第17話 ドラゴン騎士殺人事件 その3~里の告白~

 ホテルに到着したところで、部屋に籠城ろうじょうする凛子を無理やりロビーに呼び出した。


「このお嬢さんが、マジユニの管理者なんですか?」

「私が寒くて死にそうなゲームマスターの凛子だっ」

「あ、初めまして、里です」

「よしっ、私は帰るぞ」

「まだだ」


 我々はロビーの奥にあるカフェに場所を移した。

「あの、凛子さんなら、ログインしているユーザーの位置が分かるんですよね?」

「もちろんだ。でも教えないぞ。うげっ、なんだコーヒーって苦いだけじゃないか」

「押本さん、あれの居場所が分かれば、魔物かどうかもはっきりするんですが……」

「凛子、宮野さんのキャラクターは、戦士か? それとも騎士か?」

「だから開示はできないと言うのに……」

 強情なA.I.である。

「宮野さんが死亡していたら、ログインしているのは誰だ? 今のままだと判断できないぞ」

「私には利用規約を守るという重大な責任があってだな……」

 俺はやむを得ず、メニューに挟んであるチラシの効果限定魔法を使った。

「この1日5名限定ウルトラクリームスペシャルチョコレートフルーツタワーパフェで手を打とう」

「宮野亮治はドラゴン騎士ナイトだ」

 最近、凛子の使い方がわかってきた。

「なるほど……そうすると里さん、実際のところはどうなんです?」

「えっ?」

「あなたは、宮野さんがヒグマに襲われて、死亡する現場にいましたね?」

「いや、そんな……」

「ドラゴン騎士と魔法使いで、ヒグマ討伐に行ったんでしょう?」

「おーいそこの姉ちゃんっ、ウルトラクリームスペシャルチョコレートフルーツタワーパフェを頼むぞっ!」

「…………」

「最初に話をうかがった時に思ったんですが、鎧を着た生き物を発見した場合、マジユニのユーザーならまずはN.P.C.の魔物である、と判断しますよね」

「そう……ですね」

「しかし里さんは、それをすぐに本物のヒグマだと確信して警察に通報しました。なぜなら、初めからそれが本物のクマだと知っていたからです」

「里っ、お前が犯人だっ!」

「いや凛子、犯人はヒグマで、これはおそらく事故だ」

「いえ、それがそうとも言えないんです……実は僕の他に、魔法使いがもう一人いて……」

「申し訳ありませんお嬢様、本日のウルトラクリームスペシャルチョコレートフルーツタワーパフェは売り切れでして……」


 僕と宮野さん、そして天草君の三人は、マジユニのファンコミュニティで知り合って、石狩ギルドを結成していました。普段から時々集まっては一緒に修行をしていたんですが、そのうちに力を試したくなって……。

 あれは、10月の晴れた日でした。

 

『おい、このまま三人でやり合っててもつまらん。いっそのこと力試しにクマ狩りに行こうぜ』

 宮野さんは気分屋で考え方が大雑把でしたが、面白い人でした。でも、その日は急にそんなことを言い出したので、僕と天草君は驚きました。地元の人間ならヒグマの危険性をいやと言うほど知っていますので。もちろん最初は反対したんですが、正直なところ、僕と天草君も冒険をしたい気持ちはありました。


『せめて熊鈴と、撃退スプレーを用意してからじゃないと危ないよ』

 天草君は宮野さんとは性格が正反対で、少し臆病でしたが、理系の大学生なだけあって冷静に物事を判断するのが常でした。

『何言ってんだ、熊を探すのに鈴を鳴らしてたら逃げちまうじゃないか』

 結局、宮野さんに押されて、我々三人はその日に車で厚田区聚富の山に入りました。


 しかし、車を降りていざ探してみると、これがなかなかクマには遭遇しません。それで一時間もしないうちに暗くなって来たので、帰ろうということになりました。

『おい、待て』

 その時、宮野さんが、一頭のヒグマが草むらにいるのを見つけたんです。おそらくヒグマの方が先に我々を見つけて、警戒したのか隠れていたんでしょう。こちらは三人でしたし、向こうから動く様子はありませんでした。

『やるぞっ』

 でも、宮野さんがいきなり大太刀を振り上げたところ、クマが突っ込んできました。


〝ザクッ!〟


 ドラゴン騎士の大太刀がヒグマの肩を切ったのは一瞬のことで、ヒグマはそのまま藪の中を山を登って逃げて行きました。宮野さんは後を追いましたが、疲れていたのかすぐに戻って来ました。そこでようやく諦めて、我々は車を置いている場所まで山を降りました。

 しかし、これがいけなかったんです。


「〝手負いのクマ〟ですか?」

「ハイ、これが一番危険なんです」


 宮野さんが車に乗り込もうとして、エアモニターでログオフしたところ、さっきのクマが襲って来ました。どうも山を迂回して、我々を追跡していたようです。しかも明らかに、宮野さんが武器を手放す瞬間を狙ったタイミングで姿を現したんです。僕と天草君はまだログイン中でした。


 我々三人は走って逃げましたが、宮野さんはスマホをポケットから取り出して、もう一度ログインしようとしたんです。ところが、天草君が放ったファイアダーツが宮野さんに当たって……もちろん、追ってくるヒグマを狙ったのだと思いますが……。


「それが、事故ではない可能性ですね?」

「ハイ、考えたくはありませんが」

「それで、クマが逃げ遅れた宮野さんに追いついて、偶然、スマホのログインボタンに触れたんですね」

「ちょっと待て」

 フリーズしていた凛子が話に割って入った。

「ログインは、登録したユーザーの生態情報で認証するんだ。だから、いくらクマがログインボタンを押したところで宮野のキャラクターにはなれない。クマの身体データで登録してないからな」

「えっとつまり、僕が誰かのキャラクターになろうとしても、その人の体でないとダメ、と言うことですね」

「そうだ、クマがスマホのボタンをいくら押しても無意味だ」

「では、クマが宮野さんの体の一部でもくわえていたら、あるいは既に飲み込んでいたらどうなる?」

「それは……可能性はかなり低いが、システムがクマと宮野を誤認するかもしれない」

「だろうな。すると今、ログインしているのは間違いなくヒグマだ」

「ええ、知っていました。あの時……走って逃げながら振り返ると、鎧を身に付けた大きなクマが夕日を背にして立っていました。宮野さんを咥えながら」


 その後、私と天草君は近くの民家に駆け込みました。

『山菜取りに山に入ったらしい人がクマに襲われた』

 と、警察に通報してもらったんです。クマ狩りに行ったなんて言えませんからね。

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