第6話 初めての魔法は熱かった

 屋敷の中を探しても、凛子の姿はなかった。


 当たり前だが、落書きのような姿で残りの人生を過ごしたくはない。頭にアンテナの生えた緑色の顔をしたバイキンに未来はないのだ。


 俺はやむを得ず、自分のスマホで開発中のマジック・ユニバースにアクセスした。

『致命エラー発生! 至急連絡待つ! 押本』

 ダメ元だが、運営システムにクレーム連絡をすれば凛子から反応があるかもしれない。あいつは今、ゲームマスターとしてサーバーに繋がっているはずだ。いきなり1200年先の未来に帰ったとは思えない。


〝ピロロ~ン!〟

 スマホが鳴った。運営からの連絡だ!


《冒険のヒント1、まずはレベルを上げよう! 街を散策すると何か見つかるかも!?》

《冒険のヒント2、レベルを上げてスキルをゲットしよう!》


「使えない運営だなっ!」

 スマホを力いっぱい投げそうになったが我慢した。

 そうだ、今日は土曜日だが、誰かが出勤しているかもしれない。とりあえず会社の事務所に電話を掛けてみよう。


〝プルルルルル……プルルルルル……ピッ〟

『こちらはBBソフトウェア開発株式会社です。御用のある方は発信音の後に……』

 ダメだ。そもそも制作が遅れているわけではないので、誰も休日出勤などしていない。


 これでは本当にレベル上げが必要かもしれない。スキルを取得すれば元の体に戻れるのだろうか……?

 何度スマホを見ても、凛子からの連絡はない。

「ん?……これは……」

 スマホの画面をよく見ると《ログイン中》と表示されている。

「もしかして……」

 俺は試しに管理パネルを開き【ログオフ】ボタンを押してみた。


《マジック・ユニバースから帰還しますか?》

《YES/CANCEL/NO》


「YES!」

 ボタンを押すと、緑の魔王が消えて元の姿に戻った。眼鏡も服も元通りだ。

「よおーーーーしっっっ! 人生を取り戻したっ!」

 ところがホッとしたのも束の間、俺はつい好奇心にかられてしまった。【ログイン】ボタンを押してみたくなったのだ。


《マジック・ユニバースに戻りますか?》

《YES/CANCEL/NO》


「……YES……」

 恐る恐るボタンを押すと、鏡の前に再び緑の魔王が現れた。

 俺は何度かログインとログオフを繰り返したが、その度に姿が入れ変わった。当然だが、どんな仕組みかは分からない。1200年先の技術など想像がつかないのだ。しかし、こうなってくると断然面白みが出てきた。

 俺は管理パネルで自分のステータスを確認した。


【名 前】押本 栄

【種 族】魔族/魔王

【職 業】会社員/営業企画、主任/プログラマー

【性 別】男

【レベル】1

【資 金】9,907,035,346円

【生命力】12@12

【攻撃力】3@3

【防御力】5@5

【魔 力】9@9

【守 護】なし

【装 備】なし

【スキル】魔獣のえさ

【討伐数】0


 現実とゲーム内の情報が混ざっている。だが、魔王のくせに弱すぎないか? 全てのキャラクターがレベル1から始まるので仕方がないが……どこのバカがこんな設定にしたんだ? と思ったら、俺だった。


『うーん、バランス的にどうなんだろうねー』

 と、悩む社長を説得するのに苦労したのだった。


 それにしても、この【スキル】魔獣の餌とは何だろうか? 俺、聞いてないんだけど……。

 本当に使えるのか? まさか、魔法? マジで?


「むむむむ……」

 ダメ元でファイヤーボールでも出ないかと、俺は右手に意識を集中してみた。

「未来の技術よ頼む! むむむむ……」

 すると、柔らかい何かをつかんだ。

「アチッッ!」

 次の瞬間、手のひらが焼けるように熱くなり、何かが床に落ちた。

〝ボトッ!〟

 本物のファイヤーボール!? 

「?!」

 芳ばしいソースの香りが漂う。足元のそれをよく見ると、たこ焼きだった。

「ガッデーーームッッ!!! たこ焼きボールかYO!」

 誰が設定したのか、魔王のスキルも〝仮〟だった。


 そういえば、まだ朝飯を食べていない。腹が減った。

 俺はもう一度右手に意識を集中すると、酒のツマミが残った紙皿を左手に構えた。

「むむっ!」

 今度は紙皿で受けることができた。しかし、食べて害はないのだろうか……と迷いながらも腹の虫が鳴くのでやむを得ず、割り箸で魔獣の餌を挟み、口に入れた。

「…………」

 海苔のりの香りとソースの甘みが広がる。タコも新鮮でコリコリとしてコクがある。これは美味い。

 続けてもう一つ手のひらから出して食べたが、それで終わりだった。それ以上はいくら頑張っても何も出なかった。


【魔 力】0@9


 どうやら俺の魔力は、たこ焼き三つ分しかないらしい。魔王なのに……所詮はレベル1ということか。しかしながら、魔力はゆっくりとだが自動で回復する設定だ。もしかすると、レベルを上げたら唐揚げや寿司を出せるようになったりして……。


「押本ー、ただいまーっ! ご飯にするーっ? ご飯にするーっ? それともご飯っ?」

 昼が過ぎた頃に凛子が帰ってきた。どこで手に入れたのか、ピンク色のリボンで髪がゆわえられている。どこかで見た覚えのある可愛い飾りだが、今はそれどころではない。

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