第18話 ドラゴン騎士殺人事件 その4~運営事務局のお知らせ~

 まさかそんなモノと再び遭遇しようとは、天草は想像もしていなかっただろう。


 三日月が輝く冬の空は、晴れていた。

 天草はコンビニでのバイトを終えると、街灯の少ない静かな雪道を一人歩き、アパートに帰るところだった。


(アレ……?)


 いつもの暗い角を曲がると、目の前に壁があり足を止めた。

(行き止まりだったか?)

 道を間違えたのかと思い、引き返そうとすると、声が聞こえた。


《逃げられると思うなよ》


 それは壁ではなく、血だらけの鎧を着た、ヒグマであった。


《宮野が待ってるぞ》


 天草は腰を抜かすと、雪に倒れて気を失った。


「押本さん、ちょっとやり過ぎじゃありませんか?」

「いや、あんなに効くとは思いませんでした」

『押本、うまく行ったのか?』


〜前日、ホテルの部屋にて。

「凛子、これはヒグマじゃない」

「どうせ鎧を被せるんだからいいだろっ」

 押本と凛子、そして里の三人は、パンダの像を目の前にしていた。


「いや、模様が全然違うからやり直せ」

「あの〜凛子さん、体格も違いますので、もっと大きくしないと」

「これよりまだでかいのか……魔物と変わらんな」

「里さんが実際に見た毛の色は、どんな感じでしたか?」

「そうですね、ほとんど真っ黒でしたけど、いくらか赤褐色に近いです」

 凛子は鎧を装備したヒグマのN.P.C.を作らされているのだった。

「いっそのこと、血まみれにした方が迫力があるんじゃないか?」

「演出ですか」

「注文が多いぞっ」


 数時間後、赤黒く汚れたドラゴン騎士の鎧をまとい、凛子と同じ動きをするヒグマのリモコン人形ができあがった。

「ちゃんとこの部屋から動かせるんだろうな」

「もちろんだっ。視界は私とリンクしているからな」

 深夜の銀世界に凛子がホテルを出るはずもなかった。

「それに押本がスマホで話した声も、リアルタイムで口から出るようになってるぞ」

「声の質はクマに似せろよ」

「だから注文が多いっ」

 天草の魔法が故意に宮野を狙ったものなのか、それを証明する術はなかった。

「うまく行くでしょうか」

「まあ、ダメ元ですよ」

「この毛皮……暖かそうだな……」

 結局、暗い夜道ではさほどリアルな造形など不要だったのだが。

 翌日、天草は里に連れられて警察に出頭した。


 雪化粧の新千歳空港は、羽田への最終便のフライトが近づいていた。

「走りながらクマを狙ったファイアダーツが宮野さんに当たったもので、殺意はなかったと言っていました。いずれにしても警察は立証できないでしょう」

「まあ、無理でしょうね」

 天草は嫌疑不十分となり、釈放された。


「それで里は、クマの位置を知ってどうしたいんだ?」

「人間の味を知ってしまったヒグマは、また人を襲う可能性が高いんです」

「殺処分ですか」

「はい、小学校もありますし、役所に相談すれば対応してもらえますので」

「でも、クマの体温は急激に低下してるぞ。傷は深いようだから、放置でいいんじゃないか?」

「それはおそらく、冬眠に入ってますね」

「しばらくの間は安全ですか」

「そうですね、目を覚ますのは、来年の4月か5月頃です」

「クマの現在地は、北緯43.34405928519412, 東経141.48791822761098だ」

「里さんのスマホにデータを送っとけ」

「了解した」


【マジック・ユニバース 運営事務局よりお知らせ】

 日頃よりマジック・ユニバースをご愛顧いただき、誠にありがとうございます。


 さてこの度、一部のマスコミで報じられていますように、北海道の石狩市において誠に残念ながら、マジック・ユニバースのユーザーがヒグマに襲われて死亡するという痛ましい事故が発生いたしました。ここに謹んでご冥福をお祈りいたします。


 なお現在、警察および関係各省庁による調査が行われており、当運営事務局も協力して情報の提供をいたしております。

 ユーザーの皆様にはご心配をおかけいたしますが、どうぞご理解賜りますようよろしくお願いいたします。


 また、今回の事故につきましては、被害に遭われましたユーザーによる自然の動植物への過剰な干渉・破壊行為が原因と判明しており、当該禁止行為をあらためて注意喚起いたしたく、ご報告するものであります。


 今後とも、ユーザーの皆様にはマジック・ユニバースをより一層楽しんでいただけるよう努力して参ります。   

                            ~運営事務局~


『それじゃあ、A.I.進化仮説は出番がなかったワケだね』

「冒険者ギルドへの報告としては〝システムの不具合が原因〟と言うしかないですね。クマを人と間違えてログインさせてるんですから」

『凛子君は、何か対策を考えてるの?』

「D.N.A.の他に、今後は体温分布も認証条件に入れるそうです。ただし、今までより0.02秒ほどログインに時間がかかるって悩んでますよ」

『はっはっはっ。それぐらいなら問題ないけどね』

「相変わらず、未来の技術は理解不能です」

『それで、そのブラックボックスは美味しい料理を楽しんだのかい?』

「ホテルのレスランの目ぼしいメニューは、ルームサービスで全てクリアしました。寒いのを嫌がってホテルの部屋から出ないんですよ」

『寒さが苦手とはね』

「アレは無駄に人体を模倣しすぎです」

 いっそのこと犬であれば、寒さにも強かったのではないだろうか。


『ところで、折原君は覚えているよね』

「ええ、デザイン部にいた、騎士の格好で捕まった、アレなあいつですね」

『折原君から、君に何か依頼したいことがあるらしくって、近いうちに連絡があるよ』

「あいつ、今何やってるんです?」

『さあ、日本中を旅して回ってるって前に聞いたけどね。実は、ここのビルの3階にマジユニ専門の《薬屋》ができてね、そこの女主人が錬金術師なんだけど、随分と仲良くやってるようだよ』

 これはまた、めんどくさい話に巻き込まれそうだ。

『押本さーんっ、お土産はまだですかーーっ?!』

 ギルド長の後ろに、これもめんどくさい大井田の顔が映った。

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