第34話 タカユキとフロエ

 阪急宝塚線の岡町駅から少し歩くと、静かな神社の境内で凛子が待っていた。

「遅~~~いっ! しかし私は機嫌がいいので許してやろうっ」

 美味しい物を食べて満足したのだろう。


「たこ焼きは美味しかったか?」

「押本は相変わらずするどいなっ」

 凛子の口の周りに青海苔とソースが付いていた。


「よしっ、それでは今から私がいい物を見せてやるので、こっちに来てくれ」

 凛子は朱塗りの鳥居が連なる参道の前に我々を立たせた。

「実はな、この千本鳥居の中には魔法のかかった扉が三つあったんだ」

 そう言うと凛子は、千本鳥居の中をゆっくりと歩いた。

「でも凛子ちゃん、これって千本もないわよ。えーっと、1、2、3……」

「この筋には16基しか並んでいないが、それでも呼び方は千本鳥居と言うのだ」

「俺たちが来る前に、神社について調べたんだな」

「僕知らんかった、お姉ちゃんエライなーっ」

 地元のタカユキが感心している。

「よく見ておけっ」

 凛子が歩を進めると、朱い鳥居の影に姿が消えた。


「おい凛子、どこ行ったっ?!」

「これはトランセットだっ!」

 Qは嬉しそうだ。

転座てんざの術だよっ」

 首だけのタカユキが、Qの持つバスケットから飛び出しそうだ。

「Qちゃんのと同じ魔法ね、名前が違うだけで」


「おーい、私はこっちだぞーっ!」


 声のする方を見ると、南に離れた建物の鳥居で凛子が手を振っていた。


「今度はそっちに行くぞーっ!」

 凛子が鳥居をくぐると、姿が消えた。


「どうだっ! 面白いだろう!」

 今度は目の前の千本鳥居から凛子が出てきた。

「あっちの建物は摂社と言ってな、まあ、この神社の親類みたいなものだ。以前はあっちの鳥居とこっちの千本鳥居の3基が繋がってたんだが、今は私の魔法のみで1対1になっている」

「僕は一つしか繋げてないよっ」

「その通りだ。紺野の他に術をかけた者が二人いるんだ」

「それより凛子ちゃんっ、早くタカユキ君の体を元に戻してくれない?」

「ああ、そうだな。分かった」


 凛子がタカユキの首と上半身を抱え、下半身と一緒に歩いて千本鳥居に入ると、離れた摂社の鳥居から手を繋いだ二人が出てきた。タカユキは忍者の格好をしているが、ログオフをすると普通の小学生の姿に戻った。

「よかった……」

 海乃幸は足元の小さな切り株に座り込んだ。

「タカ!」

「あっ、フロエ姉ちゃん!」

 着物を着た背の高い女性が金髪を揺らしながら走ってきた。どうやらタカユキの知り合いらしい。

「急にイナクなるからズット探してたヨっ、ママとパパ心配シテルっ」

 安っぽい着物のせいか町娘といった風情だが、エルフのような顔立ちはマジユニにログインしているわけではなく、どこか海外の国から来たのだろう。


「フロエ姉ちゃんは〝くノ一〟なんだよっ」

「お前は、風路江フロエ・フローレンス・名井下流ナイゲルだな。紺野孝之を早く親に返したいのだが、頼まれてくれないか」

「ナゼ私の名前を……アナタ何者ッ?」

「私はマジック・ユニバースのゲームマスター凛子だ。紺野の親には、後ほどマジユニの運営事務所から謝罪と詳しい説明があると伝えてくれ」

「ハッ、ゲームマスターリンコッ! マサカ本当に実在したのカ。噂でハ聞いていたが、まさかこんな子供とハ……」

「驚いたかっ」

「ウケ賜ったっ! タカっ、行くゾっ!」

 フロエはタカユキの手を取ると嬉しそうに走り出した。

「バイバーーイッ!」

 元気に手を振るタカユキは、まだまだ遊び足りないようだった。


「紺野から、お礼にこれをもらったぞ」

 凛子の手には手裏剣が握られていた。

「タカユキを帰すのはいいんだが、システムエラーの説明はできるんだろうな」

「凛子ちゃん、また同じことが起きないようにシステムを修正できるの?」

「紺野の事情聴取はさっき鳥居の中で済ませたので用は済んだ」

「さっき? ほんの数秒でか?」

「鳥居をつなげている通路は無限に広がっているんだ。そこで紺野の体を修復しながら話を聞いた。あいつは説明が下手だから一時間はかかったがな」

「一瞬で鳥居を移動したんじゃなかったのか」

「私の魔法ってなんかスゲーんだな」

「凛子ちゃん、私にも理解できるように説明してね」


「簡単に言うとだな、三人の忍者がそれぞれ千本鳥居と摂社の鳥居に、時空転移の魔法をかけたんだ。結果として千本鳥居に三つの扉が並んでしまったんだが、紺野は風路江と忍者修行をしている最中に、その三つの扉を……」


『フロエ姉ちゃんに追いかけられてる時に、千本鳥居の転座の扉をくぐって逃げようとしたら、急に鳥居から鎖鎌が出てきたんだ。フロエ姉ちゃんはすぐ後ろにいたのに。たぶん別の忍者だよ。でもその時、鎖鎌を避けてジャンプしたら目の前が真っ暗になって……フロエ姉ちゃんは後にいて見えなかったけど、手裏剣を投げて追い払ってやったんだ』


「要約するとだな、紺野は時空転移の魔法がかかった三つの鳥居を同時に通過したんだ。解析の結果、扉の位置が近すぎると音叉のように共鳴して、全て同時に開いてしまうことが分かった。対策としては、時空転移の魔法には近接禁忌を設定した」

「鎖鎌は、三人目の忍者が摂社の鳥居から投げ入れたんだな」

「……それはどうだろうな……」

 凛子が微笑んだ。

「紺野は風路江のことしか話さなかったし、いつも二人だけで修行をしているようだぞ。私も三人目については解析の結果で知っているだけで、あまり話すことはない」

 凛子が笑って曖昧な話をする時は、いつも何かを隠しているのだ。


「タカユキ君が同時に三つの扉をくぐったから、体が三つに別れて私のお店やあの公園に現れたのね」

「そう言うことだ」

「でも、私のトランセットは扉を遠くに離すと使えないよね」

「それは誤りだぞ。気圧がほぼ同じ場所であれば、距離に関係なく設定できるようになってる」

「そうなのか、今度やってみよう!」

「だが結局、設定した後で天気が変わると通れなくなるからな、運営では近い距離での使用を推奨だ」

「それじゃ、私のお店とあの公園の天気が、たまたまこの神社と同じだっただけ?」

「そうだ、タカユキの体が三つに分かれた瞬間はな。単なる偶然だ」

 これを自然のイタズラと言っていいものだろうか。


「それより押本……」

「どーした?」

「私はお腹が空いたぞ」

「凛子の腹はどこか別の場所に繋がってるんじゃないのか?」

「押本の理解は相変わらず深いなっ」

「凛子ちゃん、口の周りに青海苔とソースが付いたままだからね」


 今日は、近くのラーメン屋で晩飯となった。


 それにしても、三人目の忍者とは一体誰で、どこにいるのだろう? 凛子に何度尋ねても、口を割らなかった。

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