第35話 先代女神ミーア、ループ世界を語る

「どういう……ことだ……?」


 ハーブティーを飲んだばかりなのに、急速に喉がからからに乾いていくのを感じた。目の前のミーアは普段通りに思える。ただ、いたいけな口からこぼれる言葉だけが異質だった。


「今言った通りだよ。あたしは2週目の女神。今はもう力は失くしちゃったけどね」


 そう言うと、ミーアはクッキーをぱくっと食べる。

 慎重に俺は口を開いた。


「冗談……じゃないんだよな?」


 自分で問いながらも、冗談なんかではないのはわかった。

 昨日、ドラゴン討伐にいったことはミーアには話してある。しかし『異界の神』としての俺に遭遇したことや2週目世界のことなんかは当然しゃべっていない。


 普通ならミーアの口から『2週目』なんて単語が出てくるはずがないのだ。


「んー、レオはどう思う? あたしが冗談言ってると思う?」

「…………」

「え、ミーアちゃん……どうしたの? なんか変だよ……?」


 アスティが戸惑うように言い、ミーアは困ったような苦笑を浮かべた。


「ごめんね、アスティお姉ちゃん。あたしもちょっとびっくりしてる。今、記憶が蘇ったんだ」

「今……?」

「うん。たぶん『狭間』から流入したんだと思う」


 俺の問いかけにミーアは無造作にうなづいた。『狭間』という言葉は21歳の俺も使っていた。確定だ。ミーアは嘘や冗談を言っているんじゃない。


「ふー……」


 俺は天井を見上げて大きく息を吐いた。

 そうして気持ちを整える。


「アスティ、こっちに来てくれ。どうやらミーアは今回の事態の鍵を握っているらしい。一緒に話を聞こう」

「う、うん……」


 ベッドに座っている俺の横にアスティが来て、ミーアはそばにあった椅子に腰かけた。その動作も仕草も今までと変わったようには見えない。だがきっと大きな変化が起きているのだろう。


「まず教えてくれ。君は……俺たちの知ってるミーアなのか?」

「そうだよ。今のあたしに1週目と2週目の頃の記憶が流れ込んできただけ。あたしはあたし。それは変わらない」

「21歳の俺に助言をしたのも君なのか?」

「あの時は女神だったけどね」

「あいつは『1週目の観測者は誰だったか分からない』みたいなことを言ってたが……」

「ああ、そっか。1週目の観測者――生き残りはあたしだよ。2週目の時は天空の神殿にいて、地上の2週目のあたしに預言って形で助言してたんだ。だからあのレオはそういえばあたしが女神だって知らなかったかも」

「……なるほど」


 この3週目世界にもアスティが2人いる。

 1人は今隣にいる、地上のアスティ。

 もう1人はおそらく……あの神殿にいる女神だ。

 

 そういう状態が2週目のミーアにもあったのだろう。


「やっ、なるほどじゃなくて! なんなのこれっ。あたし、さっぱりなのですけども!」


 隣のアスティが素っ頓狂な声を上げた。

 うん、まあそうだよな。

 正直、俺も全部飲み込めてるわけじゃない。


「ミーア、悪いがアスティにも分かるように話してやってくれないか。出来れば君の身に起こったことを最初から」

「最初からか……」


 困ったように浮かべられた苦笑。

 そこには常の少女にはない、長い年月が感じられるように思えた。


「1週目の世界でもあたしは普通にレオやアスティお姉ちゃんと出逢ったんだ。今回と同じようにね。こうしてお仕事を教えてもらって、一緒に遊んでもらったりもして、すごく平和な時間だった。でもあたしが13歳になった時……」


 この世界でいえば、3年後か。


「太古の魔王が蘇ったの。レオは四大聖騎士を率いて、アスティお姉ちゃんも聖女として覚醒して、1年間の戦いの後、やがて……」

「魔王を倒した?」

「そう」


 ミーアはうなづく。


「でも大変なのはそれからだった。あのね、魔王も転生者だったんだ」

「え……っ」


 俺は呆気に取られて息を飲む。


「転生者だって? 本当なのか!?」

「本当だよ。魔王もレオと同じ、あっちの世界――非魔術世界からきた人だった。確かこっちでは羊飼いだったかな? 動物使いのスキルで平和に暮らしてたみたい。でもそこに魔王の記憶が流れ込んだ。大昔の魔王はスキル持ちの人間に自分の記憶を引き継がせる魔術を使ってたんだって。結局、その転生者は魔王に乗っ取られて、レオが勇者としてやっつけた」

「…………」

「ただ、さっきも言ったように致命的だったのはその後。魔王の出現自体は大きな問題じゃなかった。本当に問題だったのは、レオや羊飼いみたいな転生者が出現したこと。それは予兆だったんよ」

「予兆?」

「そう、2つの世界――魔術世界と非魔術世界が接近する予兆」


 ミーアは2枚のクッキーを手に取った。

 それをゆっくりと近づけていく。


「2つの世界は決して交わらず、並行して存在していた。でも潮が満ちるようにゆっくりゆっくりと近づき合ってた。転生者っていうのは隣の世界に引っ張られて、魂が迷い込んじゃう現象だったんだ」

「2つの世界が近づいて、そして……どうなったんだ?」

「こうなった」


 2枚のクッキーがぶつかり合い、グシャっと潰れた。

 バラバラになった欠片を手のひらに広げ、ミーアは言う。


「これが1週目の世界の終わり。そして、あたしは……」


 クッキーの――いや世界の欠片をミーアは頬張り、飲み込んだ。


「砕けた世界を取り込んで、あたしは女神になったんだ」

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