第29話 2週目のレオ VS 3週目のレオ

 洞窟の天井が消し飛ばされ、頭上には青空が見えている。

 それを成したのは、まるで天を掴むように右手を掲げている、漆黒の騎士。


 俺と同じ顔をし、アスティと同じ髪色をした、21歳の俺。


 青空を見上げ、ヒュードランが唖然と声を漏らす。


「『なんの魔力も感じなかったぞ……! まさかただの物理攻撃でここまでの破壊を成したというのか!? 信じられん。これはもはや人間の領域ではない……っ』」


 漆黒の騎士はは余裕たっぷりの表情で俺に言う。


「勝てないと思ったら逃げてもいいぞ?」


 あまりに馬鹿げた台詞だ。

 俺は苦笑いで肩をすくめる。


「立場が逆だったら、お前は逃げるのか?」

「あー、答えるまでもないな」

「じゃあ、聞くまでもないことだ」


 間合いを計り、ゆっくりと横に歩きだす。

 アスティを戦闘の余波に巻き込まないためだ。


 相手からすれば格好の隙だが、あいつは攻撃してこないだろう。アスティの安全が担保できる距離までは手を出してこない。それは確信できる。


「レ、レオ……」

「アスティ、そこから動かないでくれ」

「でも……」

「大丈夫だ。すぐに片をつける」


 十分に距離が空いた。

 聖剣を構え、俺は地面を蹴る。

 景色が風のように流れ、騎士が素早く右手を掲げた。


「俺の技量が飛躍的に上がったのは、魔王復活の兆しが見え始めた18歳以降のことだ。今のお前じゃ、到底俺には届かない。アスティは――俺が安全な場所に連れていく!」


 ギリギリ目で捉えられるかという刹那の間に右手が縦に振られた。地面を斬り裂いて強大な一撃が来る。


 まともに受ければ叩き斬られて終わりだろう。

 だがこっちの聖剣も伊達じゃない。


「頼むぜ、セリア!」


 ありったけの魔力を込めて、『女神の嵐の聖剣』を突き出した。稲妻と烈風が渦を巻き、不可視の斬撃に直撃する。


 千のガラスが一瞬で砕けるような音が響いた。


 騎士の放った斬撃が砕け、俺の聖剣が突き進む。


「――っ!?」


 漆黒の騎士は一瞬瞠目し、両手で構えを取った。まったく視認できないが、確かに剣の気配を感じる。俺は突きから斬り下ろしへと体勢を変え、鋭く斬り掛かる。


 不可視の斬撃と女神の聖剣がぶつかり合った。


「これは……っ」

「事故で死にかけた時にフェリックスの女神からもらった力だ」

「女神からだと!? じゃあ、力はアスティじゃなくてお前が……!?」

「勝てないと思ったら逃げてもいいぞ?」


 意趣返し代わりにニヤリと笑い、鍔競り合いの状態から稲妻を放った。騎士は「ちぃっ!」と舌打ちしてマントをひるがえし、後ろへ距離を取る。


 稲妻はマントによって跳ね飛ばされた。

 どうやら防御用の魔術道具らしい。

 セリアのスキルを跳ね飛ばすなんて、伝説級の道具なのだろう。


 漆黒の騎士は構え直しつつ、苦々しく歯噛みした。


「アスティは過去の自分じゃなく、過去の俺を助けるために力を分け与えたってことか……ったく、なんでそんなことするんだよ」

「でも、アスティならしそうだろ?」

「同意見なのが腹立つっての」


 ゆらり、と騎士の体から敵意がにじみ出る。


「けど、助かった。逆にやりやすいからな。自分から無理やり力を奪ったって心は痛まない」


 へえ、言ってくれるな。

 俺も聖剣を構え直す。


「お前がこの力を欲しがってるのは分かった。でも簡単に奪えると思うか?」

「…………」


 値踏みするような視線。


「……剣技は俺の方が上。だがアスティの力が上乗せされてる分、互角ってとこか」

「俺も同じ見立てだ。なるほど、自分と同じ顔した奴と同意見ってのはなんか腹立つな」

「使ってるのはセリアの『嵐のスキル』か。ってことは他者のスキルを借りて武器にできる力って辺りだな」


 ……ふうん。

 俺は内心で声をこぼす。


 騎士の推測は当たらずとも遠からずである。つまりビンゴではない。

 どうやら女神の聖花を導く者ルナ・アーク・ブレイドについての知識はないようだ。


 あいつはこの世界を差して『3週目』と言った。

 おそらく1週目と2週目にはこの聖剣のスキルはなかったんだろう。


 ……フェリックスの女神が介入したことで変わったんだろうな。


 予感がしていた。

 いやもう確信だな。


 この先、俺とアスティにはとんでもない面倒事が降りかかってくる。


 あの21歳の俺はその面倒事の向こうにいるのだろう。色々事情があるのは察することができた。何かの理由でこの聖剣のスキル――女神の力が必要なんだろう。


 だがこの先のことを考えると、俺もおいそれとスキルを手離すことはできない。


 自分だからこそ分かる。

 あいつは何がっても退かない。

 だったら正面から斬り伏せるしかない。


「……どうやら考えてることは同じみたいだな」


 俺の表情を見て、未来の俺が苦笑した。

 こっちも肩をすくめて答える。


「話が早くて助かるだろ?」

「ああ、違いない」


 もう言葉はいらない。

 ブロンドとマントがたなびき、漆黒の騎士から膨大な殺気が放たれた。

 俺も極限まで魔力を高め、聖剣の刀身が白銀色に輝いていく。


「お前がここで死んでも、こっちのアスティは俺が守るから安心しろ」

「21歳のおっさんにウチのアスティを任せられるか。お前こそ、死んでも俺を恨むなよ」


 軽口を言い合い、同時に地面を蹴った。

 不可視の轟音や魔力の光がきらめき、やがて両者がぶつかり合う――その寸前。


「こらーっ! なんか分かんないけど、ケンカしないのーっ!」

「ちょ、アスティ!?」

「おま、危ないだろ!?」


 いきなりアスティが間に割り込んできた。

 騎士と俺は大慌てで攻撃体勢を解除。

 殺気は霧散し、聖剣の光も弾けて消える。


 直後、まるでそれが分かっていたかのように、アスティのチョップが炸裂。


「悪い子たちにはおしおきです。天誅ーっ!」

「「あ痛ぇっ!?」」


 フェリックスの剣王と剣神はこうして幼馴染の一撃で敗北した。

 

 ちなみに一連の様子を見て、ヒュードランとダグラス、檻のなかの女性たちは呆然としている。


「『な、なんなのだ、一体……』」


 いやそれは俺も言いたい。

 あいたたた……。

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