第34話 久しぶりにミーアと仕事――からの女神降臨

 ドラゴン討伐から帰った、翌日。

 今日はミーアが仕事に来てくれている。


 2週目の俺のこととか考えるべきことは山ほどあるんだが、それはそれとして王子としての仕事もある。全部やらなきゃいけないのが辛いところだ。


「はい! こっちの書類の清書は終わったよ。レオ、次のお仕事ちょうだい」

「おー、どんどん速くなってくな、ミーア」

「へへ、早く一人前になりたいからねっ」


 書類を受け取って褒めると、ミーアは嬉しそうに笑った。

 ここは俺の自室の寝室。一応、全治1年ってことになっているので、寝室に書き物机や書類の山を持ち込んで書斎代わりにしている。


「ちょっと待っててくれ。次の書類は俺が確認してからになるからさ」

「あ、じゃああたしがお茶淹れよっか? ミーアちゃんは休憩ね」


 そばで書類の整理を手伝ってくれていたアスティが立ち上がった。


「おやつのクッキーもあるよー」

「わ、やった! ありがと、アスティお姉ちゃんっ」


 トトトッと駆け寄っていく、ミーア。

 いつの間にか、ミーアはアスティにだいぶ懐いている。


 もともとアスティは面倒見がいいし、ミーアも甘えたい盛りなので、2人で一緒にいるとまるで本当の妹のようだ。


「この寝室もだいぶ賑やかになったぁ。最初は俺とアスティだけだったのに、今はミーアもいて、クソトカゲもいるし」

「『……クソトカゲとは誰のことか? 我はいたくてこんな場所にいるわけではないんだが』」


 壁に立てかけたドラゴンの聖剣がカタカタ揺れて文句を言った。昨日、聖剣化したヒュードランだ。抜き身だったので、今は余ってた鞘をあてがって、ちゃんと安全にも気を配っている。


 俺は書類を確認しつつ、ヒュードランに話しかける。


「気にすんなよ。ドラゴンは長命だろ? 長い人生のなか、ちょっとの間、人間の剣として過ごすのもオツじゃないか」

「『普通のドラゴンには人間の剣として過ごす期間などないのだが!?』」

「だから気にすんなって。アスティをさらったお前が悪い」

「『まだ怒ってるのか!? せめて討伐隊の人間共を負傷させた件について怒っててくれ……!』」


 なんて話をしていたら、ミーアがトコトコと聖剣の方へ近づいていく。そして興味深そうにじぃーっと見つめ始めた。柄のドラゴンの顔をした意匠の目が光り、ヒュードランは戸惑う。


「『な、なんだ? 人間の小娘よ。我に何か用か?』」

「ねえねえ、レオ。この剣って本当はドラゴンなんだよね?」

「ああ、そうだぞ。昨日、とっ捕まえたんだ」


 ドラゴン討伐に行ったことはすでにミーアには話してある。


「ふーん……」


 まじまじと見つめると、ミーアは手にしていたクッキーを差し出した。


「食べる?」

「『餌付けかっ!? 誇り高きドラゴンが小娘の手から餌など食うか!』」

「えー、食べないの? アスティお姉ちゃんのクッキー、美味しいよ?」

「『ドラゴンはクッキーなど食わん! 誇り高き我らはそもそも無限に近い魔力を内包しているから下等生物共のように食事など必要ないのだ!』」

「聖剣化した今は俺の魔力も供給してるしな。あとよく見ろ、ミーア。こいつ、剣だからそもそも口がないぞ」

「あ、本当だ」


 またまじまじと聖剣を見る、ミーア。


「つまんなーい」


 そう言うとクッキーは自分で食べ、聖剣のドラゴンの顔部分を指で突つき始めた。


「『ちょ、やめっ、なんだ? おいやめろ! なんのつもりだ、小娘!?』」

「えいえい」

「『虫か!? 幼児がいたずらに虫を殺すような所業か!? おい魔王っ、いや主よ! この幼児を止めろ!』」

「ミーアは10歳だから幼児って年齢ではないと思うぞ」

「『ならなおのことだろう!? アリスティア、止めてくれ! 我を助けて……!』」

「あはは。ほらミーアちゃん、ヒューちゃんが嫌だって。仲良くしてあげて?」

「はーい」


 アスティに言われて、素直に突つくのやめる、ミーア。ドラゴンがまるでペットのような扱いだった。


「『ドラゴンとしての我の尊厳が粉々だ……。地獄かここは……っ』」

「まあ、アスティをさらったお前が悪い」

「『それはもういい! もう言わないでくれ、なんか怖い!』」


 と、しゃべりながらだが、書類の確認が終わった。

 すぐにミーアにまわしてもいいけど、アスティと紅茶を飲んでるみたいだから、ちょっと待っておこう。


「アスティ、俺にもいいか?」

「はいはーい。レオはハーブティーだよね?」

「ああ、それで頼む」


 こっちも小休止だ。

 アスティが淹れてくれたハーブティーを飲んで、ほっと一息。


 ただ、そうして休んでいると、どうしても2週目の俺について思考が向いてしまう。アスティに紅茶のおかわりを淹れてもらっているミーアを見ていて、ふと思った。


 ……2週目のあいつ、何度かミーアの名前を出してたな。


 なんだったっけ?

 ええと、確か……。


 ――ミーアの言ってた通り、ここは3週目の世界なのか……っ。


 ああ、そうだ。

 あいつは3週目世界についてミーアから聞いていたらしい。


「違和感があるな……」


 2週目世界がどんなところだったのかは分からない。しかしおそらくは今の3週目と大差はないだろう。ミーアはヒュードランとのやり取りからも分かる通り、まだまだ子供だ。21歳の俺に対して、世界規模の助言をするようには思えなかった。


「……まさか」


 ふいに馬鹿げた妄想のようなものが思い浮かんだ。

 21歳の俺は立ち去る際、魔王の息の根を止めておく、とか言っていた。あとは記憶の流入がどうとかも言っていた気がする。


 まさか太古の魔王の記憶が流入して、ミーアが魔王になったりとか……。


 馬鹿々々しい。

 色々考えすぎて妄想が膨れ上がってる。


「レオもクッキー食べる?」


 呼ばれて視線を下げると、ミーアがクッキーの皿を持ってきていた。ふっと肩から力が抜け、俺は一枚つまんだ。


「ありがとな」

「なんか難しい顔してたよ? 新しいお仕事?」

「んー、いやちょっと考え事してたんだ」

「考え事?」

「ミーアが魔王になったらどうしようってさ」

「あたしが魔王?」


 一緒にクッキーをつまみながら、ミーアは笑いだす。


「あたし、そんなのじゃないよ」

「だよな。冗談だ。忘れてくれ」

「あたしは魔王じゃなくて、2週目の時の女神、、、、、、、、だもん」

「そうだよな、ミーアは魔王じゃなくて2週目のめが……」


 突然、会話のなかに妙な違和感が入り込んできた。


「……は?」


 思わずミーアの顔を見る。

 すると10歳の少女は屈託のない顔で笑った。


「1週目の世界が滅んだ後、2週目の世界を作った先代の女神――それがあたしだよ?」


 俺の手からクッキーがぽろりと滑り落ちた。

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