第40話 決着――流星の夜――
フレデリカ・ライラ。
華美なドレスと赤毛の縦ロールの淑女。
そのスキルは『第五次元波動』。おそらくは上位次元からの干渉だと思うんだが、スキルの正体はいまだに俺も掴めていない。
彼女こそが四大聖騎士における最強。
フレデリカ・ライラは優雅な足取りで俺の横に来ると、羽飾りのついた扇子を開く。小さく笑んだ口元を隠し、その視線は大穴のなかの騎士へ。
「これはまた、本当にレオさんとそっくりですのね。まあ、前周回のご本人とのことなので当然ですけれども」
凛とした声で彼女は問う。
「さて、もう一人のレオさん。ここで慈悲を差し上げましょう。降伏なさい。そうすればお城のお庭を汚したことは許して差し上げます」
「……ったく、相変わらずだな、お前は」
「師の言葉が聞けませんこと?」
「こっちの俺はまだお前の弟子なんだろうな。だが21歳のこの俺はもうお前を超えてるんだよ」
「あらあら、それはそれは」
フレデリカ・ライラは俺の横でさらに笑みを深める。
「生意気ですこと」
雅な仕草で扇子が横に振られた。
その直後だ。
突然、未来の俺の体から血が噴き出した。
「がは……っ!」
未来の俺は「ちぃっ」と歯噛みして、跳躍。
ジャンスパーの聖剣の水流でできた大穴から脱出しようとする。
今の攻撃はおそらく『第五次元波動』によるもの。しかしどういう作用でダメージが入ったのかはわからない。すべてはフレデリカ・ライラの思うまま。このスキルは彼女にしか理解しえない。
そしてフレデリカ・ライラは直接的な俺の師匠だ。
俺は四大聖騎士から稽古をつけてもらっていたが、最も教えを乞うたのは彼女である。ただしフレデリカ・ライラは扇子より重い物を持たないという信条があり、剣など握ったこともない。
それでも彼女の教えは的確だった。剣の振り方や構え方、間合いの取り方や斬り結び方など、自身は一切経験したことがないのにすべて教示してくれた。本人曰く、淑女の嗜みは万事に通ず。うん、よく分からない。つまりはスキルについても本人についても『よく分からないがすごい』。それが彼女だ。
今も未来の俺は完全な劣勢だった。どうにか穴からは脱出したが、まったくこちらに近づけずにいる。斬撃を放っても不可視の力で砕かれ、かと思えば突然、腕や足が爆ぜてダメージを喰らっている。
「あらあら、わたくしを超えたのではなくて?」
「クソッ、お前はいつもそうだ……っ」
同感だ。
フレデリカ・ライラはいつだって底が見えない。俺も一時期、彼女を超えたと思っていたが、今の攻防を見ていると、それが過信だったと思えてくる。
「レオさん」
優雅に扇子を振ってスキルを操作しつつ、ふいに彼女が小声でつぶやいてきた。今の呼びかけは敵の俺ではなく、隣にいる俺へのものだ。
「このままではわたくしが負けますわ」
「……マジか」
「マジですわ」
彼女の優雅な微笑みは変わらない。
俺も決して表情には出さなかった。
「さすがは『剣神』を名乗るだけあって、あちらのレオさんは傷を負いながらもわたくしの舞いに順応しつつします」
「舞い? ……ああ『第五次元波動』のことか」
「このままいけば、まもなく破られるでしょうね。ダンスは終わり。ですので……」
ふいに彼女は扇子を振るのをやめた。
そして俺の方へと向き直る。
「あなたに花を持たせて差し上げましょう。わたくしの舞いを継ぎなさい」
それはつまり『第五次元波動』の聖剣を作れということ。
スキルを聖剣にすれば、その効果は数万倍。
もはや勝ち筋しか見えない。
よし、と俺は唇をつり上げる。
「フレデリカ・ライラ、俺と一曲踊ってくれ」
俺は淑女の手を取るように右手を差し出す。
すると彼女はドレスの端を摘まんで微笑んだ。
「ええ、喜んで」
魔力の光が輝いた。
未来の俺に緊張が走る。
「――っ。させるかッ!!」
地面が爆ぜ、爆発的な勢いで漆黒の騎士は駆け出した。
それに呼応し、セリア、ユアン、ジャスパーも大地を蹴った。
「我が王、ここはお任せを!」
「やれやれ、しんどいなぁ」
「ハッハーッ! ぶっ倒してやるぜ、未来のレオ様!」
「邪魔だ! どけぇ!」
水晶剣が無数の軌道を描いて空を疾走した。セリアの稲妻は弾かれ、ユアンの曲刀は届かず、ジャスパーは鎧ごと斬り裂かれる。四大聖騎士の三人が一瞬で振り切られてしまった。
予想はできた。フレデリカ・ライラが異常なだけで、他の四大聖騎士では未来の俺を止められない。しかしこっちにはまだ切り札がある。俺自身は反対したんだが、この場には――。
「久しぶり、レオ」
星空の下に少女の声が静かに響いた。
それは戦いの喧騒にかき消されて然るべきものだった。
だが未来の俺が決して聞き逃すはずがない声だ。
「……っ」
視線が横に逸れた。
未来の俺が見た方向は、ここから少し離れた花園。
戦いの余波が及ばないその場所で、花々と共に少女はいた。
「ミーア……っ」
剣神と呼ばれた俺は、2週目の世界からやってきた。
直接的にこいつを知る者は、この3週目世界にはもういない。
ただ一人、『狭間』から記憶を取り戻した、ミーアを除いては。
だからこそ、その声は確かに届いた。
ミーアは哀しそうな顔で告げる。
「もうやめよう? こんなことしたって、アスティお姉ちゃんは帰ってこないよ……」
「……っ。違う! そんなことない! あいつからアスティの力を取り戻して、俺は……っ!」
ミーアが作ってくれた、この一瞬のおかげで間に合った。
「
莫大な光と共に激しい風が吹き荒れた。ドレスの胸元から現れたのは、輪郭だけがかろうじて見える、無色透明の荘厳な剣。『女神の第五次元波動の聖剣』だ。
「しまった……っ」
未来の俺が瞠目する。
フレデリカ・ライラは光のなかで満足げに笑みを浮かべた。
「さすがわたくしの聖剣。比類なき可憐さと美しさですわ」
荘厳な剣を完全に引き抜き、俺はもう一人の自分へと視線を向ける。
「さあ、ラストダンスだ。派手にいこうぜ」
爆ぜるように地面を蹴って跳躍。
聖剣を通して恐ろしいほどの力が流れ込んでくる。同時に『第五次元波動』の理解も広がり始めた。
「消し飛べッ!」
聖剣を一閃。
すると俺の視界の範囲に高次元からの波動攻撃が炸裂した。
「ぐ……っ!?」
王宮の半分が粉微塵に吹き飛び、未来の俺も全身を撃ち抜かれる。とっさに魔道具のマントで防御しようとしていたが、もはやそんなものは意味がない。
「この……っ」
歯を食いしばって水晶剣が振り下ろされた。しかし返す刀でこちらが聖剣を振ると、さらなる波動で斬撃が吹き飛ばされる。
「観念しろ。剣神だろうがなんだろうが、たった一人で戦うお前は決して俺たちには敵わない!」
「ふざ、けんな……っ」
決死の表情で斬り掛かってくる。
「俺は……っ。俺はアスティの力をお前から取り戻す! そうして……アスティを迎えにいくんだ!」
俺はドラゴンの聖剣で水晶剣を受け止めた。
そこへさらに斬撃が撃ち込まれる。
「3週目のお前にこの世界を救えるのか!? 俺がやらなきゃ誰がやるって言うんだ!?」
「だからって俺たちの故郷の非魔術世界を滅ぼさせてたまるか!」
「そうしなきゃ守れないんだよ! 事実、俺がいた2週目の世界は滅びた! あんな悲劇を二度と繰り返させはしない……っ」
水晶剣の連撃が勢いを増していく。
「汚れ仕事は全部俺がやってやる! お前は3週目のアスティと平和に生きればいい……っ。それでみんな幸せになれるんだ! 一体、何が悪いって言うんだ!?」
「わかんねえのかよ……」
ギリッと俺の奥歯が鳴った。
同時に『女神の第五次元波動の聖剣』を大上段から振り下ろす。
「お前が手を汚したら……2週目のアスティが哀しむだろうがぁぁぁぁッ!!」
「――っ」
高次元の波動がたったの一撃で未来の俺を吹き飛ばした。漆黒の鎧の欠片が剥がれ落ち、騎士は天高く飛ばされる。
「ヒュードラン!」
「『承知した……っ』」
俺はヒュードランの聖剣化を解除。ドラゴンの姿に戻ったその背に乗り、頭上の騎士へ追撃を掛ける。
「なんでアスティが3週目の自分じゃなく、俺に聖剣のスキルを託したと思う!? レオって男を信じてるからだ! レオならきっとこの3週目世界を――非魔術世界も含めたみんなを救ってくれると信じたからだ! なのにお前が非魔術世界を滅ぼしたら、アスティが哀しむんだよ! どうしてそれがわからない!?」
「うる、せぇ……!」
今の一撃で水晶剣にはヒビが入っていた。
2週目の俺自身もすでに満身創痍だ。
それでも血反吐を吐きながら斬撃を飛ばしてくる。
「アスティは非魔術世界となんの関係もない……っ。無関係な世界が滅びたところでアスティだって――」
「誤魔化すなッ!」
斬撃が掠めながらもヒュードランが避け続け、俺は真っ直ぐに肉薄する。
「アスティは非魔術世界が無関係だなんて思わない! 俺とお前の故郷だから……っ。だから非魔術世界が滅んだら、アスティは泣くんだよ! お前はわかってるはずだろ!? 目を逸らすなッ!」
「だったら……っ」
慟哭のような叫びが木霊する。
「だったらどうすりゃいいって言うんだ!?」
「だからッ!」
高次元の力を司った、荘厳な聖剣が光を放つ。
地上では仲間たちが固唾を呑んで見守っていた。
「我が王……っ」
「いけ、殿下」
「やっちまえ、レオ様ーっ!」
「美しいですわ」
「レオ……お願い、レオを止めてあげて」
両手を組み褪せてミーアが祈るように囁いた。
次の瞬間、まるで超新星のように聖剣の光がほとばしった。
女神になったアスティは非魔術世界が滅ぶことなんて望んでない。
俺たちが生きていた都市や文化や営みが消えることなんて喜ばない。
それでも
「お前ひとりじゃない。世界を守るのは、俺たち皆の力だ――ッ!!」
聖剣が水晶剣を打ち砕き、光の一撃が未来の俺を撃ち抜いた。
バラバラになった水晶の欠片が風に乗って消えていく。
一瞬の交錯の後、大きく羽ばたいてドラゴンが宙を舞った。
聖剣のスキルという形でアスティが俺に力を与えたのは、きっとこういう意味があったのだろう。個人の力では2つの世界を守れない。でも皆の力を合わせていけば、きっとそれは未来に届く。
今まさに俺たちが『フェリックスの剣神』を打ち破ったように。
「ああ……」
高次元の波動を一身に受け、未来の俺は小さくつぶやく。
「……それは確かに……独りになった俺にはない道だ……」
ドラゴンが魔力の光で流星のように夜空を飛び、仲間たちの歓声が響く。
ここに戦いは決着した――。
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