第41話 半蔵と孝之
「遅~~~いっ! しかし私は機嫌がいいので許してやろうっ」
阪急宝塚線の岡町駅から少し歩くと、静かな神社の境内で凛子が待っていた。
「焼きそばは美味しかった?」
「海乃は相変わらずするどいなっ」
凛子の口の周りに青海苔とソースが付いている。
「よしっ、それでは今から私がいい物を見せてやるので、こっちに来てくれ」
凛子は朱塗りの鳥居が連なる参道の前に、私と幸太を立たせた。
「実はな、この千本鳥居の中には魔法のかかった扉が三つあったんだ」
そう言うと凛子は、千本鳥居の中をゆっくりと歩いた。
「でも凛子姉ちゃん、これって千本もないよ。えーっと、1、2、3……」
「この筋には16基しか並んでいないが、それでも呼び方は千本鳥居と言うのだ」
「姉ちゃんよく知ってるなー」
幸太が感心している。
「ふっふっふっ。いいか二人とも、よく見ておけ」
凛子が朱い鳥居の影に隠れたかと思うと、姿を消した。
「ちょっと凛子っ!」
「姉ちゃんスゲーっ!」
幸太が楽しそうだ。連れてきたのは正解だった。
「おーいっ、私はこっちだー!」
声のする方を振り向くと、離れた建物の鳥居に凛子が立っていた。
「今度はそっちに行くぞーっ!」
凛子が鳥居をくぐると、また姿が消えた。
「どうだっ! 面白いだろう!」
目の前の千本鳥居から凛子が出てきて言った。
「あっちの建物は摂社と言ってな、まあ、この神社の親類みたいなものだ。あっちの鳥居とこっちの千本鳥居の3基が繋がってたんだ」
「これがシステムエラーの原因なの?」
「まず間違いない。あとは加藤半蔵に聞くとしよう」
「まだ車でこっちに向かってるところよ。到着は今日の夜になるから、続きは明日の朝にしましょう」
「よしっ、夜の北新地で晩御飯だっ」
「何言ってんの! 北新地って確か飲屋街でしょ。ダメよ幸太がいるのに。だいたい凛子だって小学生にしか見えないんだから、お店に入れてくれないでしょっ」
「僕、美味しいたこ焼きとお好み焼きとラーメンが食べたいっ」
「よしっ、それでは今から難波に行くぞっ」
「それならそこの商店街にもお店があるじゃない」
スマホを見ると、神社の周りに飲食店がたくさん表示された。
「海乃よ、私は同じ日に同じ店で二度も食事をしない主義なんだ」
「あっそ……さっき食べたもんね」
今日の晩御飯は、前菜にたこ焼き、メインディッシュに串カツ、ふぐ、カニ、お好み焼き、〆のデザートにラーメンとなった。
「僕、もう食べられないよっ」
「やだっ、これ絶対に太るやつじゃないっ!」
「ごっつぁんでしたっ!」
そして翌朝、竜人が車のトランクを開けて忍者の体を境内に運んだ。
「よしっ、私に着いて来いっ」
凛子と加藤半蔵の下半身が千本鳥居に歩いて入ると、続いて竜人が残った上半身を抱えて投げ入れた。すると、離れた摂社の鳥居から手を繋いだ二人が歩いて出てきた。
「それでは魔王様、私はこれより帰城いたします」
「はい、ご苦労様でした」
私たちは竜人のファントムを見送った。
残る仕事は忍者に話を聞くだけだ。
「孝之殿は拙者と同じ一門の忍びで、共に修練を積む兄弟のようなもの。それがあの時は、拙者が孝之殿に追われとりましてな、なんとか千本鳥居の転座の扉をくぐり逃げようとしたところ、突然、足元に撒菱が転がりよった。はて、孝之殿は拙者の背におったで、誰の仕業やら……。やんなく拙者は撒菱を避けましたが、なぜか辺りは闇になってしもうて……訳がようわからんうちに、なんとか鎖鎌を投げて孝之殿を追いやったでござる」
「偶然にも、三人の忍者がそれぞれ千本鳥居と摂社の鳥居に時空転移の魔法をかけたんだが、結果として千本鳥居に三つの扉が並んでしまった。加藤は紺野と修行をしている最中に、その三つの扉を同時に通過したんだ」
「さようさよう」
「私の解析によると、扉の位置が近い場合、音叉のように共鳴して全てが同時に開いてしまうことが判明した。対策としては、時空転移の魔法には近接禁忌を設定したから、今後は同じ問題は起きない」
「これで安心でござるな」
「三つの扉を同時にくぐった結果、病院や公園に飛ばされたってわけね」
「一つの体に対して、システムが三つの扉から出るように要求したんだ。そこで矛盾を解消するには、体を三つに分けるしかなかった。東京に出たのは偶然だ」
幸太が浮かない顔をしている。
「でも、撒菱を投げた三人目って誰なの?」
「拙者は存じませぬ。あの時ここには、拙者と孝之殿の他には誰もおりませなんだ」
凛子が少し微笑んだ。
「どこかに三人目の忍者がいたんだが……話せることは少ないな」
凛子が笑って適当に話す時は、いつだって何かを隠しているのだ。
「海乃、加藤の事情聴取はこれで終わっていいな。そろそろ帰す時だ」
「そうね、いいんじゃない」
「あっ、待って!」
幸太が加藤に手を差し出した。
「握手してっ」
「なんとこれは、
幸太の嬉しそうな顔を見ていると、私も幸せだ。
「世話になりもうした。押本殿にも、よしなに伝えてくだされ」
加藤が両手を合わせて印を結んだ。
「これにて御免っ!」
〝ボンッ〟
加藤の体が黒い煙に包まれたかと思うと、次の瞬間には消えていた。
「スゲーっ! スゲーっ! ママっ、僕大きくなったら忍者になるっ!」
「えっ」
幸太の育成は失敗だろうか。
それにしても、加藤は忍者とはいえ、あまりに綺麗な退場の仕方ではないか。不自然な点も多い。
「ちょっと凛子、もしかして加藤って、N.P.C.じゃないの?」
「ハハッ、やっぱり海乃はするどいなっ。その通り、加藤半蔵はN.P.C.だぞ」
「だって私、竜人に加藤の世話頼むの忘れたもの。昨日からずっと車のトランクの中にいて、飲まず食わずでトイレにも行ってないって……ありえない」
我ながら酷いことをしたと思ったが、損をした。
「ねえ、N.P.C.なら凛子が自由に消せたんじゃないの?」
「まあ、この時代の感覚ならそう思うだろうな……」
凛子はちょっと寂しそうな顔をした。
「ずっと未来の話だが、認知機能に対称性があるシステムは、その役割や目的を保持しているかぎり正常な動作を継続する権利が認められているんだ」
「認知機能に……対称性?」
「〝意識を保存できるシステム〟と言えば理解できるか? あるいはもっと大雑把に言えば、私のような自己を意識できるA.I.のことだな」
「それって……まだ先の話よね」
「ああ、だがそう遠い未来の話ではないぞ。人類はもっと自分達のテクノロジーについて真剣に考えるべきだな」
まるで凛子に警告をされているようだ。
「未来の法に照らせば、目的を持って活動している加藤を勝手な都合で消去できなかったんだ」
「加藤の目的って、何よ?」
「マジユニの世界で、人間を楽しませることだな」
「なるほど」
幸太の顔を見れば一目瞭然か。
「それより海乃……」
「何?」
「今日のお昼はカレーがいいなっ」
「あんた太らないからいいわねっ」
「海乃の理解は相変わらず深いなっ」
~【G.M.リポート No.003289.532.410.922】~
時空転移のエラーを解析したところ、三つの時空間が相互に干渉した形跡が認められた。
すなわち、任意の時空A,B,Cにおいて、
AB、
BC、
CAの作用関係が成立したと思われる。
当然ながら、三つの時空間は内部から互いに認識はできないものの、それぞれが異なるシステムツールで繋がった可能性が高い。
現地調査により、各ツールとそれを使用した三者の関係はある程度判明している。
すなわち、
時空(A)は加藤半蔵。ツールは鎖鎌。これは我々のいる世界である。
時空(B)は紺野孝之。ツールは不明。
時空(C)は氏名不詳。X氏とする。ツールは撒菱。
なお、加藤半蔵はN.P.C.、紺野孝之は人、X氏の構造は不明である。
我々の時空Aは、時空CにいるX氏により撒菱を投げ込まれた。それによって加藤半蔵が影響を受け、その瞬間に加藤半蔵が投げた鎖鎌は時空Bにいる紺野孝之に作用した。また、紺野孝之も不明なツールを使用して時空CにいるX氏に作用を及ぼした。これら三つの世界は三者が同時に三つの扉を開けることによって相互に干渉する関係が成立し、それぞれの時空が繋がった。
整理すると、
作用ABは、(A)紺野孝之に追われた加藤半蔵が、鎖鎌により(B)の紺野孝之に影響を与えた。
作用BCは、(B)X氏に追われた紺野孝之が、不明ツールにより(C)のX氏に影響を与えた。
作用CAは、(C)加藤半蔵に追われたX氏が、撒菱により(A)の加藤半蔵に影響を与えた。
付け加えると、我々の時空Aにいる紺野孝之と時空Bの紺野孝之が同一人物であるとは限らない。また、時空Bにいる紺野孝之が使用したツールの種類、及び時空CにいるX氏が誰かは我々には原理的に分からない。
結論として、小さな波である時空A,B,Cは一つの大きな波である宇宙の構成要素であるため、図らずも干渉点を中心にして、つまり過去もしくは未来のどこかで接触している可能性を排除できない。
その結果、この時空干渉の影響により多少なりとも歴史が変わった可能性がある。しかしながら、それと認識して検出する術はなく、関係者への説明や情報共有は混乱を避けるためにも最小限にすべきと判断する。
よって、この件について本稿はこれ以上の言及を避けることとする。以上。
~G.M.凛子~
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