第4話 九死に一生、未来の予感

 青く輝く海、長く続く水平線、空に浮かぶ白い雲。何と爽やかな朝だろう。


 俺は金曜日の夜に仕事が終わると、いつもの電車ではなく新幹線に乗り込み、ここ吉浜よしはま海岸を見渡すホテルに泊まった。正確には、温泉でちょっと有名な旅館を予約していたのだ。ここを拠点に、今日と明日の日曜日を使って新居となる温泉付きの別荘を探すつもりだ。


「で? 何で凛子がここにいるんだ?」

「押本が救われるか否かを確認しなければならないからなっ。家の購入手続きが完了すれば救われるのか?」

 凛子の表情はコロコロとよく変わるので、何を考えているのか分かりにくい。どうも何かを心配しているようだ。

「俺はまだ会社を辞めないから安心していいぞ。プロジェクト〝rinko〟が完成しても、ゲームが無事に発売されるまでは仕事を続けるからな。中途半端に辞めたら歴史が変わって凛子が消えて、百億円が手に入らなくなるかもしれん。殺されかけたのは目をつぶってやる。賠償金がでかいんでな」

「私はA.I.だから死ぬこともないし、この先1200年間の歴史を知っているから未来に心配はないぞ」

「俺は百億円さえあれば未来に心配はない」

「私は、押本がいつどうやって死ぬのかも知っているぞ……」

「何を言う、こんな天気のいい日に縁起でもない。俺はまだ28歳だし、健康診断でも引っかかったことはないんだからな」

「確かに、体を修復した際には致命傷につながるような異常は見つからなかったな」

「そうだろう。俺が死ぬのは100年先だ、いや、200年先かもな!」

 すると、凛子が俺の手をつかんで動かなくなった。

「どうした?」


〝ゴゴゴゴゴゴッッッ!!!〟


 目の前をトラックが猛スピードで走り抜けた。

「押本は、今のトラックにかれて死ぬはずだったんだ」

〝ドゴーーンッ!!! ドドンッ! ドガンッ!〟

 トラックはガードレールにぶつかって海岸に落下した。

「と……とりあえず救急車を呼ぶか……」

「無駄だ。運転手はもう死んでるぞ。酔っ払い運転の見本だな」

「…………」

「だけど、押本は生き残ったんだ。今から歴史が変わるぞ。常に未来は不確定で、私にもどうなるかは分からない」

 俺は慌ててスマホを開き、銀行の口座を確認した。

「ちゃんと百億円はあるじゃないかっ」

「私も消えてないしなっ。未来は私の知っている歴史から、少しずつズレていくんだっ」

 凛子はそう言うと楽しそうに笑った。


 しかし、よく考えるとおかしいのではないだろうか。元の歴史では、百億円が手に入っていないので俺は今ここにいない。つまり、トラックに轢かれて死ぬはずはないのだ。それとも単に、温泉旅行に来て轢かれる運命だったのか? これがタイムパラドックスか?


「警察を呼ぶか……」

 この後、俺と凛子は交通事故の目撃者として警察の事情聴取を受け、事件性がないとのことですぐに解放された。とは言え、本当なら俺は既に死んでいるのだと思うと不動産屋に行く気分ではなく、旅館に戻って温泉に浸かることにした。そもそも、連日の残業で疲れているのは間違いないのだ。


「私も温泉に入りたいっ!」

 と、凛子が言うのでしかたなくもう一部屋を頼んだ。ちなみに夕食と朝食付きである。それにしても、A.I.が温泉に入る意味があるのだろうか?

「せっかくの〝体〟だしな、人類の文化に直接触れて理解を深めるチャンスなんだ。これもゲームを運営する者としての務めだっ」

 もっともらしい話だが、せっかくなので開発中のマジック・ユニバース内に温泉イベントを用意するとしよう。金属系のキャラクターが入ると錆びて動けなくなり、溺れる設定だ。

「言っとくが、この私の体は錆びないからなっ」

 と、張り切る凛子だったが、泳いだ経験がないためか思った通り湯船で溺れたそうだ。他の浴客よっきゃくに助けられたのは偶然である。

「私に呼吸は必要ないから問題ないぞっ」

 人類の文化を堪能できただろうか?


「ごっつぁんでしたっ!」

 凛子は夕食に出された料理を全て平らげてしまった。

「静かにしろ」

「押本っ、料理っていいなっ。これが〝美味しい〟だなっ!」

 情報だけで構築された知識を実際に経験すると、A.I.でも理解が深まるようだ。

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