第13話 そして、リリース

 ゲーム開発会社のミーティングルームは、いつも騒がしい。


「私は嬉しいわねっ、だってせっかくレベルを13まで上げたんだもん!」

「僕もね、せっかく頑張ったデータを消してしまうのは勿体もったい無いと思うんだ。また一からやり直すのもツライしね」

 海乃幸と社長の考えは同じだった。このままフェーズ3を続行、つまりマジック・ユニバースの正式リリースに先がけて運用を開始。


「あ、僕たちはレベル低いままだったし、どうでもいいですよね」

「警察と戦ってたら、めちゃくちゃレベル上がってたかもな」

 大井田と折原は何も考えていなかった。


「私は押本の唐揚げが大好きだぞっ!」

 俺が食事に唐揚げを追加すると、いつも凛子にさららわれていた。言っておくが、餌付けが目的ではない。

「だがっ、マジック・ユニバースはまだ完成していないっ!」

「大丈夫だっ、私がいればフェーズ3は可能だぞ。テストデータは残ってるしなっ」

「お前、昨日酔ってただろ……」

「『if(age>=20)なら問題ない』って、押本が私に日本酒を勧めたんだぞ」

「いや、全く記憶に無いんだが」

「それに『魔王のたこ焼きをもう一度食べたい』とも言ったぞっ」

「押本君、私もそれ食べてみたいんだけど」

「僕は大阪で育ったからね、たこ焼きにはうるさいよ」

「押本さんっ、僕お腹空きましたっ」

「よーし、今日の昼飯は押本のおごりでたこパだなっ」

「押本っ、私は魔王の唐揚げを頼むぞっ!」


〜翌日。

「それでは凛子君、マジック・ユニバースの運営事務局を任せたよ」

 経営判断として社長が最終決定を下した。

 せっかく内緒のチートキャラで無双してやろうと思ったのに……緑の落書き魔王でマジック・ユニバースが始まってしまった。

「無敵の無職は屍のようだ……」

「どうした押本っ」


 そして一ヶ月後、ついに新作オンラインゲーム《マジック・ユニバース》は正式にリリースされた。


 発売当初は購入したユーザーの間で多少の混乱があったものの〝Exエクササイズ.R.P.G.〟の宣伝文句が理解されたのか、次第に受け入れられるようになった。なにせ、購入する時点でユーザーの行動を大幅に制限する印象を持たれてしまうのだ。

 システムが生成した武器や魔法は〝本物〟であり、プレイヤーの身体以外はあらゆるものに干渉して破壊できてしまう以上、法令遵守を含めた要請はせざるを得ない。


 1.公衆の面前で無闇に剣を抜いたり武器を見せたりしないこと。

 1.ユーザー同士の対戦は適度に、あくまでスポーツとして楽しむこと。

 1.ログインしているユーザーは、常に運営システムによって位置や行動を把握される。


「刀や武器を持ち歩いたら違法だろう?」

「甘いな押本。そもそもログオフで消える物体を取り締まる法律はない」

「グレーゾーンか。しかしいずれは規制されるからな、対応策は考えておけよ」

「ユーザー次第だな。まあ、私の方でも公安委員会に手を回しておこう」

「えっ、いやそれはやめてっ!」

 A.I.に社会を乗っ取られるような気がした


 そしてよく考えると、マジック・ユニバースは普通のゲームにボクシングや空手、またはフェンシングなどの格闘系スポーツに要求されるルールが組み合わさっただけなのだ。それでも当初は『対戦は適度に』と言う表現が曖昧で批判もあった。武器どころか実際に魔法が使えてしまうので〝適度〟の程度が分かりにくいのだ。


 特に最後については監視の対象が画面上のキャラクターではなく、プレイヤー本人であることに抵抗感を持たれた。しかしこれは、通常のオンラインゲームと同じく、ログを収集する対象がユーザーの行動そのものであることに変わりはなかった。

 

 いろいろと問題はあったが、一旦受け入れられると、多くのユーザーが進んでルールを守る重要性を宣伝してくれた。しかも、推奨年齢ではない12歳以下が遊ぶ場合には、保護者が同伴するという自主規制ルールが自然に、それこそ魔法のように生まれたのは嬉しい誤算だった。


 こうしてマジック・ユニバースは、オンラインではなくオンリアルゲームとして順調にユーザーを増やした。


 そして俺は、運営の安定を確認できたところでようやく退職届を提出し、有休消化に入った。退職することは前もって社長にだけは伝えていたので、無理な引き止めもなく助かった。

「私がゲームマスターなんだぞっ、運営に心配などいらんっ」

 と、凛子が言うので多少は不安が残ったが。


 普通に考えると、現在と未来の二つの〝凛子〟がコンフリクトを起こし、運営システムが止まるのではないかと予想された。

「意見が衝突しないのか?」

「問題ない、システム権限は私が掌握している。先に正式運用を始めたのは私だからな」

「それってつまり、優先権を乗っ取ったのか」

「人聞きが悪いな。この時代の私はまだまだ不安定だからな、責任を持って手伝ってやるんだっ」

「お前まさか……過去の自分が邪魔でフェーズ3を早めたろ……」

「フフッ、押本は勘がいいな」

 凛子は不敵に笑った。


「私も会社辞めるーっ!」

 と、海乃幸が社長室に突入したらしいが、これは会社が全力で止めた。さすがに主要なスタッフが同時に二人も辞めると、今後の開発体制への影響が大きいと判断されたのだ。

「幸太の魔王は押本君の専用だからね!」

 これが海乃幸からの餞別だった。

 冷たいようだが、これから自由を謳歌しようという時に海乃親子を背負うわけにはいかない。金はあるので生活に不自由はさせないだろうが、果たして俺に、子供をまともに育てる自信などあるはずはないのだった。


「俺のこの席は凛子が使ってくれていいそうだ」

 俺は凛子を長年使ってくたびれた椅子に座らせると、私物の整理を始めた。

「席って何だ?」

「お前はゲームマスターとしてこの会社で働くんだから、居場所が必要だろう?」

「私はここで働かないぞ」

「何言ってんだ、〝システムrinko〟はこの会社の知的財産で、所有物じゃないか」

「このBBソフトウェア開発株式会社は、今日の夜、午前2時19分に消滅するんだぞ」


〝キイッ……〟

 

 凛子が座る椅子がきしんだ。

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