第5話 フェーズ2
ついに三軒目の不動産屋で素晴らしい物件を見つけた。
立地は自然に囲まれた丘の上だ。庭もあり、二階のバルコニーからは水平線が一望できる。吉浜海岸までは歩いて15分もかからない。
築10年で別荘としては小さいが、一人で住むには部屋も多く広いぐらいだ。邸内に温泉が引かれているのもポイントが高い。
いわゆる人の少ない静かな別荘地だが、車で10分も走れば
「それではここに、フルネームでサインをお願いします」
俺は金曜日に無理やり有給を取って会社を休み、朝一番から購入の手続きを進めついに夢の鍵を手に入れた。
善は急げと言うが、平日に動いた甲斐もあり、夕方までには電気、水道、ガスが使えるようになった。温泉は明日の土曜日に開栓されて供給開始となる。もちろん、掛け流しだ。
ネットへの接続にはしばらく時間がかかるが、当分の間ならスマホで十分だろう。家具は備え付きだが、エアコンに洗濯機と冷蔵庫ぐらいは買い換えるとしよう。
あとは人生を取り戻す準備だ。まずはプロジェクターとスクリーンを設置して、映画鑑賞用の部屋。大画面モニターと各種ハードを揃えてゲーム専用の部屋。ここは安定した高速通信回線が待ち遠しい。
そして、そこに海がある以上はやはり釣りもやりたい。一日中、防波堤か砂浜でのんびり釣るのがいいだろう。魚を捌く練習もせねばなるまい。
それから、カメラとレンズを揃えて撮影旅行にも出かけたい。あえて行き先は決めずにその日の気分で列車に乗るのだ。キャンプにも行きたいので車も買い替えなければ。これはワクワクが止まらない。
「押本、これで救われたか?」
その日の夜は、コンビニで買った缶ビールを開けて、バルコニーで海を眺めながら祝杯を挙げた。凛子にも飲ませようとしたが、見た目が小学生なのでやめた。実際は1200歳を過ぎているのだが。
「そうだな、まだしばらくはサラリーマンを続けるけど、押本栄は確かに救われた。貯金も十分にあるしな」
「了解した! これから私は、フェーズ2に移行するぞっ」
目の前に大きなスクリーンが現れた。
『それでは、種族、職業、そして性別があれば選択してください』
宙に浮いたスクリーンには、開発中の見慣れたキャラクター登録画面が表示されていた。
人間、エルフ、ドワーフやその他魔族や聖獣まで含めると、100種類を超える種族があり、職業に至っては無職から王族まで選べるのだ。凛子がどうやってサーバーに繋いだのか分からないが、酔っていた俺は考えるのをやめた。
〜そして翌朝。
「…………」
緑色の肌、赤い目、
「…………」
気持ちのいい朝に、自分専用の温泉に入ろうとしたところ、鏡に変な生き物が写っていたのだ。
「…………」
寝ぼけているのかと思い頭のアンテナを引っ張ると、痛い。赤い目玉はぶつけて充血したのではなく、メガネがなくてもよく見える。見覚えのない黒い皮のコートを脱ぐと、首から下は黒地にピンクの水玉模様だった。いくら擦っても、薄くも消えもしない。背中に破れた黒いゴミ袋が付いていると思ったら、これは貧弱な羽だった。意識するとパタパタと動いたがもちろん体が浮いて飛べたりはしない。おまけに、黒い電源コードがぶら下がっているのかと思いきや、それは尻尾だった。ご丁寧に先っぽは矢印の形をしている。どうやら武器の設定らしいが、試しに引っ張ると、やはり痛い。
しばし鏡を見つめる。
「…………」
まるで虫歯のイラストによくあるバイキンのような姿だ。どこから見ても子供の落書きに近い。あげく、左足のふくらはぎにはタトゥーがあり『イ反』と書かれている。
「違反……? じゃなくて……〝仮〟だこれ……」
ものすごくイヤな予感を通り越して、絶望的な状況に陥ったことを確信した俺は、海乃幸との会話を思い出した。
『押本君、魔王のデザインだけど、方向性が決まらないので後で打ち合わせできる?』
『えーっと、魔王はスキルもまだ仮の設定なので、後回しでもいいです。デザインも海乃さんの方で〝仮〟のデータを入れといてください』
『はーい、了解っ』
どうやら俺は、魔王を選択したらしい。
「いや、だから何でリアルにキャラ選択?」
このままではコンビニにも行けない。
「詰んだ……」
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