で世間話はお開きとなり、先生方やみずきと別れた。

 みずきは別れ際に「私のおかげで面白くなってきたじゃん」と言い残した。


 あいつ、やっぱり策士だったか。


 疑問は残ったままだった。

 結局、なんで絵なんか描いてもらったんだ?





 悶々とした気持ちは抑えきれず、雨宮先生にLINEで、『N駅で待ってますから、真相を話してください。ずっと待ってます』と伝えた。駅ナカのコーヒーショップで自習してると、午後八時頃に、遅くなってごめんと言いながら先生は現れた。


 店を出て、改札に向かいながら話すことにしたのだが、


「なんだ、そんなことですか」

「ね、話すと長いでしょ。別に隠すことじゃなかったんだけど」

「そんなことで絵のモデルになったんですか?」


 雨宮先生が話してくれた真相は、心配して損した気分になる程しょうもなかった。


 事の発端はつまり。

 高総体の打ち上げで酒を飲みたいという願望だった。


 今年2023年の県大会はI市の総合体育館で開催される。車がないと厳しい。

 豪勢にレンタカー二台で移動し、帰りにみんなでお疲れ会をして、一杯(N杯と書いた方が正直だろう)やりたい。


 僕とみずきと約束していた焼肉はそこでチャラ。しかし代行は金がかかる。

 暇そうな独身で、文化部の先生はいないか? 奢りも分散で一石二鳥だ! という論法だった。


 一人はすぐ見つかった。仲のいい生物の牧田万智子先生。もう一人をどうしようと考えあぐねていた時だった。


「私が行きます。その代わりと言っては難題ですが、雨宮先生の肖像画を描かせてください」


 こういうことらしい。


「須田先生の席の近くで話してたから、聞こえちゃってたんだよね。で、急に申し出があったもんだから、断りづらくって」

「押しに弱い」


 呆れた感情が冷淡に出る。


「だって、目的達成のためにしょうがないじゃない。でも助かったよ。モデルって喋んなくていいけど、その分居心地悪いし、描いた後も須田先生、喋んないし。君たちが来てなかったら気まずいままだった。ありがとう」

「部員を差し置いて、勝手に決めちゃっていいんですか?」

「タダ飯送迎付きに反対する人間はいないよ。絶対通る。明日、部活の代わりにミーティングを開きます。議題は『雨宮の情け(一応断っておくけど卓球マシーンの名前ね)』を活用した練習方法の改革、そして高総体当日の計画ね」


 余裕そうなのにイラっとして、


「じゃあその日、反省会の前に時間があるんだし、海で花火しましょう。豪華なの、買ってください」

「えー。いくらだよー」


 僕も雨宮先生もしばし黙る。部員十六名分の豪華な花火。一万円以上かかるかも。

 先生も同じ計算に至ったようだった。


「全く、青春はお金がかかる」


 先生が困ったのでちょっとスッキリする。酒のために費やすお金のほうが全然かかりそうだけどな。


 改札の前で話を続けてると、まもなく電車が来るとのアナウンスが鳴った。雨宮先生は駅からバス。ここでお別れとなる。


「あの、最後に聞いていいですか?」

「なんでしょう」

「修学旅行のタイミング、髪切ったのはなんでですか?」

「え、今? そりゃー、あれだよ。心機一転、頑張ろうって意味だよ…………君に告白するための」


 電車が来た。先生に別れを言って、改札を通った。


「雨宮先生、ちょっと待って!」


 僕は振り向いて叫んだ。


「えっ!? もう電車来てるよ!」

「花火! みずきも誘って一緒に買いに行きましょう。いつがいいですか?」

「ちょっ、ちょっと待って、このタイミング!? えーと……出かけるなら土日! 土曜の部活終わった後ならいいよ!」

「んじゃ、今週の土曜で!」

「オッケ! さよなら!」


 ダッシュで電車に乗り込む。ギリギリでドアが閉まる。両膝に手を当てながら肩で息をする。心臓が激しく動いている。


 しばらく、僕は先生を困らせたという達成感に浸った。

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