第41話 やっぱりアスティが最強!という話

 柔らかな風が吹いていた。

 遠い花園では花々が涼しげに揺れている。


 反面、王宮は半壊状態で、今も瓦礫がぱらぱらと落ちてきている。庭園にも大穴が出来ていて、こりゃ修繕にだいぶ時間が掛かりそうだ。まあ、やったのはだいたい俺だったりするんだが。


「……さて、話をしようか」


 俺は苦笑を浮かべてそう言った。

 すでに聖剣は消して、『第五次元波動』のスキルはフレデリカ・ライラに返している。俺のまわりには四大聖騎士たちがいて、ミーアも花園の方からこっちにきた。背後にはヒュードランの巨体もある。


 そして俺の眼前には、未来の俺が横たわっていた。


 まだ起き上がることは出来ないのだろう。『第五次元波動』での聖剣攻撃がダメ押しになったに違いない。おそらくは内臓も何もボロボロで、放っておけば助からないような瀕死状態だ。


 荒く息を吐きながら、未来の俺は口を開く。


「……お前たちの勝ちだ」


 ゆっくりと目を閉じ、言葉が紡がれる。


「まさか四つも下の自分に競り負けるとはな……。四大聖騎士と力を合わせた総力戦か……そういや俺が魔王を倒した時もこんな感じだったっけ。いつの間にか自分が倒される側になるとはな……」


 ふう、と疲れ果てたようなため息。


「……負け惜しみを言ってもいいか? それでもフレデリカ・ライラがいなかったら、まだ俺にも勝ちの目はあった。あのワケ分かんねえ高次元スキルさえなければ、きっと……」

「ううん」


 笑いながら否定したのは、ミーア。


「無理だよ。だってレオ、途中からあたしのことばっかり気にして集中できてなかった。どっちにしろ、あたしがこっちのレオに味方した時点でレオの負けなの」

「…………」


 しばらく黙っていたが、未来の俺は諦めたように肩を落とした。


「……そうだな。勝利の女神にそっぽ向かれた時点で、俺に勝ちなんてないな」


 おそらく折れているのだろう。

 ぎこちない仕草で右手が掲げられた。


 意図を察して、ミーアがそばに膝をつく。

 傷だらけの右手が髪を撫でた。


「……ごめんな。気づいてやれなくて」


 ミーアは1週目の世界の生存者で、2週目の世界の女神だった。しかし未来の俺はついさっき俺が教えるまで、その事実を知らなかった。


「独りで……大変だったろ? 俺がもっと早く気づいてやれてたら……」


 つぅ……と少女の瞳から涙がこぼれた。

 それを振り払うようにミーアは大きく首を振る。


「レオは何も悪くないっ。1週目の時、あたしを助けてくれたのはレオとアスティお姉ちゃんだもん。2週目の時だって、あたしにいっぱい優しくしてくれた! だから、だからあたしは……っ」

「だからミーアは3週目の俺の方についたんだ」


 少女の背後から俺は静かに語る。


「お前が間違った道に進まないようにさ。今日だってもうお寝むの時間なのに、頑張って参加してくれたんだぜ?」

「……ったく」


 毒づくようなため息。


「ミーアを出してくるのは反則だろ……」

「あたしが手伝わせて、って頼んだの」

「そうそう、俺は最後まで止めたんだぞ?」

「……わかってるっての。自分のことだからな。俺は絶対にミーアを戦場に出したくないだろうし、それでもってミーアに頼まれたら断れない」


 ミーアの髪に触れていた手が俺の方へと向けられた。


「俺がアスティからもらった女神の力はお前に託す。あとは……頼んだ」


 右手に温かな光が宿っていく。

 しかし俺はその手首を掴んで阻んだ。


「で、お前はこのまま死ぬ気か?」

「……どう見ても致命傷だろうが」

「治す方法なんていくらでもある。俺がアスティからもらった聖剣スキルを舐めるな。それに今すぐ必要ならヒュードランの血だってある」

「『おいぃぃっ!? 血も涙もないのか、主ぃっ!? 我、今回結構役に立ったろうが!?』」

「……断る。アスティをさらったクソトカゲの血で生き残るくらいなら俺は死ぬ」

「『おいおい、おいぃぃぃっ!? それはそれで傷つくぞ、未来の主ぃっ!?』」


 ヒュードランの文句を聞き流し、俺は手首をさらに強く握る。


「何度も言わせんな。アスティを哀しませる気かよ? お前が死んだらアスティは……って、こんなこと言われるまでもないだろ」

「…………」

「それにアスティを助けるためにはお前の力が必要なんだ」


 俺がそう言った途端、握った右手がピクリと反応した。


「助けるって……どういう意味だ?」

「ミーア」

「うん」


 俺が話を振ると、少女は小さくうなづいた。


「アスティお姉ちゃんは女神の力を2人のレオに渡した。あたしたちがいた天空の神殿はね、女神の力で存在させてるの。だからそれが無くなった今、神殿は維持できない。徐々に崩壊を始めてるはず」

「な……っ」


 血を流しながら反射的に起き上がってくる。だがその途中で未来の俺は「……っ」と激痛にうめいた。無理もない。瀕死の状態なのだから。


「馬鹿か、お前。落ち着けよ。普通に死ぬぞ?」

「これが落ち着いていられるか!? だってアスティはこの瞬間にも……っ」

「だから助けにいかなきゃいけないんだ」


 天空の神殿の状態について、俺はミーアが女神の記憶を取り戻した時にすでに聞いている。だからこそ、今日ここで未来の俺を完全に止めなきゃならなかった。


「ミーアが言うには神殿は別次元に存在している。女神の力があれば確かに到達はできる。でもすでに神殿の崩壊が始まってるとしたら、確実にアスティを連れ出すには手が足りない。お前が必要なんだよ」

「…………」


 未来の俺は傷を押さえたまま押し黙った。

 ずっと独りでなんとかしようとしていたんだ。すぐに割り切れるものではないのだろう。だが時間は限られている。これ以上、躊躇している猶予はない。


 だから切り札を切ろうと思う。

 俺にとってもかなり危険な切り札なんだが……。


「フレデリカ・ライラ、頼む」

「良くってよ」


 羽根付きの扇子が軽く振られた。

 するとどこか遠くでガチャンッと鍵の開くような音がした。


 フレデリカ・ライラの『第五次元波動』で簡易牢の錠を開けてもらったのだ。途端、猛烈な勢いでパタパタッと駆けてくる音がした。


 俺は宙を見上げて重く息を吐く。


「さあ……覚悟決めろよ、俺」

「……は? なんの話だ?」

「や、だからウチのアスティが……」

「コラーーーーーっ!」


 ローブの裾を乱して全力疾走。

 ブロンドを揺らしたアスティが駆けてきて、開口一番にチョップが炸裂。


「成敗ーっ!」

「あいてっ!?」

「ぎゃっ!? ちょ、俺、瀕死っ」


 すげえ、血まみれの方の俺にすら容赦なしだった。

 アスティは腰に両手を当てて完全にお怒りモードだ。


「レオたちってば、まーたケンカして! しかもなにこれぇ!? 王宮も庭園もしっちゃかめっちゃかじゃない!? どういうことなの!? なんで良い子に出来ないのーっ!」

「やっ、これには深いワケがあってだな……っ」

「ちょ、ちょっと待て。なんでアスティはこんなに怒ってるんだ? 俺が来るのは知ってたはずだし、そうなったら戦闘になるのもわかるだろっ?」


 叱られて慌てふためく俺。

 アスティのお怒りっぷりに目を白黒させる俺。


 そんな俺たちのそばでフレデリカ・ライラが扇子で口元を隠して「ふふふ」と笑う。


「それはお怒りにもなると思いますわよ? なぜならアーちゃんは未来のレオさんとどうお話するかを一生懸命考えている最中に、いきなり牢に入れられてしまったんですからね」

「牢っ!? なんでアスティを牢になんて入れてんだよ、俺!?」

「やーほら、俺のことだから、いっぺん戦って負かさないと納得なんてしないだろ? でもアスティは絶対ケンカするなって止めるだろうし、だから……」


「我が王のご命令でアリスティア殿のための簡易牢をご用意いたしました」

「で、僕ら四大聖騎士でアリスさんを呼び出して」

「いきなり牢の扉を閉めて、施錠! というわけだな!」


 事の次第を聞き、未来の俺は驚愕する。


「何やってんの、お前ら!?」

「ほんとに何やってんのだから! いきなり罪人みたいな扱いされたあたしの気持ちも考えなさーい!」


 はい、謝罪ターン。

 俺と四大聖騎士はあらかじめ打合せしてた通りに即行で謝罪する。


「や、悪かったって!」

「大変申し訳ございませんでした」

「ごめんねー。まあ、主犯は殿下なんだけどねー」

「はっはっは! すまんなぁ、大神官とこのお嬢ちゃん!」

「お詫びにお菓子をご馳走してもよろしくってよ?」


 五人に頭を下げられ、アスティは頬を膨らませる。


「もーっ!」


 素直に謝ったら許してくれるのがアスティだ。

 まだお怒りは収まらないようだが、それでも「まったく……」と勢いは緩めてくれる。


「今回だけだからね? あたし、未来の聖女なのに牢に入っちゃうとかぜったいダメなんだから! 次やったら全員にチョップだからね? セリアさんもユアンさんもジャスパーさんも、フレちゃんだってチョップなんだから!」

「決して忘れぬよう胸に刻んでおきます」

「僕もチョップは嫌だなぁ」

「はっは、お嬢ちゃんのチョップは勘弁だ!」

「わたくしもこの美しい髪が乱れるのは恐怖ですわ」

 

 アスティはぐりんっと今度は俺の方を向き、ジト目を向けてくる。


「レオも! いい? 次やったら三日は口きいてあげないんだから!」

「い、いえっさー」

「本当にもう……あ、ミーアちゃんもこんな時間まで起きてちゃダメじゃない! お母さんも心配するよ?」

「あうっ。ご、ごめんなさい、アスティお姉ちゃん……。お母さんにはお城に泊まるって言ってあるから……」

「それでも夜更かしはいけません」

「はーい」

「ヒューちゃんもレオが悪いことしてたら止めてよー」

「『いや無茶を言うな、アリスティア。それは我には無理難題すぎるぞ……』」


 アスティが来た途端、さっきまで戦っていたのが嘘のように日常の空気が流れ始めた。全員、毒気を抜かれて肩から力が抜けている。


 そしてそれは未来の俺も同様だった。


「ふはっ」


 突然、我慢できなくなったように笑いがこぼれる。


「んー、大人のレオ、何笑ってるの? ……って血だらけじゃない!? もー、こうなると思ったからケンカはダメって言ったのにー!」


 振り向いたアスティはびっくり仰天。

 しかしそれがまたツボに入ったらしい。未来の俺は血だらけで笑いだす。


「あーあ、無理だ。やっぱ俺、アスティには敵わない」

「なによく分かんないこと言ってるの!? それより手当て! レオ、ポーションあるからこれ使ってあげて!」


 アスティは大慌てでポシェットからポーションを取り出そうとする。しかし俺はやんわりと首を振った。手当てよりも先に、こいつにはアスティに聞きたいことがあるはずだ。その予想通り、血まみれの俺は静かに問いかけた。


「なあ、アスティ」


 もう漆黒の鎧はどこにもなく、俺とそっくりな苦笑を浮かべて。


「俺のアスティは……今も俺に逢いたいって思ってくれてるかな?」


 一瞬、彼女はきょとんとした。

 たぶん2週目の自分のことだと気づくのに少し時間が必要だったのだろう。でもすぐに理解し、アスティは満面の笑みを浮かべた。


「あたしはね、何千年経ったって、レオのこと忘れないよ!」


 ああ、こりゃ……確かに敵わないな。

 今この瞬間、俺は自分の失敗を自覚した。

 

 牢なんて必要なかった。

 戦う必要なんてどこにもなかった。


 最初からアスティに正面から説得してもらえばよかったんだ。


 それだけで俺の心の氷なんてすぐに溶けて無くなってしまうんだから。


「ありがとう……」


 未来の俺は泣き笑いの表情で礼を言った。

 もう答えは出た顔だった。


「……俺はまだ死ねない。死にたくない。だってアスティが待っててくれてるんだから。みんな……」


 そうして騎士は深く頭を下げる。


「……どうか俺に力を貸してくれ」


 星は瞬き、花はほのかに揺れている。

 異界から来た神は、こうして俺たちの輪に加わった。



 ………………。

 …………。

 ……。



 さて、この後のことについては多くを語る必要はないだろう。

 別たれていた女神の力が揃い、世界規模で戦える俺が2人いて、助けてくれる仲間たちがいる。


 女神を救うのも、世界を救うのも、思いのままだ。

 程なくしてすべての困難に打ち勝った俺たちは、穏やかな平和へ進んでいく――。

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