第28話 対峙するは、フェリックスの剣神

 魔法陣から揺らめいていた黒い光が消えていく。

 だがそこから現れた者の存在感はどうあっても消えはしない。


 俺と同じ顔で、アスティと同じ髪の色をした、漆黒の騎士。


 魔術の松明に照らされた洞窟のなかで。

 そいつはまるで故郷を失った獣のように吼えた。


「どこだ!? アスティ――ッ!」


 その呼び声に対して、つい声を漏らしてしまったとして、責めることなんてできない。


「え……」


 アスティは目の前の俺と、漆黒の俺を視界に収めて、呆然とつぶやいた。


「レ、レオ……?」


 その瞬間だ。

 もう一人の俺が勢いよくこっちを見た。


 先程の獣じみた雰囲気とは裏腹に、その瞳には確かな理性の光があった。そしてアスティに気づいた途端、もう一人の俺の両目が大きく見開かれていく。


「アスティ? 本当に……アスティなのか!?」


 普通に話しかけてきた。

 アスティは戸惑いながらもうなづく。


「え、あ、うん、あたしだけど……」

「良かった……っ。ああ、やっと逢えた……! アスティ!」


 顔をほころばせてそう言うと、銀の意匠が施された漆黒の鎧を揺らし、感極まった表情で駆けてくる。


「見ろよ、俺、まだ死んでないだろ!?  終焉の極宴壊ラグナティアはまだ閉じてないんだ。ミーアの言ってた通りさ。俺はまだ戦える。だから大丈夫、大丈夫なんだ……っ」

「え? え? なに? どういうこと?」


 ワケの分からないことを言いながら近づいてくる、漆黒の騎士。

 アスティはただただ戸惑っている。だから俺は2人の間に割って入った。


「待て、コラ」


 アスティを背中で庇い、騎士に対して聖剣を突きつける。


「勝手にアスティに近寄るな。誰だか知らないが、たたっ斬るぞ?」

「……あん?」


 漆黒の騎士はガシャンッと音を立てて足を止め、こっちを見ながら眉を寄せる。


「……俺?」

「それはこっちの台詞だ」

「お前……レオンハイド・ジータ・ウィル・ハルバート・フェリックスなのか?」

「そっくりそのまま同じ台詞を返してやるよ?」

「なんで……俺以外に俺がいる?」


 騎士は戸惑うように眉を寄せ、再び俺の背後のアスティへ目を向ける。そして今気づいたという様子でつぶやいた。


「若い……? いや幼いのか……っ」


 その視線は今度は俺の方へ。


「おい、俺! いやお前、いま何歳だ!?」

「……17歳だよ」


 素直に答えたのは、俺にもおぼろげに思うところがあったからだ。


 俺にスキルを与えた、フェリックスの女神。

 あの女神はアスティにそっくりだった。

 しかし俺の知っているアスティより少し……大人びているように見えた。


 そして目の前の漆黒の騎士も俺にそっくりだ。

 しかもよく見たら俺より――少し大人びいるように感じる。


「クソ……ッ」


 俺の年齢を聞いた途端、騎士は表情を歪めた。


「そういうことかよ……っ。ミーアの言ってた通り、ここは3週目の世界なのか……っ」


 ……は?

 おいおい、マジか。

 3週目だって?


 久々に前世の記憶が役立ちそうな単語が出てきて、俺は顔をしかめる。


 そして漆黒の騎士は複雑そうな目で、俺の背後のアスティを見つめた。


「じゃあ、君は……」

「お前のアスティじゃないらしいな」

「――!」


 俺の言葉に対し、騎士が片眉を上げた。

 あまり愉快ではなさそうだ。


「……状況を察したってとこか、17歳の俺?」

「完全な理解はまだできない。情報が少なすぎるからな。でもなんとなくの大枠を察するには十分だ。で、お前はいくつなんだよ、俺?」

「21歳だ。まあ、『狭間』に長くいたせいで年齢なんてもう関係なくなってるけどな」


 ……ったく、ラグナなんちゃとか『狭間』とかワケ分からんこと言いやがって。


 俺が微妙な気分になっていると、背後からアスティが声を上げた。


「ね、ねえ、どういうことなの? その人、なんでレオにそっくりなの? なんかぜんぜん他人って感じがしないし、むしろ……レオな気がしちゃってるんだけど、でもレオはレオだし、レオがもう一人いるわけないし、本当にどういうこと!?」

「……ごめんな、アスティ。混乱させちゃって」


 ふ……っと騎士の表情が和らいだ。

 深い慈愛を感じさせるような、優しい笑みだった。


「ちゃんと全部説明するから安心してくれ。でも先にこっちの用事を片付けさせてくれ」


 そうして21歳の俺は右手を差し出した。

 決して威圧的ではなく、むしろ気遣うように。

 たとえば俺がアスティに頼みごとをする時のような自然さで。


「君の力を俺にくれ。女神の力が揃えば、今度こそ俺のアスティを迎えにいける」


 洞窟の砕けた天井から風が吹き、騎士のブロンドの髪がほのかに揺れた。


 17歳の俺は黒髪だ。

 一方、21歳の俺はなぜかアスティと同じ金色の髪になっている。


 女神の力……か。


 聖剣の柄を握り直し、俺は思考する。

 21歳のこいつ、たぶん何か勘違いしてるな。


「あたしの力って……あたし、特別な力なんて何も持ってないよ? 預言で将来、聖女になるって言われてるけど、まだ修業中だし、それに――」


 それに特別な力、っていうかスキルを持ってるのはアスティじゃなく、俺の方だしな。だが騎士は引く様子がない。俺が突きつけていた聖剣の切っ先を無造作に避けて、アスティに近づこうとする。


「たぶんまだ目覚めてないんだろうな。大丈夫、俺がいくつか方法を知ってる。魔王の復活まではまだ3年あるし、そういうことならまずは王都から離れよう。スウェイン領なら戦火が及ぼないことが確定してるから、そこでしばらく過ごせばいい。あとはそうだな……」

「や、あたしは……」

「待てよ」


 一方的に話を進めようとする騎士に対して、俺はその肩を掴んだ。静かな苛立ちを込めて、大人びた自分の横顔を睨む。


「お前、アスティを厄介事に巻き込もうとしてるな?」

「逆だ。アスティを危険から遠ざけるんだよ」

「今、王都から離れるって言ったろ? アスティの今の生活を壊す気か?」

「この先、王都は戦火に包まれる。お前なら俺の言ってる意味がわかるはずだ」

「わかんねえよ。アスティの日常を傷つけることは俺が絶対許さない」

「そうか。まあ……俺ならそう言うか」


 騎士は小さくため息をこぼす。

 そして突然、右手を虚空へ掲げた。


「だったら、力づくだ」


 五指を弾くように右手が一閃。

 直後、不可視の斬撃が洞窟の天井を斬り裂いた。


 魔力の光は灯っていない。

 つまりスキルでもなければ、魔術でもない。

 だというのにまるで『女神の嵐の聖剣』の如く、洞窟が切り刻まれていく。


 斬撃は逆巻く雨のように疾走し、そして――山が弾け飛んだ。


 アスティやヒュードラン、ダグラスや檻のなかの女性たちが愕然とする。漆黒の騎士の斬撃は洞窟の天井とその上の山をすべて消し飛ばし、平らになった元・洞窟の上空に青空が広がった。


「俺は四大聖騎士みたいなスキルなんて持ってなかったからな。魔王を倒すために悩みに悩んで、剣技を極めることにした。そしてその果てに――純粋な剣技のみでスキルの領域を超えたんだ」


 鮮やかな陽射しのなかで、漆黒のマントが揺れる。


「斬撃を極めれば、無刀でもこれくらいのことはできる。おかげでついた通り名は『フェリックスの剣神』」


 途方もない『異界の神』と化した俺が、指先を突きつけてくる。


「この力を止められるか? 過去の俺」

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