第37話 聖剣 VS 水晶剣
松明の灯かりが夜風に揺れている。
21歳の俺が指定した、その日になった。
ここは王宮の屋上。
ちょっとした運動場ほどの広さがあり、俺はひとりで空を見上げている。
あいつはとくに時間を指定はしなかった。
だがやって来るなら夜だろう。とくに根拠はないが……まあ、俺ならそうする、というのが最大の根拠だろうか。
そうして月がほんの少し移動した頃。
星にまぎれて、夜空に人影が現れた。
魔力の光を放っている。
本当、スキルも魔術もないとか言ってたくせに器用な奴だ。
夜色のマントをなびかせ、飛行魔術を操ったあいつが目の前に降り立った。
「よお」
未来の俺が気軽に声を掛けてきた。
こっちも無造作に返事をする。
「おう」
「アスティはどうした?」
「今日は俺一人だ。またチョップされたら堪らないだろ?」
「はは、違いない」
未来の俺は苦笑して肩をすくめた。
それから俺の腰辺りへ視線を向ける。
「一人っていうわりには妙な気配を感じるな」
「ん? ああ、これか」
俺は今、ヒュードラン――ドラゴンの聖剣を腰に差している。
「これはただの道具だ。気にするな」
「『ひどいな、おい……!』」
「気配からすると、こないだのドラゴンだろ? ふうん、お前の力はスキルを借りるスキルじゃなかったんだな。それにしても道具なんて言い方はあんまりじゃないか?」
「『な……っ!? あっちの主はまともではないか! 我、あっちに行きたいぞ!?』」
「一応言っとくと、こいつ、アスティをさらったんだよ」
「――貸せ。へし折る」
「『あっちも同じ性格なのか!? 本当にブレんな、貴様という男は……!』」
騒ぐヒュードランを華麗に無視し、俺は未来の俺の腰へと目を向ける。
「そっちも準備は万端みたいだな」
「ん? ああ……」
漆黒の鎧の腰には、透き通るような柄の剣が差さっていた。
「サイファー霊山の凍土が凝縮されて生まれた、水晶剣だ。古代ダンジョンの奥にあってな。魔王の魔術もたたっ斬れる、優れものだぞ」
「それ、本当なら3週目の俺が手に入れるはずのものだよな?」
「悪いな。ただ、この3週目の魔王は始末しといたから、それで許してくれ」
「…………」
軽い雰囲気で放たれた言葉に、俺は口をつぐんだ。
夜風が吹くなか、静かに問う。
「……殺したのか?」
「これで王都が戦火に見舞われることはなくなった。お前がやるはずのことを俺がやったんだ。どっちにしろ同じだろ? だから別に感謝しなくていい」
「その魔王って奴は……俺たちと同じ転生者だったんだろ?」
「…………」
未来の俺の目がすっと細められた。
「……その話はした覚えがないんだがな?」
「ミーアから聞いた」
「ミーア? ……もう預言があったってことか?」
「やっぱりな」
ミーアも言っていたが、こいつはミーアが2週目の女神だったことは知らないようだ。この辺りをアドバンテージにするべきなんだが……ミーア本人の気持ちを考えると、さすがに黙ってることは出来なかった。
「ミーアは1週目の生き残りで、2週目の女神だ。お前がミーアから聞いてた預言は女神のミーアが伝えていた助言だよ」
「……なん、だと……?」
小さな動揺が表情に現れた。
しかしすぐに理解したらしく、21歳の俺は唇を噛んだ。
「……そうか。じゃあ、2週目の崩壊間際にアスティが女神になれたのは……」
「今わの際でミーアが力の使い方を教えたらしい」
「クソッ、なんで気づいてやれなかった……っ」
自分を責めるように未来の俺は歯噛みする。
実際、状況を聞く限り、こいつがミーアの正体に気づけるタイミングなんてなかっただろう。それでも悔やむ気持ちはよく分かるが。
「……ミーアと話は出来るか?」
「時間考えろ。子供はもうお寝むの時間だ」
「いや、けど……っ」
まだ食い下がろうとするが、途中で考えを改めたらしく、未来の俺は頭をかく。
「……まあ、今のミーアには今の日常があるもんな。いい。分かった。そこは納得する」
聞き分けの良い奴だった。
しかしすぐに鋭い視線が向けられる。
「……ミーアから色々聞いたんなら、もう俺が懇切丁寧に話してやる必要はないな?」
水晶剣の柄に手が掛けられる。
こっちもドラゴンの聖剣に触れた。
「そうなるな。なんならこっちの方が色々知ってるかもしれないぞ?」
こいつは俺からアスティの女神の力――聖剣のスキルを奪おうとしている。だがこっちも易々と奪われてやるつもりはない。
「『……主よ。あっちの主の力量は相当だぞ……』」
立ち姿だけでヒュードランは敵のヤバさを理解したらしい。
未来の俺が水晶剣を抜き放つ。
永久凍土のような透き通った刀身。
その輝きを見た途端、ゾワッと背筋が凍りついた。
……確かにこれはとんでもないな。
聖剣とはまた違った、異質な強さを感じる。
だが、それでも……。
俺は聖剣を抜きながら唇をつり上げる。
「安心しろ。こっちだって相当なもんだ」
ドラゴンの聖剣を抜き放った途端、翼を広げたような突風が吹き荒れた。そのプレッシャーは水晶剣に勝るとも劣らない。
未来の俺が、俺と同じ顔で唇をつり上げる。
「いい道具を見つけたな」
「簡単にはへし折れないぜ」
満天の星空の下、俺たちは対峙した。
「始める前に聞いておく。大人しくアスティの力を明け渡す気はないんだな?」
「愚問って言葉知ってるか?」
「自分に聞くことか、それ?」
「はは、確かに」
ゆっくりと聖剣を構える。
「王宮の人払いは済ませておいた。好きなだけ掛かってこい」
魔力を解放。
まばゆい光が輝き、聖剣に力が漲っていく。
「存分に相手してやるよ。未来の俺!」
「――上等だッ!」
互いに一瞬で距離を詰め、ドラゴンの聖剣と水晶剣が激突した。
ここに2人のレオの最後の戦いが始まる――。
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