第30話 未来のレオ、ループ現象を語る

「この世界はループしてるんだよ」


 アスティにチョップを食らって敗北した後。

 漆黒の騎士はあぐらをかき、そう話し始めた。


 アスティに『よく分かんないけど、まずはケンカしないでお話ししなさい!』と叱られたためだ。あっさり言うことを聞く辺り、こいつ、めちゃくちゃアスティに弱いな。


 まあ、俺もびっくりするくらい他人の事は言えないが。ってか、他人っていうか自分だしな、たぶん。


 俺は漆黒の騎士の正面で同じくあぐらをかき、アスティはその横で女の子座りをしている。ヒュードランたちは訳も分からず、遠目から見守っている状態だ。多少距離があるので、こっちの会話の内容までは聞こえていないだろう。


 21歳の俺はチョップされた頭をさすりつつ、言葉を続ける。


「1週目の世界にいたのがどんな奴なのかは、俺もアスティも知らない。でも結果的に1週目の世界は滅びたんだろうな。それで俺たちの2週目の世界が生まれた」

「……へえ。特定の観測者によってループしてるんじゃなく、世界そのものが繰り返されてるってことか」

「そういうことだ」

「?? レオ、意味分かるの?」

「なんとなくな」


 ループだのなんだの知識は前世の記憶で多少知見がある。


「今の俺たちの3週目の世界があるってことは、お前らの2週目の世界も滅びたってことでいいんだな?」

「……俺はそんなことになってるとは思わなかった。でもこうして3週目の俺が目の前にいるってことは……」


 漆黒の騎士は唇を噛む。

 その表情が答えになっていた。


 もう遠回しに訊く意味はない。

 正面から俺は尋ねる。


「お前ら、魔王に敗けたのか?」


 深淵の魔術師ダグラスは『太古の魔王』が蘇ると言っていた。21歳の俺もさっき『魔王の復活まではまだ3年ある』みたいなことを言っていたと思う。


 もしも2週目の世界が滅びたとすれば、その辺りが要因と考えるのが自然だ。しかし騎士は軽く首を振る。


「いや魔王との戦いは問題なかった。かなりてこずったが、どうにか勝ちをもぎ取れた。俺は剣神の領域に入ってたし、四大聖騎士もいて、アスティも聖女として目覚めてたからな。致命的だったのはその後だ」


 話を聞きながら俺は思考を巡らせる。

 魔王が滅びのきっかけではないとすると、あとは……ああ、そうだ、こいつはそれらしい単語を口にしていた。


終焉の極宴壊ラグナティア?」


 俺の問いかけに騎士は苦笑いを浮かべる。


「本当、俺相手だと話が早いな。臣下たちやミーアに話した時は理解してもらうのも一苦労だったんだぞ」

「臣下たちやミーアに話したって言ったな? ……父上や母上には?」

「……お前の想像通りだ」


 ああ、そうか。

 王都が戦火に巻き込まれた、みたいなこと言ってたな。

 父上や母上は魔王に侵攻された時か何かに犠牲になってしまったんだろう。


 ――と、ふと気づいたような顔で、騎士はあご先に手を当てた。


「ああ、そうだな……今の俺が17歳ってことは復活こそ3年後だけど……記憶の流入はもう始まってるかもしれないのか。だったら今のうちに魔王を始末した方がいいな。そうだ、どう考えてもこっちの方が急務だ」


 そう言って、騎士はいきなり立ち上がった。


「ちょっと野暮用ができた」

「は? おいおい、冗談だろ」

「本気だ。とりあえず、この3週目の魔王を捜し出して息の根を止めておく。まずは俺の新しい剣を調達しなきゃな。愛用の水晶剣は2週目の戦いで魔王に折られたし……あ、3週目だから水晶剣も復活してるか。でもまた古代ダンジョンに潜るのはダルいなぁ」

「いや勝手に話進めんな! まだ気になることが山のようにあるんだぞ!?」

「まあ、お前ならだいたいニュアンスで分かるだろ?」

「分かるか! 多少は想像がつくけど、説明はしろよ!? だいたい何よりも――」


 つられて立ち上がり、漆黒の騎士に問う。


「――この先、俺たちの3週目世界はどうなるんだ?」


 それが根本的な問題だ。

 おそらく目の前の2週目世界の俺は何かに失敗した。

 魔王は倒せても、その先の何かにぶち当たって、世界は崩壊したのだ。


 この先、俺たちの世界にも同様のことが起きれば、世界はとんでもないことになってしまう。そしてたぶん、これは杞憂じゃない。魔王が蘇るのなら、世界を滅ぼす何かだっておそらく起きる。


 乾いた風が吹いていた。

 漆黒のマントが揺れ、未来の俺は浅くうつむく。


 その視線の先にはまだ地面に座っている、アスティ。

 穏やかな表情で騎士は言った。


「……守るさ。今度こそ」

「??」


 たぶん話についていけてないのだろう、アスティは困った顔で首をかしげた。騎士は苦笑を浮かべ、身をひるがえす。マントをたなびかせ、そのまま勝手に歩きだした。


 いやいや待てっての……!


「おい!」

「2日後だ」

「あ?」

「2日後に王宮にいく。その時に話の続きはしてやる。ただし」


 肩越しに冷たい視線が向けられた。


「その時にアスティの力はもらうからな」

「……誰がやるかよ」

「はは、せいぜい首を洗って待ってろ」


 騎士の視線はそのまま俺の隣へ。


「またな、アスティ」


 ひどく優しく笑い、騎士は指をパチンッと鳴らした。すると魔力の光が輝き、一瞬にして姿が消え失せた。


 ……瞬間移動の魔術か。


 現在のフェリックス王国では失われたとされる、超高位魔術だ。正直、今の俺にも出来ない。スキルも魔術もないから剣技を極めたとか言ってたくせに、さらっと瞬間移動の魔術を使いやがった。


「逆に言えば、あれぐらいさらっと出来なきゃならない戦いがこの先あるってことか……」


 頭が痛くなってくるなぁ。

 と思っていたら、本当に痛くなってきた。

 でも頭じゃない。頬だ。ふと見たら、アスティに頬っぺたをつねられていた。


「レ~オ~?」

「ふぇ? にゃんだ? にゃに怒ってんにゃ?」

「なにネコさんの真似なんてしてんの!? 可愛い子ぶってもダメなんだからね? 確かにちょっと可愛いけども! ナデナデしてあげたくなる感じだけども!」

「いやアスティがつねってるからだっての!」


 17歳にもなってネコの真似で可愛い子ぶってるなんて思われたくない。慌ててアスティの手から逃げる。しかしまだお怒りは収まらないようだ。


「今のお話、あたし何から何までぜーんぜん分からなかったんですけども!」

「あー、まー、そうだよなぁ……」


 まさか『異界の神』を呼び出す魔法陣から21歳の俺が出てくるなんて、アスティにしてみたら、そりゃワケが分からないだろう。


 あいつは自分のことを『フェリックスの剣神』と言っていたし、おそらくそれが魔法陣と呼応して、この3週目世界と『狭間』とやらが繋がったのだろう。実際、あいつなら魔王を倒せるらしいから、ダグラスの目論見からも外れてはいない。


「あたしにはさっぱりだったけど、レオは何か理解できた風だったよね?」


 じぃーっと見つめられる。

 まあ、確かになんとなくは理解できた。


「あと、レオのスキルのこと、なんかあたしからもらったみたいな話になってなかった? レオは女神様からもらったって言ってたのに」

「……あ」


 そうだった。

 フェリックスの女神がアスティにそっくりだったこと、まだ言ってなかったな。とくに理由があったわけじゃない。ただ本能的に俺はその事実をアスティに伏せていた。


「あたしに何か言ってないことがあるでしょ?」


 なるほど、お怒りの理由はそこか。

 確かにもう黙ってられる状況じゃないんだろうな。

 それに俺が転生者だってことも話すべきなのかもしれない。


「分かった。ちゃんと話す。って言っても、一言二言で終わる程度のことだけどな……」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


これで第二部終了です。

明日から第三部に入ります。

もうちょっとだけお付き合いいただけたら嬉しいです。


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