第40話 上野恩寵病院《405号室》にて
〝プリンにするーっ? 団子にするーっ? パフェにするーっ?〟
凛子アプリの呼び出し音だ。
応答すると、運営用のエアモニターが病室に浮かんで、仕事場に座る凛子の姿が映った。
「やあ、凛子ちゃん、久しぶりー!」
「押本! 元気そうでなによりだっ! 少し痩せたなっ!」
言われてみると、押本君は痩せたかもしれない。凛子は押本君と一年以上も会っていないのに、そこはさすがにA.I.といったところか、よくも覚えているものだ。
「…………」
「どうしたの凛子?」
『いや、なんでもない』
凛子が曖昧な返事をする時は、いつも何かを隠しているのだ。
『それより海乃は、今から大田区にある洗足池公園に向かってくれ。私が解析した結果、加藤の体はそこにあることが分かった。海乃の車なら20分で行けるだろう』
「かたじけないっ!」
『実は首から下の体は二つに分離してるんだが、正確な位置も判明している。座標をスマホと車に送っておくから、回収して首と一緒に大阪に運んでくれ』
「何でまた大阪なの? 適当にくっつけて元に戻せないの?」
『加藤の破損した情報がエラーの発生現場に残ったままなんだ。場所は大阪の豊中市にある神社で、統合はそこで行う。阪急電鉄宝塚線の岡町駅のそばだ』
「エラーの原因は分かってるの?」
『時空転移の術を想定外の方法で使用したんだ』
「その術って、僕がこのベッドに開けた魔法の穴のことだね?」
『同じものだな。魔法の呼び方はキャラクターによって変わるからな』
「それじゃ凛子も大阪に行くのね?」
『そうだ。今から新幹線で大阪に移動するぞ』
「それなら、どこかの駅で待ち合わせしましょうか」
単純に凛子一人では心配なだけなんだけど。
『私は先に神社を調べたいので、一人で行く』
「分かったわ。それで押本君は……動けないわね」
「申し訳ない。リハビリ頑張りますっ」
『それでは大阪で会おう! 押本っ、元気でな!』
「凛子ちゃんまたなーっ!」
凛子はエアモニターと共に消えた。
「海乃殿、よろしくお頼み申す!」
「えーっと、加藤何ゾーだっけ?」
私はお見舞いのフルーツが入っていた籠に忍者の頭を入れて、車に運んだ。
洗足池公園に到着すると、ちょうど道路に停めたパトカーから二人の警察官が降りるところだった。誰かが忍者の体を見つけて通報したのだろう、いたずらと思っているらしく、明らかにめんどうな様子で公園を眺めていた。
私と運転手の竜人は凛子に指定された座標に走り、探す間もなく黒装束の忍者の体を回収して車のトランクに詰めた。上半身は池、下半身は滑り台のそばにあった。さすがに不気味な落とし物のせいか、公園には人っ子一人いないのは助かった。
「絶対に事故は起こしちゃダメよ」
「かしこまりました。法定速度で運転します」
そして私は車に乗らず、竜人だけで大阪に向かわせた。いくらファントムの乗り心地が良くても、東京から大阪までの7時間は長すぎる。
忍者の体が
私はタクシーを捕まえると、一旦屋敷に向かった。身の回りの荷物を鞄に詰めて、羽田から飛行機で大阪に行くつもりだ。そもそも竜人はファントム専属の設定だから他の乗り物には乗ってくれないし、どうせ忍者の体は空港の保安検査を通らない。飛行機なら新幹線よりは早く大阪に着くだろう。
だがしかし……よく考えれば、私まで大阪に行く必要があるのだろうか?
私はタクシーの中からスマホで凛子に連絡をした。
『
「ちょっと、今何やってるの?」
『昼食だ。
「駅弁かっ!」
凛子がさっさと新幹線に乗って大阪に行きたがった真の理由の半分を理解した。残りの半分は、新大阪駅で豚まんに違いない。気持ちは分かるけどねー。
『今日は神社を調査するだけで、明日の朝から加藤の統合作業を行おう。ホテルは……たった今予約が完了したので、支払いは任せたぞっ』
「頼んだわよっ」
よーし、明日は幸太と二人で遊ぼうっ。
屋敷に戻ると、幸太が学校から帰っていた。
「いいなーっ、凛子姉ちゃん大阪に旅行かーっ」
「旅行じゃなくて仕事の出張ね。それより、釣りの道具はどこに置いたっけ?」
「僕も大阪のたこ焼きが食べたいっ」
「えっ」
「凛子姉ちゃん美味しいものたくさん食べて帰ってくるよっ」
……幸太の言う通りだ。このままでは凛子一人での大阪グルメ観光ツアーになってしまう。
それに、サポートの依頼元はかつての同僚とはいえ、あくまでこれは私の仕事なのだ……。
私は幸太を連れて品川駅に向かった。決して新幹線で駅弁が食べたかったわけではない。しかしながら、幸太と一緒に食べる新杵屋の牛肉どまん中弁当は尚更美味しかったことをここに記しておこう。もちろん、新大阪駅に着いたら豚まんも食べる予定だが、決してそのために大阪に行くわけではないことも重ねて強調しておきたい。
幸太と一緒に旅行するのは何年ぶりだろう。
「いつ大阪に着くのー?」
「あと二時間ぐらいよ」
そういえば、何か大切なことを忘れているような気がするが、いずれ思い出すだろう。
「あっ、思い出したっ。私たちが大阪に向かってること凛子に言ってなかった!」
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