第12話 酔っ払い讃歌

「かんぱーいっ!」

 今日は、折原と大井田の釈放、そしてフェーズ2の終了を祝して打ち上げの飲み会である。もちろん、社長の奢りだ。


「いやー、娑婆の飯はうまいなーっ」

 折原は俺とほぼ同期で、プログラム開発からデザイン部に転向した変わり者だ。それなりにセンスがいいのか、ゲームのラフ設定から世界観をつかむのが上手い。


「押本さん、少し痩せたんじゃないですか?」

 大井田は三年下の後輩に当たる、国立美大出身の自称印象派デザイナーだ。家庭用、業務用を問わずコンピュータゲームはほとんど触ったことがないそうで、かえって新鮮な発想をすることがたまにあるらしい。


「お前らは少し太ったんじゃないか?」

「だって、留置場じゃやることはないし、暇で暇で死ぬかと思いましたよ」

「そうだよなー、朝昼晩と弁当食べて寝る以外は取り調べだからな、あれじゃ太るわ」

「あんたら本当に図太いわねー、無事で良かったけど」

 海乃幸が求める多様性によって、デザイン部にはおかしな人間が集まってくる、とは人事部の評である。

「うん、デザイン部はあいかわらずユニークな人が多いね」

 もともと社長もデザイン畑の人で、夢はファッションデザイナーだった、と聞いたことがある。それがどういうわけかコンピュータゲームの開発会社を起こし、小さくても自社ビルに納まっているのだから分からないものである。何がスライムを選択させたのかも分からないが。

「ごっつぁんです!」

「凛子っ、お前は酒ダメだっ!」

 わざわざ未来から美味い飯を食いに来たA.I.は、どこから見ても普通の小学生にしか見えないのだった。


 数日前にようやくフェーズ2が終わると、捕まっていた折原と大井田が帰って来た。どうやら物的証拠が失われたようで、検察官が勾留を取り下げたらしい。凛子が収集したテストデータをシステムから外したところ、俺と海乃幸、それに社長の姿も元に戻った。おそらく、押収された剣も消えたのだろう。

 かく言う俺はといえば、できるだけアパートに引き篭もって在宅勤務を続けていたのだが、それではテストにならないからと凛子に時々部屋を追い出されていた。

 しかし、襲ってくるN.P.C.の能力はプレイヤーのレベルに合わせているのか、死んでゲームオーバーになることはなく、生傷は絶えなかったものの改めて自分の体力不足を痛感したのだった。

『押本っ、どしよう?』

『何がだ?』

『まさか28歳の健康な人間の身体能力が、これほどお粗末だとは思わなかったぞ』

『余計なお世話だっ』

『押本を平均的なユーザーモデルと仮定すると、中ボスクラスではプレイヤーが一瞬で全滅しかねんな……』

『俺はゲームは好きだが運動は苦手だっ』

『一からバランス調整をやり直すぞっ』

 何とかレベルは5まで上がり、手から唐揚げも出せるようになったのは嬉しかった。


「ほら見て見てっ! これが私よっ!」

 海乃幸のスマホに映っている自撮りの映像は、おそらく酔っていなければ披露しなかったに違いない。

「いやーレベル7でもヤバかったのに……」

「海乃っ、やっぱりエロいなっ!」

「うわーっこれ主任ですかっ! これは生で見たかったなーっ」

「これ、まさかネットに上げてないだろーな」

「海乃君、会社でそれ見せたらセクハラになるからね……頼むよ……」

 海乃幸は毎日仕事が終わると街を練り歩き、休日には公園でレベル上げに勤しんだそうだ。その結果、最後にレベルは13を超えてさらに妖艶さが増してしまった。

「エヘヘ……N.P.C.しか相手してないから、大丈夫よ押本君……ヒック……」

 一瞬、どんな相手をしたのかと思ったが、そもそもマジック・ユニバースのレーティングは12歳以上を想定しているので、何でもできるわけではないのだった。


 社長も似たようなもので、最後にはN.P.C.のハンター犬を三匹まとめて討伐したと、冒険話よろしく語っていた。

「でもね、僕は基礎体力が足りないのか、やりすぎると次の日は体が辛かったね」

「そうなんですよっ、ヒック、サキュバスは基本ハイヒールなんだけど、歩き続けたら足が痛くなっちゃって、ヒック……最後は裸足でしたよっ……ほら……押本君、私の足舐めてもいいのよ? ウヘヘっ……」

「押本っ、私の足も舐めていいぞっ」

 俺を含めて言えることは、普段からの運動不足を痛感したということだ。

 ところが、この共通認識がマジック・ユニバースの販売戦略に結びついた。

「それなら、運動不足を解消する《エクササイズR.P.G.》とか、《フィットネスR.P.G.》として売ったらどうですか?」

「……押本君っ、それだよっ! それで行こうっ、Exエクササイズ.R.P.G.だっ!」

「なるほどですねー、健康志向のスポーツゲームですか」

「魔法で筋トレかー」

「押本君エライっ、ご褒美にチューしてあげるっ、チューっ」

「押本っ、チューしてやるぞっ、チューっ」


 そして翌朝、俺は目を覚ますと道端でゴミ袋を枕にしていた。最後に覚えているのは、酔っぱらった凛子のセリフだ。


『よーしっ! これからフェーズ3を開始しちゃうぞーっ!!』


 フェーズ3とは、完成したゲームを世の中にリリースして、正式に運用を開始することだ。

 しかし、誰が凛子に酒を飲ませたのか……いや、問題はそんなことではない。


「ログオフ……できるんだろうな……」

 コンビニのガラス窓に、緑色の疲れた顔が映っていた。尻尾の先の矢印が朝日に輝いてまぶしい。

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