第11話 問題
「いやー、この体は実に快適だよ。腰が痛くないんだっ!」
スライムの社長は机の上をポヨポヨと転がった。
「凛子、社長までテストプレイに誘ったのか」
「そうだぞ、問題があったか?」
「海乃君は、サキュバスだね。押本君は……ミラノコレクションかな?」
「これは一応、魔王ですけど……仮のデザインです」
「実は、私の息子の落書きです」
「えっ、俺ってやっぱり落書きなんだっ!」
「あと、ウチの折原と大井田が、騎士と戦士をやってるそうです。私は見てませんが」
「うん、昨日僕の家に電話があったよ、警察から」
「はっ? 何かやらかしたんですかっ!?」
「銃刀法違反だそうだよ。しばらくは帰って来れないって」
「あーーそういやあの二人、かなり大きな剣を持って歩いてましたよ、街中で」
「私がデザインしたのよね……」
「海乃っ、あの鎧はカッコよかったぞっ!」
「ありがとう、凛子ちゃんっ」
「海乃さんも公然
「分かってるわよ! それじゃあ……擬装っ!」
海乃幸の姿がサキュバスからウェイトレスに変わった。しかし、制服のサイズが一回り小さいためか体のラインが丸出しで、おまけにスカートがかなり短くどこから見てもやっぱり痴女のままだった。
まあ、街に出ても逮捕されることはないだろうが……。
「海乃君は楽しそうだねー。それでは僕も……えいっ」
〝ゴトンッ!〟
社長がスライムから石に変わった。
「今日の通勤途中にカラスやネズミに襲われてね、危うく死にそうになったけど、おかげで少しはレベルが上がったよ。野良猫だったらダメだったろうね」
動物のN.P.C.? それとも本物? いずれにしても社長は擬態のスキルを獲得したようだ。
「でも、問題があるんだよ」
その通り、既に二人が警察の厄介になっているのだ。俺や海乃幸の姿を見るまでもない。
マジック・ユニバースの開発をこのまま続けてリリースしてしまうと、ユーザーを混乱させるだけでは済まなくなる。いずれ死者が出て訴訟に発展して社会的に炎上……そして会社は潰れるだろう。例えログインの条件に免責の同意を付けても無意味だ。
「実は、僕のスライムの体はかなり薄くなるんだけど、ちょっとした隙間ぐらいなら簡単に通れてしまうんだ。今日の朝だって、このビルの入り口には鍵がかかってたけど、ドアの隙間から簡単に侵入できてしまったよ」
「社長っ、ヤバいなっ!」
「セキュリティに問題ありですね!」
「そうなんだよ!」
俺を除いた三人の意見が一致した。
「守衛さんの横を通り抜けて、簡単にこの部屋まで来れてしまったよ」
なぜか社長の声は嬉しそうだ。
「押本君、何かいい対策はないかな? せっかく凛子君の協力があるのに、このままではマジック・ユニバースのリリースができなくなってしまうよ」
「いや、あの……」
「僕はね、スライムの美しさがとても気に入ってるんだ。シンメトリックで透き通ってて、とても綺麗だよ。押本君はその体だと、メガネはいらないんだよね?」
「まあ、そうですが……」
「体の自由が利くっていうのはね、有難いものだよ。君たちはまだ若いから実感はないかもしれないけど……腰は特に大事だよっ」
社長は石のままだが、遠い目をしているのが分かる。
「そ、それでは、スライムの体をあまり薄くできないように設定するのはどうでしょう? とりあえず10センチ以下にならないように……」
「それだっ、押本君頼んだよ!」
「押本君っ、さすがね!」
「押本っ、えらいなっ!」
折原、大井田……すまない。
「どうだ押本っ、フェーズ2を中止しなくて良かっただろ」
「いったい何人がテストに参加してるんだ?」
「5人だ」
「私と押本君、折原に大井田、社長ね」
「デザイン部が3人もいるのは、何か意味があるのか?」
「関係者全員に声をかけたらこうなった」
「なるほどな。デザイン部ってアレな人が多いからな」
「アレって何よ、アレってっ!」
「アレって何だーっ、アレってー!」
そして翌日、俺はスライムの仕様を変更するついでに、社内に内緒で隠しキャラクターを追加した。
全ての特性値や経験値はMAXで、あらゆる魔法とスキルも使えるいわゆる無双無敵のチートキャラだ。
ただし、今回の失敗である見た目については、あえてデザインの情報を登録せず空白のままとした。つまり、人間押本栄の姿のままでログインできるのだ。もっとも、秘密にするためにはデザインを誰かに頼むことはできず、まして自分でヘタな絵を描いて後悔したくはなかった。
さらに、偶然発見されることがないように、名前は複雑な番号で登録した。
「フフッ、職業の欄も空白でいいだろう」
つまり、レベルがMAXの無職である。
「次回、マジック・ユニバース! 無敵の無職が無双するっ、押本栄の逆襲っ、乞うご期待! と言ったところか、フハハハハハッッッッ!!!」
マジック・ユニバースのリリースがこれほど待ち遠しくなるとは思わなかった。
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