第33話 黒の捜索

〝ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!〟

 いつの間にか勝手にスマホに仕込まれた凛子アプリの呼び出しだ。応答すると、運営用のエアモニターが魔人クラブ《海乃》の店内に浮かんだ。


『つい今しがた、匿名のユーザーから情報が入った』

 エアモニターには仕事場に座る凛子の姿が映っている。

『昨日の夕方頃、公園の滑り台で遊んでいたら、〝黒ずくめの足だけ〟が現れたそうだ』

「〝足だけ〟って、何だそれは?」

『滑り台の上と下をトランセットの魔法でつないで、延々と滑り降りる遊びをやっていたらしい。すると、黒いズボンを履いた下半身、つまり〝足だけ〟が滑り落ちてきたので驚いて逃げたそうだ。ユーザーはログオフ済みなので魔法の効果は切れてるが、下半身はまだそこに残ってるだろう』


「幸ママ、昨日言ってたG.ゲームM.マスターってこの娘なの?」

「そうよ、押本君の隠し子だけど気にしないで」

 最近マジユニ界隈で流行っている噂の発信源が判明した。凛子に片っ端から消させているが。


「そのユーザーが遊んでいた公園の場所は?」

『大田区にある洗足池せんぞくいけ公園だ。私が解析した座標とも一致している。実は忍者の首から下の体は二つに分かれているんだが、上半身もそこにいるはずだ。押本と海乃で回収して、頭と一緒に大阪まで運んでくれ』

 一年前ほど前、会社帰りに凛子に体を切断されたことを思い出した。

「忍者の分離した体は、適当に接続すると元通りにくっ付くのか?」

『それはムリだ。実体を一旦情報に戻してからエラーを取り除かないと、統合できない。私も今から新幹線で大阪に移動する』

「それなら、どこかの駅で待ち合わせするか」

 単純に凛子一人では心配なだけだが。

『私は先にエラーが発生した大阪の現場を調べたい』

「タカユキ君が遊んでいた神社ね」

『そうだ、そこで集合しよう。阪急電鉄の宝塚線、岡町駅のすぐそばだ。そこで時空転移の術を、想定外の方法で使用したらしい』

「その術って、私のトランセットのことだよね?」

『同じものだな。魔法の呼び方はキャラクターによって変わるからな』


「おしっこ!」


 突然目を覚ました忍者がさらなる緊急事態に陥った。

「凛子、何とかならないか」

『下半身は、移動してなければ滑り台にいるはずだ。押本の車なら30分で到着するだろう』

「僕泳いでるっ」

『上半身は公園の池に落ちたらしいからな。座標はスマホに転送するのですぐに向かってくれ。それでは大阪で会おうっ』

「おいっ、凛子っ!」

 凛子はエアモニターと共に消えてしまった。

「漏れるー!」

 Qが忍者の頭を撫でた。

「タカユキ、あきらめろ」

 タカユキの顔が緩んだ。


 上野から洗足池公園まで、30分も掛からなかった。

「たぶん、親御さんから捜索願いが出てるわ。早く見つけて返さないと」

 Qとバスケットのタカユキを車に残すと、俺と海乃幸はそれなりに広い公園をしばらく走り回った。下半身はどこかに歩いて移動したのか、いくら探しても滑り台の周りに見つからないのだ。当の本人に聞くと『どこかに座って揺れている』ことしか分からず、行方は判然としなかった。7歳ではやむを得ないだろうか。


「しかし静かな公園ですね、人がほとんどいない」

「平日だからじゃないの?」

 静かな公園に妙な違和感を覚えたが、理由はよく分からなかった。

「下半身は後にしますか」

「そうね、池に落ちた上半身を先に回収しましょう」


 俺と海乃幸は貸しボートに乗って、浮いている物がないか探した。子供の上半身だけなら軽いので沈んではいないと思われた。

「Qちゃん、タカユキ君に上半身の状況を聞いてくれる? まだ水の中にいるのかな? できれば音をたてて泳いでくれると見つけやすいんだけど」

 海乃幸がスマホでQに連絡を取ると、どうやら上半身は疲れているのかあしのような草を掴んで上陸しているようだった。これなら岸辺を探せばいい。

「あれじゃないっ!?」

 ボートを池のふちに沿って漕いで行くと、黒いゴミ袋のような塊を見つけた。


『タカユキがくすぐったいって笑ってるよーっ』

「我慢するように伝えてっ」

 濡れた忍者服を脱がしてタオルで拭いてやると、両腕が暴れだした。

 ちなみに体の切断面は真っ黒で、触っても感触が無い。頭や下半身とは繋がっているはずなので、干渉できないのだろうか。

「あれ? これタカユキ君のだわ」

 忍者服の内側に隠しポケットがあり、子供用のスマホが入っていた。

「完全に水没してますね。おそらく電池も空でしょう」

「ねえっ、凛子ちゃんから親御さんに連絡とれないかな。タカユキ君に聞いても誰の番号も覚えてないのよ」

 さすがに海乃幸は、親の気持ちが分かるのだろう。そこは子を持たない俺でも常識的に理解はできる。

「凛子は今頃、新幹線の中ですね」

 エアモニターは目立つので、スマホで凛子に繋いだ。


了解りょうはいひた。ゴクン。アカウント情報に保護者の連絡先がある。紺野孝之を保護していることを伝えておこう。モグ』

「バラバラになってることは言わなくていいからな」

『ああ、かった。モシャゴクン』

「おい、何やってるんだ?」

『昼食だ。崎陽軒きようけんのシウマイ弁当は美味いぞ。モシャモグ』

「駅弁かっ!」

 凛子がさっさと新幹線に乗って大阪に行きたがった理由の半分を理解した。残りのもう半分は、新大阪駅で豚まんに違いない。気持ちは分かるが。


 俺と海乃幸はボートを降りると、タオルで包んだ上半身を車に運び、もう一度滑り台の周りを歩いてみた。

「どこにもいないわね」

「そうですね……」

 とても静かだ。


〝キイイィーッ……〟


 風に吹かれているのか、ブランコの鎖がきしむ音だけが聞こえる。

 しかし、何かがおかしい。いくら平日の昼間とはいえ、人影が全く見当たらない。ブランコの音だけが……。


〝キイイィーッ……〟


「……いた」

「……あれね」

 真っ黒な服を着た足がブランコで揺れている。

 誰も公園にいないのは、変な下半身と関わりたくないためにおそらくみんな帰ってしまったのだろう。誰かの悪戯いたずらとでも思ってくれただろうか……。


「しかし、視界に入っても気づかないものですね」

「押本君っ、そんなことより直ちに回収っ!」

 都合よく誰もいないので、トイレの手洗い場に運んで洗うことにした。


もこんなだったな……」

 目を細める海乃幸の手際がいい。さすがに子育ての経験者である。

「もう最近じゃ一緒にお風呂も入ってくれないのよ」

「たしかこの春で小学五年生に海乃さん写真はダメですっ」


 大阪への移動は飛行機も考えたが、手荷物検査で絶対に引っかかるので新幹線にした。Qのバスケットに頭、上半身と下半身は品川駅に向かう途中で買った大きめのリュックの中だ。本来なら7歳のタカユキには子供料金が必要なのだが、駅員にまともな説明ができるわけがないので手荷物にせざるを得なかったのは申し訳ない。

 そして凛子の言う通り、崎陽軒のシウマイ弁当は美味しかった。新大阪に着いたら豚まんを食べようと思う。

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