第27話 湯乃原山の頂上決戦 その5~押本はかく語りき~

 小雪がチラつき始めると、相談が終わったのか呪術師が前に進み出た。おかっぱボブがよく似合う可愛らしいキャラクターだが、少し緊張しているような真に迫った表情がアカデミー賞ものである。


 そして彼女が杖を振ると、ツノが生えた蛙と、頭が二つある白い蛇が現れて猛スピードで向かってきた。どういう攻撃をするのか分からなかったので立ったままでいると、二匹は焚き火の前で止まった。火が怖いのだろうか。


〝ジュジュ~~ッ〟

 危ないので水を出して火を消すと、なぜか蛙と蛇はいなくなってしまった。アップデートの不具合だろうか。

 さらに続けて彼女が杖を振ると、今度はブンブンと音がする虫の塊が現れて飛んできた。冬とはいえ、山の中に入る以上は念の為に虫除けのスプレーをポケットに入れていたので、吹きかけるとこれも消えた。何の虫だったのかは分からない。

 どうやら呪術師ではなく召喚術師らしく、すごすごと引っ込んだので一応は撃退したようだ。


 次に出てきたのは金髪の魔法使いだ。凛子がよく見ているアニメに出てくるギャル系のキャラクターに近い。おそらく攻撃魔法を撃ってくるだろうから、ここは油断せずに出方を見ることにする。


〝カアーーッ〟

 いつの間にか雪がやみ、カラスが鳴いたその瞬間、魔法使いの杖から棘の付いた氷の球が降り注いだ。これは危ない。俺は黒い棒から火を吹き出してなんとかこれを防いだが、あんな物が当たったらかなり痛いに違いない。


 どうやら魔法使いは見た目で油断させて、そのくせ高い実力があるという設定らしい。これは凛子のセンスというか、アニメに影響されたためだろう。ということは、次の攻撃は全力でくる可能性が高い。先週の魔道戦士ガンコちゃんの展開と似ている。


 思った通り魔法使いは杖を両手で高々と掲げると、かなり強力な魔法を唱えた。急に強い風が吹いたかと思うと、みぞれ混じりで人の背丈より大きい竜巻が現れ、落ち葉や小石を吸い込みながら向かって来たのだ。

 さすがにこれには対処のしようがない。走って逃げることにしたが、いつまでも走り続けるのは体力的に無理なのでいっそのこと謝ってしまおうと思い、魔法使いに足を向けるとなぜか彼女も一緒に走り出した。

 結果、竜巻は魔法使いを吹き飛ばして消滅した。俺は何とか木の影に隠れて助かったが、危ないところだった。


 そして、最後に出てきたのは剣士だ。なかなかの美人設定なので、おそらく一番危険な存在と思われる。テンプレとはそういう物だ。

 俺はもう一度焚き火を起こそうとしていたのだが、剣士は気にせずに一礼をすると、炎で輝く剣を振り回していきなり襲いかかって来た。俺は火がついた黒い棒で火傷をしないように攻撃を受け流すのが精一杯で、他に良い案も浮かばなかったため、試しに同じ剣士であるピーちゃん向けの戦法を取ってみた。

 つまり、たこ焼きを適当にぶつけたのだ。

 案の定、剣士はひっくり返ったが、すぐに起き上がって向かって来た。今度は狙って撃つと、手に持っていた炎の剣を弾き飛ばすことができた。


 剣士は一旦下がったが、こちらにも被害が発生した。偶然にも、焚き火の横に立てていた【N.P.C.キャンセラー】の旗が落下した炎の剣で切断されたのだ。とは言うものの、初めから役に立っていなかったので今更どうということもないが。単なる飾りは不要である。


 ということで、もちろんこれも予想していたのだが、やっぱり剣士のピーちゃんが現れた。いつもの通り、彼女勢いよく剣を振りかざして突っ込んで来た。しかし、果たしてこのN.P.C.がバージョンアップされているのか気になったので、何度か黒い棒で剣を受けてみたが、残念ながら変わっていなかった。

 唐揚げを何発か打ち込むと、これもいつもの通り、ピーちゃんは剣と悪態を残して林の中に消えてしまった。


〝カアアァーーッ〟

〝カアァーーーッ〟

 カラスの群れが騒がしく鳴くと、後ろに下がっていた女子高生剣士がピーちゃんの剣に向かって走り出した。


 これは単なる思いつきなのだが、餌でカラスを誘導して攻撃に使えないだろうか?

 ダメ元で唐揚げを向かってくる剣士に打ち続けると、うまい具合にカラスの群れが急降下して剣士を取り囲んでくれた。しかし、やはりこの案には無理があったようだ。剣士は易々とカラスの輪を脱出してしまった。


 ここでやむを得ず最後の手段として、叫びながら向かってくる剣士の大きく開いた口を狙い、最大に激辛な状態にしたカレーを撃ち込んだ。

 おそらく辛さが1000倍を超えていたせいか、撃ったあとに手のひらが腫れ上がって、元に戻るのに三日もかかってしまった。当然だが、あくまでこの技は相手がN.P.C.だからできたのである。


 そのあと、三人の女子高生キャラクターたちは坂を下って帰って行ったが、いつも木の影に消えるピーちゃんとは違い、こうした些細ささいな場面でもリアルな演出を行うようになったのはアップデートの効果だろう。凛子がいい仕事をしている。


 こうして、とんだ冬のソロキャンプは終わった。気づくと、とうに陽は落ちてさらに寒くなっていたので屋敷に帰ることにした。


「アップデートは今夜の0時だぞ」

「えっ?」

 凛子はエアモニターを部屋の中に何枚も散らかして何やら作業を行なっている。

「私はそのあとも確認作業があるので、今夜は徹夜だ」

「えーっと……」

「運営からの告知は今日の朝に配信済みだ。内容は管理パネルで読んだだろーな」

「それはまだだが……」

「それは怠慢だな。しょーがないから私が教えてやるとだな、フッフッフ、聞いて驚け、ついに転職と転生のシステムを組み込むぞっ」

「転職と……転生? って何だ!?」

「転職とは、例えば戦士から魔法使いになったり、貴族から鍛冶屋になったり、進みたい方向を変えることだ」

「仕事を変えるんだな」

「そうとも言う」

「で、転生は?」

「転生とは、人から魔物になったり、エルフから聖獣になったり、生まれの姿を変えることだ」

「種族を変えるんだな」

「そうとも言う」


 あれっ? ということは、俺はついに緑の落書きから解放される?! 内緒で追加したチートキャラに転生できるのかっ!?


「告知にも書いているが、転生後のレベルは1から再スタートになるぞ。もちろん、獲得したスキルはそのまま引き継ぐことができて……おい、何で泣いてるんだ?」

「素晴らしいアップデートじゃないかっ!」

「そうだろうっ! ユーザーからのリクエストが多かったんだっ!」


 時は来た。

 ついに無敵の無職が無双するのだ!


「ただし、レベルが20以上であることが条件だ。それと手数料として320円が必要だからな」

「それはまた……中途半端な金額だな。タダでできるだろ?」

「取れる時に取るのが商売だ、って渋谷のおっちゃんが言ってたからなっ」

「安いからいいけどな」

「私のお団子代だっ」

「おいっ」

 まあ、働いた分の報酬としては妥当かもしれない。やはり毎月500円の小遣いでは少なすぎたか……。


 以前にマジユニの収益金である10万円を凛子に預けたところ、しばらく出かけて帰って来なかったことがあった。

『私は宵越しの金は持たないんだぞっ、ヒックッ』

 こいつが金を手にすると一瞬で使い切ってしまう。あげく、家出少女と間違われ保護された酔っ払いを警察に引き取りに行きたくはない。二度と。『未成年者への監督不行届だ』といってどれだけ怒られたことか……。


「アップデートは、他にもN.P.C.の行動特性を変更したり、環境のバランス調整も行うぞ」

「それはもっと具体的に分かりやすく表現しないと、ユーザーには伝わらんぞ」

「それでは……魔物の性格を多次元化して多様性を持たせるのだ。攻撃が単調でマンネリだとの指摘が多かったのでな」

「いや、もっと直感的な説明はできんのか」

「えーっとだな、魔物が強くなるんだっ」

「それならいいだろう」


「他の細かい変更点は、告知を読め。私は忙しいのだっ」

 と言っても、ほとんどのユーザーは運営からの告知など隅々まで読まないことを、凛子はまだ知らない。

 そもそも俺だってめんどくさいのでタイトルぐらいしか目を通さないし、昔からゲームの取扱説明書やチュートリアルは無視してとりあえず遊ぶ主義である。さらに、社会に出てからは計画や予定など全くあてにならないことを身をもって理解した。あらゆるスケジュール表といった類は参考であって、真剣に読む対象ではないのだ。


 それにしても、何か大事なことを忘れているような気がする。しかし今は、喜びを噛み締めるとしよう。大事なことならそのうちに思い出すだろう。


「あっ、思い出したっ!」

 マジユニグッズのテスト結果をギルド長に伝えるのを忘れていた。


 まあ、急ぐわけでもないので明日にするとしよう。もちろん、山の上のキャンプ場については良い場所が見つかったと報告するつもりだ。

 これならソロキャンプでの苦労も報われる。なにせ、管理パネルを開いて確認すると今日一日で随分と経験値を稼いだらしく、もう少しでレベルが20になるのだ。


 何と素晴らしい日だろうか。N.P.C.に乾杯っ!

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