第38話 フロエとハンゾー
「とやーーーっっ!!」
加藤ハンゾーと呼ばれる男は一陣の黒い風になると、空に舞い上がり境内に降り立った。
「いざ、勝負だっ!」
「望むところヨッ!」
フロエが腰の短刀を抜き間合いを詰めると、加藤は鎖鎌をジャラジャラと音を立て振り回した。
「押本っ、私も忍者やりたいぞっ!」
凛子の目がいつにも増して光っている。
「まあ、好きにやっていいぞ」
「よしっ、私は紫がいいっ。押本は緑だなっ」
アレ? 俺も付き合うのか?
「トヤッ!」
〝キンッ〟
フロエが投げた手裏剣を加藤が鎌で弾いた。
「フハハッ、この程度かっ!」
一歩下がったフロエが身構える。しかし、加藤は動かない。
「流石だなフロエ……」
加藤が視線を地面に向けた。よく見ると、小さな
「フフッ、よくゾ見破ったハンゾー!」
二人の忍者が睨み合う。
〝ジャラッ、ジャラッ、ジャララッ! ジャララララッ!!〟
鎖鎌の回る音がだんだんと早くなっていく。
「
加藤が高く飛び上がって仕掛けた。
「サンダーアローーーッッッ!!!」
〝ガラガラッッッ! ドドーーーーーーンッッッッッ!!!!〟
轟音とともに白い
「全くもうっ! これ以上ややこしくしないでよ!」
漆黒の翼を広げたサキュバスが拝殿の屋根に立っていた。
「幸ママって不意打ち好きだよねー」
「海乃さんまたレベル上げたなー」
「海乃っ、やっぱりエロいなっ!」
「おーいハンゾー、ダイジョブかー」
フロエの足下に煙が
「ふ、不覚っ……もはやこれまでっ……」
「それでワ、今日の修行はおしまいネッ」
「それじゃーおサラバーーッ!」
ログオフをしたフロエは町娘のような着物姿になり、元気に帰って行った。
片や加藤半蔵は、いつの間にか忍者らしく静かに姿を消していた。
「さっき風路江にお礼をもらったぞ」
凛子の手に撒菱が握られていた。
「おい凛子、フロエを帰すのはいいんだが、システムエラーの原因は分かったんだろうな」
「凛子ちゃん、また同じことが起こらないようにシステムを修正できる?」
「風路江の事情聴取は鳥居の中で済ませたので問題ない。エラー解析とここの調査は完了しているので対策は取れるぞ」
「鳥居の中ってなんだ? たった数秒でか?」
「トランセットの時空回廊は時間が止まっているのだ。風路江には体を修復するついでに話を聞いた。あいつは話が上手だから3分で済んだがな」
「一瞬で鳥居を移動したんじゃなかったのか」
「私の魔法ってなんかスゲーんだな」
「しかし待てよ、その時間が止まった回廊ってのでエラーが起こったとしたら、もしかして世界の時間進行に影響は出ないのか?」
「ちょっと押本君、何言ってるのか分かんないんだけど」
「押本が言いたいのは、歴史が変わった可能性のことだな」
「やだっ、歴史が変わるって何っ?!」
「言っておくとだな、そもそも宇宙は一つではないんだぞ。この世界は無限に分岐した可能性が集まった一つの結果なんだ。だから、歴史は常に変化するんだっ」
「幸ママ、分かる?」
「えーっと、パラレルワールドのことかな?」
「この時代では多世界解釈とも言うな。もちろん別々に存在する世界は互いに認識できないんだが……今回はエラーによって局所的に干渉してしまったのでな、未来だけではなく、過去も変わったかもしれない」
「ちょっと押本君っ、それって大丈夫なの!?」
「まあ、どうせ誰も変化に気づかないでしょうし……今更と言うか……」
今更と言うか、そもそも凛子は1200年の歴史を完全に無視しているのである。
「世界の存在確率がエラーの前後で、つまり未来と過去の両方向にほんの少し波打っただけだ。どうせ大きな変化は起こってないから気にするなっ」
「Qちゃん、分かる?」
「分からないってことは、分かるな」
「凛子、それよりフロエの体が三つに別れた原因を話してくれ」
「凛子ちゃん、私にも理解できるように説明してね」
「私はどうでもいいや」
「簡単に言えば、三人の忍者がそれぞれ千本鳥居と摂社の鳥居に、時空転移の魔法をかけたんだ。結果として千本鳥居に三つの扉が並んでしまったんだが、風路江は加藤と忍者修行をしている最中に、その三つの扉を……」
『ハンゾーから逃げるたメ、千本鳥居の転座の扉をくぐろうとシタノ。でも、急に目の前に手裏剣が飛んできたノネ、ハンゾーは後ろにいるノニ……もしかしたラ別の忍びがイタかもしれナイヨ。その手裏剣を避けてジャンプシタラ、目の前が真っ暗にナッタ……だけど、ハンゾーは撒菱を投げて追い払ったヨ!』
「風路江は、時空転移の魔法がかかった三つの鳥居を同時に通過したんだ。解析の結果、扉の位置が近すぎると音叉のように共鳴して、全て同時に開いてしまうことが分かった。対策としては、時空転移の魔法には近接禁忌を設定した」
「手裏剣は、三人目の忍者が摂社の鳥居から投げ入れたんだな」
「……それはどうだろうな……」
凛子が少し微笑んだ。
「風路江は加藤のことしか話さなかったしな、いつも二人だけで修行をしているようだぞ。私も三人目については解析の結果で知っているだけで、あまり話すことはない」
凛子が笑って曖昧な話をする時は、いつも何かを隠しているのだ。
「フロエが同時に三つの扉をくぐったから、体が三つに別れて私のお店やあの公園に現れたのね」
「そう言うことだ」
「でも、私のトランセットは扉を遠くに離すと使えないよね」
「それは誤りだぞっ。気圧がほぼ同じ場所であれば、距離に関係なく設定できるようになってる」
「そうなのか、今度やってみよう!」
「だが結局、設定した後で天気が変わると通れなくなるからな、運営としては近い距離での使用を推奨しているぞ」
「私のお店とあの公園の天気が、たまたまこの神社と同じだっただけ?」
「そうだ、風路江の体が三つに分かれた瞬間はな」
これを偶然のイタズラと言っていいものだろうか。
「それより押本……」
「どーした?」
「私はお腹が空いたぞ」
「まさか、散々美味しい物を食べたはずの凛子の歴史が変わったのか?」
「押本の理解は相変わらず深いなっ」
「凛子ちゃん、口の周りに青海苔とソースが付いたままだからね」
今日は、近くのファミレスで晩飯となった。
それにしても、三人目の忍者とは一体誰で、どこにいるのだろう? 何度尋ねても、凛子は口を割らなかった。
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