第38話 水晶剣は世界を断つ
聖剣と水晶剣がぶつかり合った。
その瞬間、魔力の光が爆発的に広がり、ヒュードランが叫ぶ。
「『これは……っ。いかん! 離れろ、主よ!』」
「――っ」
俺も直感的にマズいと感じた。
刀身をずらして水晶剣の力を逃がし、背後に跳躍する。
「いい判断だ」
未来の俺が小さく笑った。
次の瞬間、大瀑布のような斬撃が降り注いだ。
「ちぃ……っ」
俺はとっさに体勢を立て直そうとする。
轟音と共に王宮の屋上が斬り裂かれていく。
斬撃によって足場が抉られ、生じた穴へと石畳が飲み込まれた。水晶剣はきらきらとダイヤモンドダストのような輝きを放っている。しかしこれは剣の力じゃない。
「水晶剣には色んな魔術的付与がある。だが俺はどれも使ってない」
足場がどんどん崩れていく。
下の階へと落下しつつ、俺は防御姿勢を取った。
未来の俺はそれを余裕の表情で待って、水晶剣を振り被る。
「俺が水晶剣を使うのは、永久凍土に鍛えられたこの刃が決して折れないからだ」
「『な……っ!? この途方もない斬撃は、未来の主自身の技のみによるものだと言うのか!?』」
「だから俺は――フェリックスの剣神なんだ」
ダイヤモンドダストの輝きが視界一杯に広がった。
刹那のうちに無数の斬撃が繰り出され、そのすべてが俺へと迫ってくる。
「『ひぃ!? 死ぬぞ、主……っ!?』」
「堪えろ、ヒュードラン」
俺は防御のための斬撃を撃ち返す。
ドラゴンのブレスを数千倍にした、飛翔する斬撃だ。
だが――。
「甘いな」
「く……っ」
そのことごとくが水晶剣に打ち砕かれた。
ブレスの斬撃はガラスのように砕け、俺の周囲に水晶剣の斬撃が降り注ぐ。
瓦礫と共に王宮の客間に着地。
すぐさま転身し、邪魔なソファーを斬り裂いて、俺は扉を蹴り開けた。
廊下に出ると同時、背後で未来の俺が着地する音がする。
「ドラゴンの力を借りた、その剣は確かに強い。魔王とだって十分にやり合えただろうさ。だが水晶剣を手にした今、俺は存分に自分の力を使える。正直、敵じゃない」
「そりゃあ、おっかない話だな……っ」
しゃべりながら廊下を駆ける。
もう少し時間がほしい。
相手の気を逸らすため、肩越しに問いかける。
「俺から女神の力を奪ったとして、お前はどうするつもりなんだ!?」
「決まってるだろ。――アスティを迎えに行く。女神の力が揃えば、彼女の神殿にたどり着けるはずだ」
ああ、そうだろうな。
俺だって間違いなくそうする。
でも問いたいのはその先だ。
「女神になったアスティを迎えにいって、その後は!?」
振り向きざまにブレスの斬撃を放った。
廊下は縦一直線。密閉された空間でブレスの勢いはさらに増し、窓という窓を吹き飛ばして、ブレスが未来の俺に迫る。
「小手先の攻撃だな」
しかし水晶剣の斬り払いによって、一瞬で吹き飛ばされてしまった。廊下の壁を突き破って、ブレスの衝撃が王宮の外へと弾き出される。
濛々と上がる煙のなか、漆黒の騎士は悠然と歩を進めた。
「アスティを迎えにいった後……ってのはどういう意味だ?」
「お前、ダグラスの洞窟で俺のアスティに言ったろ! 今度こそ守るって!」
「……ああ、そのことか」
視線が交錯した。
値踏みしようとする、俺の視線。
それをつまらなそうな表情で受け止める、もう一人の俺の視線。
「この3週目世界は俺が救ってやる」
その宣言を聞き、俺は足を止めた。
漆黒の騎士は淡々と語る。
「『狭間』でずっと考えていた。どうしたら俺たちの世界は滅びずに済んだのかを」
「答えは出たのか?」
「出た」
とても静かに水晶剣が掲げられた。
「俺の力と女神の力、その二つを極限まで凝縮して――非魔術世界を斬る」
その宣言を聞き、俺は口をつぐんだ。
一方、手のなかのヒュードランは素っ頓狂な声を上げる。
「『せ、世界そのものを真っ二つにするというのか!? で、出来るわけがない……!』」
「だが、あいつはやる気らしいぞ」
俺は小さくため息をついた。
「2つの世界の衝突は避けられない。なら片方を叩き斬って滅ぼしてしまえばいい。滅茶苦茶だが、確かに筋は通る話だ」
ミーア曰く、世界の衝突は純然たる自然現象のようなものらしい。太陽が西へ沈んで東から昇るように、あるいは引いた潮がまた満ちるように、自然に定められた帰結なのだ。だからこそ、難しい。
「本気か? お前が滅ぼそうとしてるのは、俺たちが元いた世界だぞ?」
「そうだな……通ってた学校、よく行ったコンビニ、大通りの喧騒やビルの隙間から見える夕日……今でも思い出せるよ。だから俺がやるんだ。世界の崩壊っていう地獄を見た俺がな。お前には……出来ないだろ?」
「……ったく」
ミーアから魔王の正体が転生者だって聞いた時から、嫌な予感はしてたんだ。こいつはすでに自分と同じ境遇の人間を斬ることができる。その覚悟を決めている。
だとしたら、その先――自分の元の世界を滅ぼすことだって出来るだろう。
まるで魔王だ。
自分がそんな覚悟を決めている姿なんて、見ていて気持ちのいいもんじゃない。
俺は手のなかのヒュードランへ視線を落とす。
「もうお前に魔王よばわりされても文句言えないかもな」
「『そ、そんなことを言っている場合か! 相手は世界を滅ぼすと豪語するような男だぞ!? 本当に勝てるんだろうな!?』」
その言葉を聞き、未来の俺の眉がピクリと上がった。
「何か策でもあるのか……?」
「さすが俺、よく分かってるじゃないか」
ドラゴンの聖剣を掲げ、未来の俺へと突きつける。
「お前の実力はよく分かった。その覚悟も聞かせてもらった。女神の力が揃えば、きっとお前は成し遂げるだろうさ。だからこそ、ここは勝たせてもらう」
吹き抜けになってしまった廊下の横から強い風が吹いてきて、小さな稲妻が発生した。それと共に俺は不敵に笑む。
「
次の瞬間、鋭く指示を飛ばした。
「いけ、セリア!」
「御意! 我が王!」
破損した窓を蹴破って、四大聖騎士の一角、『雷帝のセリア』が飛び込んできた――。
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