エピローグ 幸せなキスは虹のなかで

 前回までのあらすじ。

 剣神の俺と女神のアスティはたぶん夜な夜な大人なことをしている。

 そんな話をしていたら、アスティが盛大に自爆した。


 ――神様だけエッチなことしていいなんてずるーい!


 聖女としてあるまじきことを言い放ってしまい、アスティは真っ赤になって、涙目でぷるぷるしている。


「ち、ちがっ、ちが……っ」


 はい、こちらが問題発言をしてしまった聖女候補17歳のアスティさんである。いやもう世界を救ったから候補というか、ばっちり聖女なんだが、だとしたらさらに大問題である。


 俺は今からこのフォローをしなくてはならない。

 ぶっちゃけ世界を救うより難しいSSS級クエストだ!


 だがやりきってみせる。

 俺だって世界を救った勇者だ。

 好きな子を救えなければ、世界なんて救えるわけがない。

 逆説的に俺は今この瞬間、アスティを救うことが絶対にできる……!


「大丈夫だ」


 神妙な顔で目を見る。


「俺、頭の中がピンクなアスティとかむしろ興奮する」

「ばかーっ!」

「はうわっ!?」


 猫パンチでぽかぽかされた。

 駄目だった。

 まったくぜんぜん救えなかった。


「あたしはエッチな子じゃありません! あたしは世の理の話をしているの! いわば正義っ、世の中の常識という圧倒的正義の話をしているの! よい!?」

「よ、よい……」

「本当によいですね!?」

「ほ、本当によいです、はい」


 ぶんぶんと首がもげそうなほどうなづく俺。

 良いということにしておこう。そうしよう。それ以外、俺がこの場で生存できる方法はない。


「だいたいだよ? あたしは『未来の聖女だから男の子とお付き合いできない』ってことだったのに、なのに女神のあたしが……その、そういうこと……してて平気だったの?」

「まあ、それについてはだな……」


 いつの間にか2人の足は止まっており、水路の橋の上で俺は思案する。


「そもそもアスティは王国の預言者の預言で『聖女になる』って言われてたよな?」

「うん。生まれた時に預言者からそう言われたってお父様が」

「たぶん、その預言は女神のアスティが預言者越しに伝えたものじゃないか?」

「あ」


 そっか、という顔をするアスティ。

 2週目の世界でも女神のミーアが地上のミーアを通して預言という形で俺に助言をしていたという。


 となればこの3週目世界の預言は、女神アスティによるものと考えて間違いない。


「え、じゅあ聖女が男の子とお付き合いしちゃいけないっていうのは!?」

「それはフェリックスの教会が教義の解釈として決めたものだろ? まあ、主にレインフォール大神官たちだが」

「お父さん……」


 あ、そうか。

 じゃあ、俺はお付き合いうんぬんに関して、大神官の許可をもらえればいいのか。法律を変える必要なんてないかもしれない。


 アスティとは幼馴染なので、当然ながら父親のレインフォール大神官とも旧知の仲だ。俺の人となりは知ってくれているし、何より今の俺は世界を救った勇者である。


 なんかイケる気がしてきたぞ……!


 そうして希望に胸を膨らませていると、ふいに袖を引っ張られた。見れば、アスティが指先でちょこんと俺の袖を摘まんでいる。


「じゃあ、いいの……?」


 縋るような涙目が見つめてきた。


「あたし、レオとお付き合いしてもいいの……!?」

「――っ」


 ドクンッと心臓が高鳴った。

 気づいた時にはアスティの細い体を抱き締めていた。


「レ、レオっ?」


 戸惑うような声。でも動揺のなかに大きな期待も込められていることに俺は気づいている。


 だから胸を張って言う。


「好きだ」

「……っ!」

「俺、アスティが好きだ」


 そっと体を離し、目を見てはっきりと告げる。


「俺と付き合ってくれ。そしてゆくゆくは結婚して、王妃になってほしい」

「ふえっ!?」


 はわわ、とアスティの顔が真っ赤になる。


「そ、そういうこと言うのはまだ早いんじゃない!?」

「早くなんてない。だって17年も待ったんだ。俺は最初からこういうつもりだった。アスティと結婚するためなら大神官と決闘もするし、法律だって変えてやる。王族的にアウトなら革命を起こしたっていい」

「ちょお!? 目が本気なんだけれども!? やめてやめて! お父様は絶対反対なんてしないし、法律変える必要もないし、革命なんてもってのほかだから!」

「マジか。じゃあ、他に問題は?」

「そ、それは……」


 アスティは真っ赤な顔で照れくさそうに目を逸らす。


「あ、あたしが……うん、って言うかどうかじゃない?」

「なるほど」


 そっと頬に触れる。

 ブロンドの毛先を梳き、紅潮した頬を撫でた。


「レオ……な、なんかえっちぃ」

「だってもうアスティに触っても良くなったしさ」

「い、良いなんて言ってないもん」

「じゃあ、ダメか?」

「ダメ……じゃ……ない」


 わざと手を離そうとしたら、それを阻むようにアスティが手を重ねてきた。


「これからは……いっぱい触ってほしい……」

「なんかエロいぞ、アスティ?」

「レオのせいだもん。レオがそういうあたしが良いっていうから」


 だから、と上目遣いに見つめてくる。


「責任……取ってよね?」

「取るよ。喜んで取る。一生大切にする」


 一秒も間を置かずに即答した。

 そしてゆっくりと顔を近づけていく。


「告白の返事は?」

「ん……」


 恥ずかしそうに間を置き、そして――。


「あたしもレオが好き。ずっとずっと好きだった。あたしを――」


 堪え切れなくなったように抱き着いてきた。


「――あなたのお嫁さんにして下さいっ」


 2人の唇が重なった。

 俺たちにとっては2回目のキス。

 最初の時は俺が奪うという体裁だった。


 でも今回は違う。

 正真正銘、将来を誓い合った、恋人同士のキスだ。


 と、ふいに俺の腰の辺りからげっそりした声が聞こえてきた。


「『頼むからそういうイチャつきは我のいないところでやってほしいのだが……』」


 おー、そうだった。

 聖剣化したヒュードランがいるんだったな。

 しかもここは町中だ。

 誰かに見られたら、またアスティが恥ずかしがるかもしれない。


 俺はさりげなく魔力を操作し、聖剣化を解除。


 それによって突如、水路に巨大がドラゴンが出現。ザッパーンッと大きな水飛沫が上がった。通行人たちは驚いてそっちに注目する。


「ド、ドラゴンが現れたぞ!?」

「騎士団だ! 誰か騎士団を呼べぇ!」

「『おいいいっ!? お前たちのイチャつきの目くらましにされるとか可哀想すぎないか、我ーっ!?』」


 きらきらと水飛沫が舞うなか、俺はアスティを抱き寄せて笑い合う。


「ははっ、良い働きだぞ、ヒュードラン」

「ごめんね、ヒューちゃん!」

「『ごめんで済むかーっ!』」


 ヒュードランが翼を揺らし、さらに水飛沫が舞って、虹ができた。そんななかアスティが少し背伸びをして耳打ちしてくる。


「ねえ、レオ」

「ん、どうした?」

「もっかい……キスしたいな」

「――っ」


 クラッときてしまった。

 頭上には大きな虹が出ていて、水飛沫がきらきらと輝いていて、最高の景色だ。そこに恋人からこんな可愛いおねだりをされたら、断る理由なんてどこにもない。


「『あ、コラ! またイチャつく気だな!? やめろやめろ、やめろと言うのにーっ!』」


 ドラゴンの怒りのブレスが空に発射され、俺たちはまたまたキスをする。


 世界は平和になって、きっとこれから先はもう楽しいことしか起こらない。たとえ何か起きたって、解決できるし、してみせる。


 幸せなこの場所で今日も俺たちは生きていく――。

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転生剣王、身分を隠して城下町でこっそり人助けをする~転生先の王族生活が不自由なので、聖女と一緒に「この紋章が目に入らぬか!」をして悪党から人々を救います~ 永菜葉一 @titoku

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