第16話 ドラゴン騎士殺人事件 その2~押本の調査~

 見晴らしのいい一直線の道が東西に走る。

 スマホで地図を開くと、北と西に住宅地、南には小学校があり、東には川が流れている。川の向こうは畑だ。

 町は今でも小雪がチラつき、白一色に覆われている。


「ここが、アイアンベアーによく似た魔物が出没した場所ですね」

「はい。ギルドに送った動画は、僕がそこの小学校の二階から撮りました」

 相談者である里さんはその小学校に勤める先生で、まだ20代後半の青年だ。


 動画と一緒に送られた情報によると、里さんが魔物を撮影したのは11月下旬の午後四時過ぎ。陽が落ちた小さな町は吹雪いていたものの、通りは街灯で明るく、校舎の二階から動く大きなモノが目についた。それは明らかにクマであったため、すぐに慌てて警察に連絡をした。証拠のためスマホで撮影はしたが、吹き付ける雪が邪魔をしてピントが合わず、はっきりとは映らなかった。


 里さんには札幌のホテルまで車で迎えに来てもらい、とりあえず二人で〝鎧を装備したクマ〟が歩いていた場所を確認することにした。

「鎧は見えたんですか?」

「はい、確かに鎧を装備していました」

「しかし……そんなクマがいますかね。誰かが悪戯でクマに鎧を着せたとか?」

「それは、ないでしょう……」

「あるいは、この近くで開かれているサーカスの檻から逃げ出したとか」

「そんな催しはありません」

「ですよね」

 ちなみに里さんは、マジユニがリリースされた直後からのユーザーで、魔法使いをやっているとのこと。


「もちろん、鎧の話は警察には伝えていませんし、この動画も見せていません」

「それは正解ですね」

 おそらく、イタズラと思われただろう。

「クマの捜索は行ったんですか?」

「はい、小学校のそばなんで念入りに行われましたが、足跡は雪で消えていて、結局見つかりませんでした。ですので、ギルドに相談をしたんです」

「でも、本物のクマなんて討伐できませんよ」

「実はN.P.C.の魔物で、僕の勘違いだったと分かればそれで結構です」

「そうですか……魔物なら鎧の謎も解決するし、安心もできますね」

「はい……」


 雪の降る町の通りに、N.P.C.が出没したのだろうか?

「里さんが発見した時、近くに、誰かプレイヤーがいませんでしたか?」

「さあ……ほかに動くものは見ませんでしたけど」

 基本的にN.P.C.は、プレイヤーが屋外にいないと出てこない。家の中でログインしても、私有地には入れないので現れない。

「クマってもしかして、今の季節は冬眠してませんか?」

「いえ、11月の下旬から12月頃に冬眠に入るので、まだ活動しているクマはいますね。ほとんどはヒグマです」

「では、本物のヒグマが山を降りて、町にやって来たと」

「可能性は、あります」

 風が強くなってきたので、一旦ホテルに戻ることにした。


「よくもこんな雪の中で運転できますね」

「慣れですよ。タクシーの運転手ならもっと上手く滑らせます」

 真っ白な世界を、車が気持ちよく流れて行く。

「やっぱりこの辺りでは、クマの被害があるんですか?」

「ありますね。だいたい4月から10月ぐらいまでは、町中でも目撃されます」

「今年も?」

「ええ、最近は多いですよ。たいていは畑を荒らしたりするんですが、今年は山で一人襲われて……亡くなりました……」

「襲われた場所は遠いのですか?」

「ここから車で北東に30~40分行ったところで、厚田区あつたく聚富しっぷという地域です」

「ニュースになってマスコミに、つまり、地元の新聞に載りましたか?」

「はい、載っていました」

 俺は、ホテルに一人残してきた凛子に連絡をした。


「クマに襲われて死んだ人物を調べてくれ。あつたくしっぷというの山の中で……」

『押本、窓の外が真っ白で何も見えないんだが。凍死しそうなんだが』

「それは成長したな。視覚が体温に影響するようになったな」


 昨日、札幌駅からホテルに歩いている途中で、凛子が急に足を止めた。

『押本っ、私は帰るぞっ!』

『どうした、まだ美味しいものを何も食べてないじゃないか』

『……寒い……』

 街中に設置してある温度計の表示は、マイナス3℃だった。

『零下でも活動可能なんだろ?』

『押本はどうして生きてるんだ?』

『これぐらいなら我慢できる』

『私にそんなスキルはないぞ』

『体温を上昇させられないのか?』

『街を燃やしていいか?』

 もう少しで札幌が消滅するところだった。


「いいか凛子、あつたくしっぷという地域だ。地元のマスコミ、市役所、警察、消防署、病院、葬儀の記録、何でもいい、情報を集めて簡単に報告してくれ」

『ちょっと待て…………宮野亮治りょうじ。享年48歳。本年の10月15日に厚田区聚富で山菜取りをしていたところ、ヒグマに遭遇し……』

「その人物は、マジユニのユーザーか?」

『ユーザーの情報は開示できない』

「しかし、死亡していれば問題ないだろ?」

『……宮野亮治は死亡していない』

「記録では死亡しているんだろ?」

『私のモニタリングによると、宮野亮治はログイン中だ』

「では、ヒグマに襲われて死んだのは誰だ?」


『……分からない……』

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