第39話 押本栄の依頼
魔王城の朝は早い。
いくらN.P.C.たちが身の回りの世話をするからといって、親がいつまでもグータラと寝ている姿を子供に見せるわけにはいかない。
「魔王様、お早うございますにゃ!」
「お早う」
可愛い三毛猫の獣人メイドは私のお気に入りだ。デザインしたのは私ではないが、この前のアップデートで追加のリクエストがあったのだろう。魔王の経験値がMAXになった翌日の朝から、私の寝室付きで現れるようになった。働き者でとても助かっている。ありきたりだが、伝統的な『タマ』と言う名前を付けた。
「タマ」
「にゃっ」
N.P.C.でも呼べばちゃんと返事が帰ってくるのは嬉しい。
「幸太はもう起きてる?」
「にょっと見てくるにゃっ」
骸骨衛士が並ぶ廊下を通ると、浴室に着替えと清潔なバスタオルが用意されている。朝一番の温泉はいつも気持ちがいい。源泉の掛け流しとは贅沢な話だ。
「ママー、お早う」
「お早うー」
幸太が食堂に降りてくる頃にはテーブルに朝食が並んでいる。
厨房を切り盛りするコック長はイケメンの吸血鬼で、これも可愛い狼少年と小悪魔っ娘、さらにはゴブリンロードを従えている。やはり彼らもN.P.C.なのだが、見た目と相まって出てくる料理の味や香りは繊細かつ盛り付けも素晴らしい。これはほぼ強制的に提供させられている屋敷とのトレードオフらしく、また食にこだわる凛子の趣味に違いない。栄養のバランスも考慮されているので美容や健康維持にも良い効果が期待できる。唯一の不満はマジユニのレーティングが12歳以上であることだ。これが大人向けなら……。
「さて、今日のサポート依頼だが」
朝食を済ませ、幸太を学校に送った後は凛子による日課の運営ミーティングが始まる。
マジユニはユーザーが増えていることもあり、平日は基本的に仕事になる。何もなければ凛子といっしょに買い物に行ったり海や山で遊んで過ごすことが多い。たまに屋敷に引きこもって一日中映画を見るのも好きだ。最近、幸太と一緒に始めたお気に入りは釣りである。釣れても釣れなくても、幸太と遊べるのは楽しい。
「押本栄から仕事が入っている」
「あら、押本君って、BBソフトで企画とプログラマーやってたあの人よね。もう退院したの?」
「個人情報なので回答できないが、連絡先は病院だ」
「さすがにまだ入院してるか。あの会社のビルの倒壊事故がまだ去年の話だもんね。確か、上野のなんとか病院にプリザーブドフラワーを送ったんだっけ」
「その、上野
「何があったの?」
「首だけの忍者が現れたそうだ」
「……首だけ……?」
何それ?
「首だけの忍者って……私そんな魔物のデザイン通したっけ……」
「私も知らんぞ」
「だよねー」
何かの悪戯としか思えないんだけど。
「押本によるとだな、昨日の夕方頃、ベッドの上に男の忍者の首が現れた。大阪に住んでるわけではなく……後は混乱していてよく分からん。とにかく行って調べてくれ」
「凛子はどうするの?」
「私はエラー解析を行う」
「エラー? 珍しい」
「マジユニのシステムに、軽微だが矛盾のある処理が発生した。今回の押本の件と関係があるかもしれない」
「わかったわ。それじゃーお見舞いがてら行ってくるから」
とりあえず、護衛の
「今日中には到着するって押本君に伝えておいて」
「ラジャー」
《行ってらっしゃいませ!》
《お気をつけて!》
城門に立つ骸骨衛士に見送られると、ロールスロイス ファントムが音もなく進み始めた。サービスモニターには黒い雲が漂う魔王城が映っている。これでは〝ここに魔王がいますよ〟と宣伝しているようなものだし、見た目も悪い。いっそのこと、エルフの女王にでも転生すれば良かったかな……。
《押本 栄》と手書きされた札のある病室に入ると、懐かしい顔がベッドに横たわっていた。
隕石の直撃で倒壊した会社のビルを撤去する工事の立ち会い中に、瓦礫を運んでいたトラックを避けようとしたおばちゃんが乗る自転車に轢かれそうになって転んだ押本君は頭の打ちどころが悪く、ずっと
「あれ、海乃さんだけですか? 凛子ちゃんは?」
「なんかシステムにエラーがあったからって、そっちを調べてるの」
看護師のおばさんが慌てるようにカーテンを引いて、ベッドを囲ってくれた。
「で、何があったの?」
「これですっ」
押本君が
「拙者は加藤半蔵、一介の忍びでござるっ」
サンダーアローでまたICU送りにしてやろうかと思った。看護師が慌てて姿を消すわけだ。
「いやー車椅子でトイレに行くのが面倒で、ベッドの上と便器を魔法の穴で繋いだら、いきなりこの首が飛び出してきたんですよ」
「拙者も驚いたでござるっ」
「捨てるわけにもいかなくてですね……」
「押本君、ログインして」
「えっ、今ですか?」
「今すぐにもう一度穴開けて、この首返しなさいっ」
「いや、それは便器が詰まるので……」
「ヒドイでござるよ海乃殿っ」
忍者の困ったような表情が余計にムカついた。
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