第36話 女神ミーアと女神アスティの物語

「あたしが女神になれたのは……レオとアスティお姉ちゃんのおかげなんだ」


 懐かしい思い出話を語るようにミーアは言う。


 2つの世界が重なり、ぶつかり、砕けた。

 空が割れて、大地は砕けて、遥か天の先に非魔術世界のビル群が見えて――そして何もかもが粉々になっていった。


「どうしようもなかったよ。だって世界そのものが壊れちゃうんだもん。でもね、最後の瞬間にレオとアスティお姉ちゃんがありったけの力であたしを守護してくれたの」


 勇者と聖女が作った、光のオーロラに包まれてミーアは世界の崩壊を見届けた。そうしてどれほどの時間が経ったのか……真っ暗な空間に世界の欠片たちが漂う時間がきた。


「もう世界そのものはない。でも無数の欠片はまだあって……淋しくて淋しくて、あたしは欠片をかき集めた。そうしたら……」


 世界2つ分の力を持った、神の如き存在に生まれ変われた。


「あたしはやり直すことにしたんだ。2つの世界を再構成して、もう一度初めから……」


 そうして2週目の世界が誕生した。

 新しい世界は1週目と同じような歴史をたどり、当然のように新しいミーアも生まれる。


「だからあたし自身はどちらの世界にも属さない、別の次元に神殿を作って、そこに住んだ」

「それは……」

「うん。レオはたぶん一度行ったはずだよね。その聖剣のスキルをアスティお姉ちゃんからもらった時に」


 ミーアは壁に立てかけたドラゴンの聖剣へ視線を向ける。その言葉通り、俺は事故に遭った時、天空の神殿のような場所でフェリックスの女神に逢った。あれがミーアの言う、別次元の神殿なのだろう。


「あの時のあたしは正直、楽観してた。みんなが幸せになれて良かったぁ、って思ってたんだ。あんな怖いことなんてもうきっと起こらない、ってなんの根拠もなく思ってた。でも……」

「また2つの世界は近づいた?」


 俺の問いにミーアはうなづいた。


「同じ欠片から作ったんだから、同じ道をたどるのは当たり前だよね。それは女神になったあたしにもどうすることも出来なかった。だから預言って形で、地上のあたしに干渉して、レオたちに危機を伝えたの」

「なるほど……」


 だが2週目の世界も結局は滅びてしまった。


「2週目の崩壊の時、あたしは絶望してもう何も出来なかった。だからもう世界を再構成できなかったの。だけど……」


 チラリとミーアはアスティに視線を向ける。


「砕けていく世界のなかで、アスティお姉ちゃんが欠片を拾い始めた。だからとっさにあたしはお姉ちゃんに女神としての力の使い方を教えたんだ」

「それが2代目の女神の誕生ってわけか」

「お姉ちゃんは女神の力でレオのことを助けようとしてた。たぶんそのおかげでレオは生きていられたんだと思う」


 ふむ、と俺はあごに手を置く。


「あいつは『狭間』って言葉を使ってた。君もさっき同じことを言ってたな?」

「『狭間』はそのまんま2つの世界の間のことだよ。女神としてのあたしは2週目の崩壊で粉々になっちゃったけど、その記憶だけは『狭間』で揺蕩ってたみたい。それでさっきふいに記憶が『狭間』から流れ込んできて、全部思い出したんだ」

「ひょっとして君に記憶が流れ込んできたのも世界崩壊の予兆か?」

「……たぶんね。転生者が生まれ出したみたいに、2つの世界の境界があいまいになってるんだと思う」


 ミーアは深く椅子に背中を預ける。


「2週目のレオは女神の力のおかげで生きていられて、ずっと『狭間』にいたんだと思う」


 なるほど……それでダグラスの魔法陣が『狭間』と繋がって、2週目の俺がこっちに出て来られたってわけか。


「ねえ、レオ。2週目のレオも今この世界にいるんだよね? あたし、なんとなく力を感じるんだ」

「ああ、その通りだ。実は……」


 俺はダグラスとの一件をミーアに話して聞かせる。

 一通りの話を聞くと、ミーアは小さくため息をこぼした。


「そっか……」

「なあ、21歳のあいつの狙いはなんだと思う?」

「たぶん世界の崩壊――終焉の極宴壊ラグナティアを今度こそ止めること。あとは……」


 途中でミーアは言葉を濁し、またアスティに視線を向けた。

 その先は言われずともわかる。俺も同意見だ。


 ミーア曰く、終焉の極宴壊ラグナティアは2つの世界の衝突そのものを差すらしい。


「あいつは『終焉の極宴壊ラグナティア』はまだ閉じてない、とか言ってたぞ?」

「それ、たぶん魔法陣から出てきた直後のことじゃない?」

「ああ、そうか。あいつ、まだ2週目の世界だと思ってたのか……」


 だがすでにあいつの世界は滅びている。

 ここは終焉の極宴壊ラグナティアが閉じた後の3週目の世界だ。


「2週目のアスティお姉ちゃんは世界を再構成して、今は天空の神殿にいる。そしてわずかに残った女神の力を――」

「3週目の俺に託した、ってわけか」


 なんとなく俺は頭上を見上げた。


「2週目のアスティは今も地上を見てるのか?」

「ううん、たぶんもう無理だと思う」

「え? 1週目の時、ミーアはずっと地上を見守ってたんだろ?」

「あたしは誰にも女神の力を分け与えてなかったから」

「あ……」


 2週目のアスティはすでに2度、俺に力を分け与えている。

 最初は終焉の極宴壊ラグナティアで21歳の俺を助けるために。

 次はこの3週目世界で事故に遭った俺を助けるために。


「女神の力はね、世界の欠片の残滓みたいなものなんだ。色んなことが出来るけど、世界を再構成した後は、もうあんまり力は残ってない。そのちょっとの力をアスティお姉ちゃんは2人のレオに分けちゃったから……」

「待ってくれ。じゃあ今、天空の神殿のアスティはどういう状況なんだ?」

「…………」


 ミーアは言うのをためらうように押し黙った。

 そして長い長い沈黙の後、口にしたのは――。 

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