第44話 幸太の大一番、忍者対エルフ!
二つ並んで用意されたプレイコートはさながらお祭り騒ぎのようだった。
小さな騎士がしなやかに剣を振るえば、炎の矢を放つエルフが走って転んだ。重武装のかわいい戦士が泣いて逃げれば、鋭い爪のリザードマンやピンク色のスライムが飛び跳ね、召喚術師が呼び出した妖精が空を舞い光の粉を撒き散らすと、槍使いが麻痺して動けなくなった。
中でも一番人気のキャラクターはやはり魔法使いで、お馴染みの火や氷でできた魔法攻撃が飛び交い、風の刃が空を切り裂き、黒い雲が現れると雷が落ちた。
かつて家の中のモニターで見た光景が、今、目の前の風景に重なっている。大会本部に悠々と座って子供たちの戦いを楽しそうに眺める凛子が、ゲームマスターとしてその力を具現化しているのだ。
「押本、次の幸太の試合はどっちが勝つと思う?」
凛子が広げるトーナメント表には、なぜか丸や三角の赤い印が書き込まれていた。
「そうだな、相手は歳も背丈も同じぐらいだしな……けど、忍者対エルフってのはB級映画みたいで予想がつかん」
「実は渋谷のおっちゃんたちと、魔石十個一口で賭けをしてるんだが、押本はどっちに乗る?」
まーた折原か大井田あたりが余計な事を考えたらしい。
「私が勝ったら魔石を買ってもらうが、負ければ無料配布だ。海乃と渋谷のおっちゃんたちは当然幸太に乗ったが、私と錬金術師はあえてエルフの大園に賭けたぞ」
「うーーんそれなら……幸太に一口だろ」
「よしっ」
凛子は赤い鉛筆を耳に挟んだ。
「おい、誰がそのギャンブルを始めたんだ?」
「あの薬屋の女だ、面白いやつだなっ」
そういえば、錬金術師は
「幸太ーーっ! がんばれーーっ!」
「まどかーーっ! やっちゃえーーっ!」
プレイコートを賑わす声援も色とりどりだ。
『始め!』
いよいよ谷口先生が幕を切ると、先に仕掛けたのは幸太だった。
「分身の術っ!」
幸太が印を結ぶと、なんと全身黒ずくめの忍者が二人に増えた。右手で刀を持つ幸太の横に、左手で刀を持つ幸太が立っている。対するエルフの女の子は、飾り気のないショートボウを構え直した。
「幸太ーーっ! 今よーーっ!」
二人の幸太が走り出した。
「まどかーーっ!」
「アバタル!」
エルフが呪文を唱えると、エルフまでが二人になった。
左右の幸太は一対一なら勝てると考えたのだろう、そのまま突進しながら刀を逆手に持ち替えた。
〝シュッ!〟
〝シュッ!〟
幸太は器用に手裏剣を放ち二人のエルフを狙った。
〝シャシャッッ!〟
だが、二人のエルフは二人とも左の忍者に矢を放った。
左の忍者の体が白く光り、二人のエルフも青い光に包まれた。手裏剣と矢によるダメージのエフェクトだ。
続けてエルフは左右に分かれ走って逃げながらも、またもや二人で左の忍者に矢を放った。
〝シャシャッッ!〟
白い光に包まれた左の忍者は、そこで力尽きて倒れてしまった。
〝ボンッ〟
すると、残った右の忍者が白い煙幕を張った。
「風の精霊よっ、魔を払えっ!」
エルフの一人が手を高く掲げると、指輪が光って辺りに風が吹き始めた。もう一人のエルフは矢を引いて構えている。
「押本、気づいたか。大園の分身魔法は幸太のとは少し違うぞ」
「そうだな。幸太は鏡写しで動きは左右で同じだが、エルフは二人とも左腕で弓を持っている。動き方もバラバラだから攻撃もしやすい。あれが本当の分身の術だな」
「レベルは大園の方が少し上というわけだっ」
凛子は嬉しそうに唇で赤鉛筆を
〝オオォーーーーーッ!〟
ユーザーたちの歓声がプレイコートを包んだ。エルフの風魔法が煙を散らすと、どういうわけか忍者の姿が消えていたのだ。
「凛子、喜ぶのはまだ早いな」
「うむっ、幸太もなかなかやるっ」
プレイコートの両端に分かれて立つ二人のエルフは、意識を研ぎ澄ますようにして目を閉じている。四つの長い耳で音を探っているのだろうか、だが隣のコートでは斧を振り回す戦士の女の子と、召喚された手のひらサイズのゴーレムが追いかけっこをしているのでかなり騒がしい。
果たして忍者はどこにいるのか。答えは一つしかないのだが、いずれにしても隠れている場所を正確に掴むのは難しそうだ。
思った通り諦めたのか、エルフの一人が静かに弓を構えると、もう一人が両手を空に向けた。
「雨の精霊よっ、大地を洗い流せっ!」
黒い雲が急に現れると、雨が降り始めた。これでは忍者に逃げ場がない。
「だあーーーっ!」
ついに呼吸が苦しくなった忍者が地面から飛び出した。しかし、冷静なエルフの矢が白く輝いて決着が付いた。
『勝者っ、大園っ!』
「まどかーーっ!」
幸太は残念ながら一回戦敗退となった。やはり各個撃破の戦略を取らなかったことが敗因だろうか。
そして、エルフの大園さんはこの後も順調に勝ち進み、12歳以下の部門で優勝するという栄誉を得たのである。
『優勝しました大園円さんには、記念のトロフィーと副賞としまして《太陽の弓》が贈呈されます』
《大園っ、よくやったぞっ!》
いつぞやのアニメコスプレ少女、もとい女神の姿をした凛子が現れ、トロフィーと副賞の弓を手渡した。
「おめでとーーっっ!」
〝パチパチパチパチパチッッッ!〟
これで大会初日は終了だ。
『それでは皆様、これより15分の休憩とコート整備の
《押本っ、出番だぞっ!》
谷口先生と女神が何を言っているのかよく分からなかった。〝エキシビションマッチ〟など大会プログラムのどこにも載ってないからだ。
「いやーー試合が思ったより早く進んだものですから、時間がかなり余りましてね。先程の優勝セレモニーの前に、凛子さんと大園さんが相談してくださいまして、急遽、エキシビションマッチを執り行うことになりました」
谷口先生は申し訳なさそうな顔で説明しているが、正直な目がキラキラと輝いている。
「私、頑張りますっ!」
大園さんの爽やかな笑顔が眩しい。
《押本も頑張れよっ!》
今日は一日椅子に座って、子供たちの試合を眺めるだけの簡単な仕事のはずだったのに……どうしてこうなった……。
『それでは只今より、12歳以下の部門で優勝しました、三島小学校フェニックスクラブ所属、大園円さんと、本大会の特別名誉顧問、押本栄様によるエキシビションマッチを開始いたします! 皆様、盛大な拍手をお送りください!』
〝ワーーーーーッッッッ!〟
〝パチパチパチパチッッッ!〟
どうしてこうなった!
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