第36話 カフェ《海乃》にて
『おやすみ』の看板がかかったガラスの扉を開けると、海乃幸がカウンターに座っていた。
約一年ぶりだが、変わったのは髪型ぐらいだろうか。開店のお祝いに胡蝶蘭を送っただけで、実際に店に入るのは今日が初めてだ。
「あれ、凛子ちゃんは?」
「なんかシステムにエラーがあったそうで、そっちを調べてますよ」
テーブル席には小麦色の女の子が座っている。この娘がQちゃんだろうか。
「砂糖は三つね」
海乃幸が熱いコーヒーを淹れてくれた。
「で、何があったんです?」
「これよ」
海乃幸の手に、銀色の丸い盆が光っていた。
~昨日~
『いらっしゃいませーっ』
Qはテーブルに客を案内すると、何も乗っていない盆から水の入ったグラスを取り出した。
『いつ見てもすごいねー』
『エヘヘっ、私の得意技だっ』
Qが手に持つ盆は、ダークエルフの魔法によって厨房と繋がっているのだった。
『Qちゃーん、三番テーブル上がったよーっ』
『ハーイッ』
厨房からの連絡を受けると、Qは三番テーブルに急いだ。
『お待ちどう様でしたー、こちらイカ墨パスタになりますっ』
しかし、Qが盆から取り出した皿には、生きた忍者の首が乗っていたのである。
〝ゴトンッ!〟
『痛テッ!』
赤い頭巾の女の頭がテーブルに転がった。
『いい匂いデスネ。ワタシはちょっとお腹が空いてマス』
「昨日の夕方頃の話よ」
ほどなく店はパニックに陥り、今日の今まで閉店しているそうだ。
俺は海乃幸から問題の丸い盆を受け取ったが、どこをどう見てもステンレスでできた普通のトレーである。
「今はログオフしてるからQちゃんの魔法はかかってないけど、単なるお盆よ」
「で、忍者の首は今どこに?」
「ここだよ……」
Qがテーブルに置いてあるバスケットの蓋を開けた。
「こんにちワ!」
赤い頭巾に包まれた、エルフのような顔立ちの女性の顔が見えた。
「私の名前は
「昨日の夕方頃、家の近くの神社で遊んでたら、いつの間にかお盆に乗ってたそうよ」
「違いマス、修行デスッ」
まったく話が見えてこない。
「その、盆を繋げる魔法というのを見たいんですが、東京と大阪ぐらい離れていても可能なんですかね」
「それは無理かな、遠すぎるよ」
Qがスマホを取り出してログインすると、色っぽいダークエルフに変わった。
「この魔法って、本当は二つの場所を繋げて人が通れる扉を作るものなんだ。私はお盆を繋げてるけどね。お客さんにウケるし」
「つまり、人が離れた空間を移動できる魔法か」
「そーいうことっ。トランセット!」
Qは二つの盆を手に持って呪文を唱えると、一つをカウンターに置いた。
「ほら、面白いっしょっ」
銀色の盆に突っ込んだQの右腕が、カウンターの盆から伸びて手を振っている。まるで金属の円盤に腕を載せて飾っているようだ。
「えいっ」
掴まれた俺の腕が、盆の中に消えた。
「あははっ! こっちこっち!」
「押本君、後ろよ」
見ると、Qが持つ丸い盆の板から俺の手が生えている。
「お見事デスネーッ」
店の中で離れた二つの盆は、一つの時空で繋がっているのだ。
〝ご飯にするーっ? ご飯にするーっ? ご飯にするーっ?〟
いつの間にか勝手にスマホに仕込まれた凛子アプリの呼び出しだ。応答すると、運営用のエアモニターが魔人カフェ《海乃》の店内に浮かんだ。
『つい今しがた、匿名のユーザーから情報が入った』
エアモニターには仕事場に座る凛子の姿が映っている。
「幸ママ、昨日言ってた
「そうよ、私と押本君の隠し子だけど気にしないで」
最近マジユニ界隈で流行っている噂の発信源が判明した。凛子に片っ端から消させているが。
『昨日の夕方頃、公園で魔物狩りをしていたら、〝赤い服を着た人間の上半身〟が池に落下したそうだ』
「〝上半身〟って、何だそれは?」
『広場の地面と池の上をトランセットの魔法で繋いで、落とし穴にしていたらしい。すると、魔物もいないのに何かが池に落ちる音がした。首のない人間の上半身が溺れていたので、驚いて逃げたそうだ。ユーザーはログオフ済みなので魔法の効果は切れてるが、上半身はまだ池に浮いてるだろう』
「その公園の場所は?」
『大田区にある洗足池公園だ。私が解析した座標とも一致している。実は忍者の首から下の体は二つに分かれているんだが、下半身もそこにいるはずだ。押本と海乃で回収して、頭と一緒に大阪まで運んでくれ』
一年前ほど前、真夜中の街で凛子に体を切断されたことを思い出した。
「忍者の体は適当に合わせると勝手にくっ付くのか?」
『それはムリだ。実体を一旦情報に戻してからエラーを取り除かないと、統合できない。私も今から新幹線で大阪に移動する』
「それなら、どこかの駅で待ち合わせするか」
単純に凛子一人では心配なだけだが。
『私は先にエラーが発生した大阪の現場を調べたい』
「フロエが遊んでいた神社ねっ」
「修行デスッ!」
『そうだ、そこで集合しよう。阪急電鉄の宝塚線、岡町駅のすぐそばだ。そこで時空転移の術を、想定外の方法で使用したらしい』
「その術って、私のトランセットのことだよね?」
『同じものだな。魔法の呼び方はキャラクターによって変わるからな』
「すみまセン! 私お花を摘みたいデス!」
「花を摘む? って忍者の隠語ですか?」
「お手洗いに行きたいってことよ」
「かたじけナイッ、今すぐおしっこ行きタイ!」
金髪くノ一がさらなる緊急事態に陥ってしまった。
「凛子、何とかならないか」
『下半身は、移動してなければ公園内にいるはずだ。押本の車なら30分で到着するだろう』
「私走り回っテ我慢してますカらッ! 3秒でお願いしマスッ!」
『上半身が落ちた池の座標はスマホに転送しておくぞ。それでは大阪で会おうっ』
「おいっ、凛子っ!」
凛子はエアモニターと共に消えてしまった。
「そろそろやばいデス!」
「フロエ、諦めていいぞ。女は30分も我慢できない」
Qが忍者の頭を撫でると、フロエの顔が緩んだ。
「アウゥ……
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