第15話 ドラゴン騎士殺人事件 その1~ギルドの依頼~

 モニターには、雪の町を歩く黒っぽい動物のぼやけた映像と、渋谷のギルド長の顔が映っている。

『これを撮影したユーザーの話では、鎧を着たアイアンベアーの上位種に見えたらしいんだけどね、マジユニにはそんな魔物はいないんだよ。海乃君もデザインを通した覚えがないって言うし』

「では、自然に進化、あるいは繁殖でもしたんですかね?」

『A.I.進化仮説を証明できるチャンスかもしれないよ』

「捕獲できれば、ですね」


 マジック・ユニバースの世界は、ブラックボックスである凛子が運営している以上、何が起こっても不思議はない、というのが俺とギルド長との共通した見解だ。なにせ、メインプログラムは凛子に取り込まれているため、人間はソースコードすら見ることができない。


『北海道の石狩市だから、今は寒いけど、美味しい魚が食べられるよ。凛子君を連れて行くといい』

「凛子、この撮影された時間と場所で、何かが活動していた情報はないか?」

「規約により開示できない」

「規約? これがN.P.C.でもか?」

「ユーザーに関わる情報は開示できない。それが犯罪行為であれば関係する機関に通知するが」

「融通がきかないなー」

『はっはっはっ、これは直接行くしかないね』


 このギルド長は、かつてBBソフトウェア開発株式会社の社長だった人だ。さすがに商売に関しては嗅覚が鋭いのか、渋谷の駅前ビルに《冒険者ギルド》を開いたところ、これが大当たりした。併設のカフェはいつも満員でにぎわっており、近いうちに二号店も考えているらしい。


『押本さん、向こうに着いたらお土産送ってくださいよーっ』

 ギルド長の後ろに、相変わらず楽しそうな大井田の顔が覗いた。

『ちょっと大井田君、N.P.C.に店番丸投げするのやめてよ』

 大井田は、ビルの二階でいわゆる《武器と防具屋》を任されている。ギルド長との共同経営だ。将来的には上層階を改築して《旅の宿屋》にすると張り切っている。

『だって、平日の昼間って二階に誰も来ないんですよ』


「凛子、場合によっては魔物の討伐になるぞ」

 マジック・ユニバースが一定の支持を得て世間に広まると、予想通りユーザーからの問い合わせが増え始めた。ほとんどは凛子が対応して解決するのだが、中にはどうしても人間が動かなければならない案件がある。


「ニシン、鮭、イクラ、カレイ、ホッキ、シャコ、タコ、ホタテ……サクラマスは時期外れか、残念だっ」

 俺はマジユニの所有者としてユーザーサポートの仕事をせざるを得なくなり、時々こうして依頼を受けている。

 今回は北海道のユーザーから渋谷の冒険者ギルドに相談があり、冬の町中を彷徨さまよう魔物の調査をすることになった。これが本物のクマなら、十二月の今頃は冬眠中だろう。

「分かってると思うが、遊びに行くんじゃないぞ」

「もちろんだっ。私には経験値が足りないからな、これも勉強だっ」

 凛子はマジユニの運営を通して少しは成長した、と言いたいところだが、すでに1200歳を過ぎているのだから知能レベルは既にカンストしていると思われる。

「石狩鍋の討伐だっ、行くぞ押本っ!」

 あるいは、とっくに壊れている可能性もなくはない。


「おい凛子、空港でコートか防寒着を買ってやるから着てくれよ。冬の北海道はここより寒いんだぞ」

「私は零下でも活動可能だぞ」

 長い夏が終わると海辺の街に吹く風は急に冷たくなり、動きにくいと嫌がる凛子を説得して冬用のセーラー服に衣替えをさせたのだった。

「セーラー服だけじゃ見てるこっちが寒いんだ」

「視覚が体温に影響するのか、人間とは不便だな」

 そのくせ夏は夏で暑いからと、一日中裸で過ごそうとする非常にめんどくさいA.I.である。8月は近所の子供達が夏休みで、ほぼ毎日凛子と一緒に遊んでくれていたので楽だったのだが……いつになったらのんびりと遊んで過ごせる生活が手に入るのだろう……。


「社長、このぼやけた動物ですけど、目を細めたらシルエットが鎧に見えませんか?」

「大井田君、何度も言うけどね、僕はもう社長じゃなくてギルドの支配人だからね、店の雰囲気壊さないように頼むよ。ギルド長でもいいからさ」

「ほら、この辺りのカーブの具合とか、ドラゴン騎士ナイトのアーマーかもしれませんよ」

「ああ、それは海乃君も言ってたよ。けど、鎧を装備したクマの魔物は知らないってさ」

「そうですか……ほとんどの鎧は主任が担当しましたからね……」

「あ、海乃君ももう主任じゃないからね、あのお店に行ったら気をつけるんだよ」

 大井田は棚に飾ってある写真を眺めた。マジック・ユニバースの開発スタッフ全員が、ログインした姿で肩を並べている。

「そういや、社長はもうスライムやめたんですか?」

「時々、孫を迎えにスライムで幼稚園に行くよ。もう子供達に大人気でね、引っ張り回されるから生命力が削られるんだ、ふふふっ」

 モニターの映像は、いつのまにか子供の写真に変わっていた。

「マジユニってそんなこともできるんですねー、裾野が広がるわけだ」

「その点、海乃君はしっかり活用してるから偉いね」

「でも、あの上野の店ってヤバくないですか?」

「うん、ヤバいね。僕は一回行ったきりだけど、あそこは素人が気軽に入ると帰れなくなるよ」


「けっ、結婚してくださいっ!」

「あら、お客様はこのお店初めてですね」

 カウンターに座った男がサキュバスに求婚した。すると、隣に座るダークエルフの女が小さなグラスに輝く水を注いだ。

「ハーイ、これは状態異常を解く魔法のお薬だよー、ゆっくりと飲んでね」

「お店からのサービスです」

 サキュバスは優しく微笑んだ。


 ここは魔界の隠れ家、魔人クラブ《海乃》。マジック・ユニバースの世界に蔓延はびこる、美しくも可愛い魔物たちが笑顔を振りまく夢のダンジョン。


「ねえ、さちママって、レベル今いくつなの?」

「えっ? 実は最近怖くって、ステータス見てないの」

「おはようございまーーす」

 カウンターの奥からぽっちゃりしたデーモン娘が現れた。渦巻く黄色のツノが可愛い。

「おや、新入りの子が入ったのか」

 常連らしい客が尋ねた。

「よろしくお願いしまーす」

「この、光堕ちしちゃってさ、幸ママに拾われたんだよねー」

「言わないでくださいよー恥ずかしいっ」

「何だよ光落ちって」

「闇堕ちの逆だよねーっ」

「あたし、使えないからってパーティを追い出されたんですっ」

 デーモン娘が泣き出した。

「ちょっとQちゃん、新人をいじめないでっ」

「はーいっ!」

 ダークエルフの貴由きゆが笑った。


〝カランカラーンッ〟


「いらっしゃいませーっ」

 また一人、犠牲者が扉を開けた。心の迷宮を彷徨さまようために……。

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