第37話 赤の捜索

 上野から洗足池公園までは、車で30分も掛からなかった。


「たぶん、フロエの友達か大学から捜索願いが出てるわ、早く見つけないと」

 俺と海乃幸は洗足池公園に到着すると、貸しボートに乗って浮いている物がないか探した。上半身だけなら軽いので沈んではいないはずだ。


「Qちゃん、フロエに上半身の状況を聞いてくれる? できれば音をたてて泳いでくれると見つけやすいんだけど」

 海乃幸が車にいるQにスマホで連絡をすると、どうやら上半身は疲れているのか葦のような草を掴んで上陸しているようだった。


「あれじゃないっ!?」

 ボートを池の淵に沿って漕いで行くと、赤いゴミ袋のような塊を見つけた。

「車に運んで、後はQちゃんに任せるわ。濡れた服を乾かさないと」

 ちなみに上半身の断面は真っ黒で、触っても感触が無い。頭部や下半身とは繋がっているので、干渉できないようだ。

「あれ? これフロエのだわ」

 赤い忍者服に隠しポケットがあり、スマホが入っていた。

「完全に水没してますね。おそらく電池もダメでしょう」

「ねえ、凛子ちゃんからフロエの大学に連絡とれないかな。とりあえずこっちにいるって伝えとけばいいから」

「凛子は今頃、新幹線の中ですね」

 エアモニターは目立つので、スマホで凛子に繋いだ。


了解りょうはいひた。ゴクン。アカウント情報にゼミの連絡先がある。風路江フロエ・フローレンス・名井下流ナイゲルを保護していると伝えておこう。モグ』

「バラバラになってることは言わなくていいからな」

『ああ、かった。モシャゴクン』

「おい、何やってるんだ?」

『昼食だ。佐藤水産の鮭ルイベ漬盛り海鮮弁当は美味いぞ。モシャモグ』

「駅弁かっ!」

 凛子が早く新幹線に乗って大阪に行きたがった理由の半分を理解した。残りのもう半分は、新大阪駅で豚まんに違いない。気持ちは分かる。


 俺と海乃幸はボートを降りると公園内を走り回った。下半身は歩いて移動したのか、どこをどう探しても見つからないのだ。当の本人に聞くと『何かにまたがって座っている』ことしか分からず、行方は判然としなかった。フロエ自身に見えないのではやむを得ないだろうか。念の為、男子トイレも含めて手洗い場は全て確認した。

「それにしてもにぎやかな公園ですね」

「そうね、住宅地にあるからじゃないの?」

 ブランコに子供たちが群がっている。

「仕方がない、もう一回りしますか」

「そうね、なんとかして下半身を回収しないと」

 そうは言っても、洗足池公園は草木も多く見通しが悪い。すでに何周しただろうか、もはや公園内にはいないと思われた。


「この公園には神社があるんですね」

「かなり古い景勝地みたいだから、いろいろと残ってるのね。あそこに馬の銅像まであるわよ」

「有名な馬なんですかね……」

 しかし、何かがおかしい。青銅色の馬の像に、赤い色の人間の下半身像が……。


「……いた」

「……あれね」

 真っ赤な忍者袴を着た両足が馬の像に跨っている。トイレを我慢して走り回った挙句、登ってしまったのだろうか。

「何度もこの近くを通ったのに気づかないものですね」

「押本君っ、そんなことより直ちに回収っ!」

 とりあえずトイレの手洗い場に運んで、後は海乃幸に任せた。


『フロエがくすぐったいからやめてくれってさーっ』

「海乃さーん、フロエがくすぐったいそうですよーっ」

「ちょっと押本くーんっ、このお尻大きくて重いから手伝ってーっ」

「海乃さーんっ、頑張ってくださーいっ」

『サチママひどいデス……』


 大阪には飛行機で行くことも考えたが、フロエが手荷物検査で絶対に引っかかるので新幹線にした。ただし、フロエの体はQが持つバスケットに頭、そして上半身と下半身は品川駅に向かう途中で買ったかなり大きめのリュックに無理やり詰め込んだ。

「アウウゥー……初めての新幹線ナノニ……」

 そして凛子の言う通り、佐藤水産の鮭ルイベ漬盛り海鮮弁当は美味しかった。新大阪に着いたら豚まんを食べよう。


 阪急宝塚線の岡町駅から少し歩くと、静かな神社の境内で凛子が待っていた。

「遅~~~いっ! しかし私は機嫌がいいので許してやろうっ」

 美味しい物を食べて満足したのだろう。


「お好み焼きは美味しかったか?」

「押本は相変わらずするどいなっ」

 凛子の口の周りに青海苔とソースが付いていた。


「よしっ、それでは私が今からいい物を見せてやるので、こっちに来てくれ」

 凛子は朱塗りの鳥居が連なる参道の前に我々を立たせた。

「実はな、この千本鳥居の中には魔法のかかった扉が三つあったんだ」

 そう言うと凛子は、千本鳥居の中をゆっくりと歩いた。

「でも凛子ちゃん、これって千本もないわよ。えーっと、1、2、3……」

「この筋には16基しか並んでいないが、それでも呼び方は千本鳥居と言うのだ」

「俺たちが来る前に、神社について調べたんだな」

「勉強になりマスねッ」


「いいか、よく見ておけ」

 凛子が歩を進めると、朱い鳥居の影に姿が消えた。

「おい凛子っ?!」

「トランセットだっ」

 Qが嬉しそうに笑った。

「転座の術デスッ!」

 首だけのフロエはQが持つバスケットから飛び出しそうだ。

「Qちゃんのと同じ魔法ね、名前が違うだけで」


「おーい、私はこっちだーっ!」


 声のする方を振り向くと、南に50メートルほど離れた建物の鳥居に凛子が立っていた。


「今度はそっちに行くぞーっ!」

 凛子がその鳥居をくぐると、また姿が消えた。


「どうだ! 面白いだろう!」

 目の前の千本鳥居から凛子が出てきた。

「あっちの建物は摂社と言ってな、まあ、この神社の親類みたいなものだ。以前はあっちの鳥居とこっちの千本鳥居の3基が繋がってたんだ。今は私が1対1にしている」

「凛子ちゃん、それより早くフロエを繋げてくれない?」

「よーし、いいだろう」

 だがしかし、凛子はフロエの体をリュックから取り出そうとして、尻餅をついた。

「なんだこのでかい乳と尻は! 重いうえに引っかかって出せないぞっ!」

「リンコひどいデス……」

「押本っ、海乃とQも手伝えっ」

 四人がかりでなんとか上半身と下半身を取り出した。

「お手間かけマス」


「よしっ、頭は私が持つので、下半身は歩いてついてこい。上半身は三人で鳥居に投げ込んでくれっ」

「ウケ賜りましたヨっ」

「いいぞ」

「いつでもいいわ」

「オッケーッ」

 凛子と下半身が鳥居に入って姿を消すと、上半身を三人で抱えて投げ入れた。


「コチラですよーっ!」

 離れた摂社の鳥居から、手を繋いだ二人が歩いて出てきた。

「あの衣装って私のデザインじゃないからねっ」

 全身真っ赤な忍者姿のフロエはとても背が高く、目立ちすぎるのでくノ一としては失格だ。


「フロエよっ! よくぞ戻ったっ!」

 その時、突然大きな声が境内の空気を揺らした。驚いた鳩の群れが空を舞う。


「ムムッ、コノ声ハッ! 加藤ハンゾーだナ!」


「フハハハハハハハハハッッッッッッ!!」

 神社の屋根に、黒装束の忍者が立っていた。

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