第26話 湯乃原山の頂上決戦 その4~ギルド長の依頼~

『冒険者ギルドの二号店は、娘夫婦と一緒に暮らす住居権店舗とすることに決めました。もちろんそれだけではなく、ユーザーが模擬戦をしたり、販売するアイテムを試すスペースを用意するつもりです。できれば旅の宿も併設したいのですが、これは店からいくらか離れていても問題はないでしょう』


 ついさっき、渋谷のギルド長から個人的な〝依頼〟が入った。


『基本的には住居なので、立地はやはり環境の良い場所を探しています。ですが、少々不便な所にある方が却ってマジユニの雰囲気に合うのではないかと思います。自然に囲まれたリゾート地のペンションを想像してもらえれば分かりやすいでしょうか。そこでお願いなのですが……』


 なんとも夢のある話だが、起業家とはいくつになっても願い事が湧いて出てくるのか、それを叶えようとする行動力については驚くばかりである。

「お客様、お会計はよろしいですか?」

 店員に声をかけられてスマホから目を上げた。すでに凛子は団子を受け取ったのか、姿が見えない。

 俺は景気のいい話に気を取られ、何も聞こえなくなっていたようだ。ここが道ではなく、いつもの和菓子屋の中でよかった。


『追伸、先週送った試作品の感想を聞かせてください』


 つまるところギルド長の頼みとは、冒険者ギルドの二号店を建てるのに良い物件か空いた土地があれば紹介、あるいは探して欲しい、ついでにマジユニ用に開発した新商品を試してくれ、ということだ。ちょうど他の依頼もないので、今住んでいる屋敷を買う時に世話になった不動産屋を訪ねてみようと思う。

 支払いを済ませると、みたらし団子が焼ける甘い香りが鼻をくすぐった。


「私は行かないぞ。大型アップデートの準備で忙しいからなっ」

 と、月を見ながら団子を食べる凛子がのたまった。

「大型アップデートって、何をするんだ?」

「ユーザーからのリクエストを実装するんだ。でも内容はまだ秘密だっ」

 凛子がいない方が楽に動けるので助かった。車で出ると、ハンドルを握らせろとうるさいのだ。

わらしいそはしいのっ」

「食べるか喋るかどっちかにしろ」


 翌日、不動産屋の車でいくつかの居抜き物件や整理されたまま手つかずの土地を見て回った。


 なかなか希望に沿うものはなかったが、一旦不動産屋に戻って休憩していると、女性の事務員が思い出したように奥の棚から物件概要書と地図を取り出して見せてくれた。


「これは山の上の空き地なんですが、緑に囲まれているので環境だけはいいですね。そのかわり、街の中心から少し離れているので、不便かもしれません。駅から歩くと40分はかかりますので、車は必須です」

「人は住めるんですか?」

「はい、昔は学生向けの寮が建っていましたので、電気、ガス、水道は通っています。ネット環境は無線になりますね。今は市役所が管理している未利用地で売りに出されています」

 山林ではなく、宅地利用ができるようだ。


「実は、試験的にキャンプ場として公開されているんですが、利用者はほとんどいません。たしか、簡易トイレも置かれていたはずです」

「キャンプ場が売りに出されてるんですか?」

「はい。ですが、キャンプができることはあまり宣伝していませんね。役所の担当者の話では、管理に手間もコストもかかるので、実際には負の遺産になっているようです」

「なるほど」

 自然に囲まれたリゾート地ではないだろうが、公開されたキャンプ場であればマジユニ用の試作グッズもテストができる。とりあえず現地を見て確かめることにした。


「ここは私一人で行くことにします。今日はこれで最後にして、そのまま家に帰りますから」

「そうですか。この山なら道は一本ですが、もし迷ったら連絡をしてください」

 本当のところは、試作グッズを使うにはマジユニにログインをする必要があるため、緑色の落書き魔王の姿を見られたくなかったのである。


 駅前の不動産屋から、紹介された湯乃原山の頂上までは車で10分も掛からなかった。年代物の軽自動車ではダラダラと続く登り坂が少し苦しかったが。以前にキャンピングカーへの買い替えを検討はしたものの、ちょっと出かけるには大きすぎるし、凛子が住み着いた挙句にオモチャにしそうなのでやめた。愛着のある車はなかなか手放せないものだ。


〝カアーーーーッ〟

 山の上で車を降りるとカラスが鳴いた。警戒か挨拶か、冬の山でも野生の生き物が元気なのは不思議だ。食べるものはあるのだろうか? そう思うと、何もなくただ広いだけの空き地が余計に寒く感じられた。


〝カアーーーーッ〟

 かつて、ここではたくさんの学生が暮らしていたそうだが、今は見る影もなく静かだ。この下にある学校は広がる木々に隠れて見えないが、遠くには街の建物とその向こうには水平線が輝いている。ここならキャンプにはうってつけだろう。もしかすると、街を一望できる夜景スポットではないだろうか。


 この環境なら、二世帯住宅と店舗、遊興スペースを建てても問題はなさそうだ。できればそれなりに広い駐車場もあった方がいい。旅の宿は部屋数が少なければ何とかなりそうだが、ギルド長がどれぐらいの皮算用をしているのか定かでない。どうせ周りは山林なので、土地を開けば場所はいくらでも確保できるだろう。


 とりあえず枯れ枝を集めながら一回りはしたので、次は焚き火を起こしてから試作マジユニグッズのテストだ。実は最近、単なる重い武器だと思っていた黒い棒から火を出せることに気づいた。これならキャンプに行ってもマッチやライターは不要で、バーベキューも楽にできる。もちろん、ログインしなければならないが……。


 ここは念の為、周りに誰もいないことを確認してログインした。


 さて、ギルド長から送られた試作品は二つある。

 まずは【N.P.C.キャンセラー】を段ボール箱から取り出して、焚き火の横に設置した。

 見た目は単なる三角の青い旗だが、立てた場所から半径100メートル以内はN.P.C.が現れない。言わば魔法の結界を張るための道具である。


 これは屋外で遊ぶ場合に、魔物やその他のキャラクターが現れると邪魔になるケースで使用する。例えばプレイヤー同士で戦ったり、練習をする場合を想定している。

 

 種を明かせば単なるアンテナで、ポールを約1メートルに伸ばすと自動でスイッチが入り、マジユニのサーバーに繋がる。ポールには電池が入っているので、それなりに重い。取り説代わりのメモには、満充電の状態から12時間は使えると書いてある。


 これでしばらく様子を見て、いつもの女の子が出てこなければ合格だ。何と言ったか、あの女の子はユーザーの間で〝ピーちゃん〟とかそんな名前で呼ばれている。〝エッちゃん〟だったかもしれない。


 次は【魔封玉まふうだま】だ。

 メモには〝火にべると骸骨戦士が現れる〟と書いてある。


 しかし、寒いせいか腹が減ってきた。

 だが抜かりはない。ここに来る途中でコンビニに寄り、大きめの紙カップを買ったのだ。


 俺は以前からスキルを獲得するため、時間があればピーちゃんを相手にレベル上げをしていた。

 まさか、右手から温かいカレーを出せるようになるとは思わなかったが。しかも、左手からは冷たい水が出るのだ。これは明らかにカレーとのセットと思われる。


 俺は紙カップに熱いカレーを注いで水で少し薄めた。これでカレースープのできあがりだ。ジャガイモやニンジン、玉ねぎにブロック状の牛肉まで入っているのが嬉しい。

 香辛料の香りがあたりに漂い、ちょっとした山の上でのソロキャンプになってしまった。


 ところで、魔王の右手カレーは辛さを自由に調整できる。人の食べ物としてはせいぜい3割り増しに抑えているが、うちのA.I.は10倍増しでないと納得しない。どこまで辛くできるのかはやったことがないので分からないが、間違っても最大の激辛状態で人に食べさせる事など決して何があっても絶対にやるべきではないだろう。


〝カアァーーーッ〟

 人に慣れているのか、カラスが焚き火に近寄ってきた。おそらくキャンパーが残した食べ物を普段から口にしているのだろう。あまり良いことではないが、寒い中、自分だけ温かいカレーを食べてまったりしていることに気が引けて、手から唐揚げを出して与えてしまった。


〝カアーーーーッ〟

 カラスが何かに驚いて飛び立った。見ると、剣士と魔法使い、そしておそらく呪術師が立っていた。三人とも女の子で見た目は高校生のようだが、実は魔王を討伐するために現れたN.P.C.だ。何故、そう断言できるかというと、魔王がここにいることを知っているユーザーはこの世に一人も存在しないからだ。それに、そもそもこんな寒い山の上に誰が遊びに来るだろうか。

 よって、目の前にいる三人はピーちゃんと同じN.P.C.である。証明終わり。


 それにしても【N.P.C.キャンセラー】はちゃんと焚き火の横に立っているのに、不具合だろうか。あるいは、凛子が言っていた大型アップデートのために互換性がなくなったのかもしれない。


 これはせっかくなので、【魔封玉】を試すことにする。


 俺は段ボール箱から取り出した小さな水晶玉を、おもむろに焚き火に落とした。

〝ボボンッ!〟

 炎が急に大きくなって、煙の中から見事な骸骨が現れた。剣を持った魔物である。

 しかし、これはあっけなく剣士に首を切断され魔法使いに背骨を折られてバラバラになってしまった。

 呪術師も何かやったようだがよく見えなかった。この骸骨戦士は弱すぎると報告しよう。


 残念ながら、段ボール箱にはもう何も残っていないので、あとは自力で何とかするしかない。

 俺はやむを得ず、足元に置いていた黒い棒を手に取ったが、三人の女子高生キャラは何かの相談をしている様子で、そのうちにジャンケンを始めた。アップデートによるものなのか、今までよりN.P.C.の動作パターンが複雑で、何を仕掛けてくるか予想がつかない。さすがは〝ゲームマスター凛子〟と言ったところか。


 寒いのもあり、俺はあえて何もせず焚き火にあたって待つことにした。

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