第35話 海乃幸の依頼

 魔王城の朝は早いにゃっ。


「魔王様っ、朝にゃ! ご飯の用意ができてるにゃっ!」

 まだ陽が登らないうちから騒ぎ出す、三毛猫の獣人メイドに叩き起こされて俺の一日は始まる。


 もちろん彼女はN.P.C.なのだが、経験値がMAXになった次の朝に現れてからずっと屋敷にいる。いくら一生懸命に働くとはいえ、24時間眠らずに疲れを知らないというのは困り物で、はっきり言って迷惑である。

「痛でっ!」

「この棚もこりにゃい奴にゃっ」

 魔王城は侵入者避けの罠やトラップが好き勝手に仕掛けられており、毎朝起きると必ず部屋の棚が動いて足の小指を狙ってくる。この一撃が二つ目の目覚まし代わりだ。

「にゃはっ。足の小指にゃんて飾りにゃっ」


 骸骨衛士が並ぶ廊下を通って洗面所で顔を洗う頃には、食堂のテーブルに朝食が並び、凛子も静かに座って待っている。一度、凛子が先に一人で食べ始めたところコック長にしかられたことがあり、それ以来は箸にも手をつけずに待機するようになった。しつけとはこうありたいものだ。

 その厨房を切り盛りするコック長は半魚人であり、カエルや狼の獣人とゴブリンロードを従えている。これもやはり魔物のN.P.C.なのだが、恐ろしい見かけによらず出てくる料理の味や香りは繊細かつ盛り付けも見事なものだ。これは無理やり提供させられている屋敷とのトレードオフらしく、また食にこだわる凛子の強い意向に違いない。栄養のバランスも一応は考慮されているので、外食やコンビニ弁当が中心の食生活にはありがたい。今度、海で釣った魚を持ち帰って捌いてもらおうと思うが、やはりコック長に怒られるだろうか。


「さて、今日のサポート依頼だが……」

 朝食が終わると凛子による運営ミーティングが始まる。ユーザーが増えていることもあり、平日は忙しい。たまに何もない日もあるが、大抵は遊びまわる凛子の相手をして一日が終わる。最近のお気に入りは釣りである。まあ、それなりに楽しいが。


「海乃幸から仕事が入っている」

「海乃って、BBソフトでデザイン主任やってたあの人か。まだサキュバスやってるのか?」

「個人情報なので回答できない」

「まあ、転生はしてないだろうな。たしか去年、上野でメイドカフェか何かの店を開いたんで、花を送ったんだ」

「その、魔人カフェ《海乃》で問題が発生した」

「何があったんだ?」

「首だけの忍者が現れたそうだ」

「……首だけ……の?」

 何だそれ。

「……首だけの忍者って、マジユニにいたか?」

「いるわけないだろ」

「だな」

 何かの悪戯としか思えないが。

「海乃によるとだな、昨日の夕方頃、Qちゃん……がイカ墨パスタの皿をお盆から取り出したら、一緒に赤い頭巾を被った金髪の女の首が乗っていた……お腹が空いたというので食べさせたら美味しいと言った……。忍者は海外から大阪の大学に留学している学生だそうだ。後は混乱していてよく分からん。とにかく行って調査してくれ」

「凛子はどうするんだ?」

「私はエラー解析を行う」

「エラー? 珍しいな」

「マジユニのシステムに、軽微だが矛盾のある処理が発生した。今回の海乃の件と関係があるかもしれない」

「女の忍者の首か……確か〝くノ一〟とか言ったか」

「そうだ。文献では〝くノ一〟だな。三つの文字を合わせると〝女〟になるんだ」

 首から下の体は、大阪にでもいるのだろうか?


 俺は仕方なく、古ボケた車で上野にある魔人カフェ《海乃》まで一人で行くことにした。

「とりあえず、昼前には到着すると連絡しておいてくれ」

「了解した」


《行ってらっしゃいませ!》

《お気をつけて!》

 城門に立つ骸骨衛士に見送られて車を出すと、サイドミラーに黒い雲が漂う魔王城が写った。これでは〝ここに魔王がいますよ〟と宣伝しているようなものだ。いっそのこと、渋谷のギルド長が湯乃原山に建てた旅の宿屋に間借りして、通いの魔王でもやろうか……。

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