第21話 女神の嵐の聖剣

 幸い、ブレスを喰らった冒険者たちに死者は出ていなかった。隊列のなかに魔術師が何人かいて、とっさに防御呪文を使ったらしい。さすがは王都のギルドのメンバーたちだと言えるだろう。


 アスティがドラゴンに連れ去られて、まだ1,2分といったところか。


 今、冒険者たちは荒野の真ん中で慌ただしく移動の準備を始めている。俺のまわりにはトムやセリアがいて、この辺りの地図を広げていた。


「ドラゴンが飛び去った方向からすると、奴の巣はおそらくここか、ここ。北の岩場のどこかだと思うぜ」

「奴は『我が主人』と言っていました。おそらくあのドラゴンは何者かに使役されているのでしょう」

「ってことは……ドラゴンの本拠地はこっちの可能性が高い。もう一方の岩場はほぼ崖だから、ドラゴン以外の奴は生活できないはずだ」

「では、アリスティア殿はここに連れ去られたということですね」


 トムとセリアは意見を出し合い、ドラゴンの行く先に当たりをつけたようだ。俺は2人の議論に口を挟まない。代わりに幽鬼のようにゆらりと地図を覗き込んだ。


「リック?」

「レ……リック様?」

「ここか。この方向にアスティとクソトカゲがいるんだな?」


 地図には今し方、トムが赤印をつけていた。

 その場所を頭に叩き込み、俺は青空を睨む。


「アスティを助けにいく」

「お、おう。もちろんだぜ! 今、討伐隊を再編してる。あと30分もすりゃ動きだせるから、お前の想い人を助けにいこう!」

「違う。30分も待ってられない。今すぐだ」

「へ? いやでも……」

「セリア」


 斜めに首をかたむけ、俺はセリアを視界に収めた。


「スキルを借りるぞ」

「はい? 借りるとはどういう――きゃっ!?」


 俺はゴオッと魔力を迸らせ、セリアの胸の中心へと手を伸ばす。

 意外に可愛い悲鳴を無視し、そのまま手を突き入れていく。セリアの体がビクンッと跳ね、トムは「リ、リック!? な、なんなんだ!?」と腰を抜かした。


 セリアの胸には俺の魔力の光が輝いている。

 その光のなかへ手を差し入れているという状況だ。


「あっ、あっ、あっ……入ってくる! 我が王が私のなかへ入ってくる……っ!」


 俺のスキルは森羅万象を聖剣にする。

 ならば他者のスキルを聖剣にすることだってできるはずだ。

 いや、する。

 たとえできなくても、する。

 しろ。なれ。変われ。聖剣になれ。


 アスティが待ってるんだ――ッ。


女神の聖花を導く者ルナ・アーク・ブレイド!」

「あああ――ッ!」


 セリアの胸の光から聖剣が引き抜かれた。

 稲妻と風の意匠が刻まれた、白銀色の剣だ。


 セリアはガクガクと痙攣し、その場に倒れ込む。それを手で支え、草の上に寝かすと、彼女はうっすらと瞼を開けていた。


「レ、レオ様、それは……」

「セリアのなかから引き抜いた、『女神の嵐の聖剣』だ」


 教会ではスキルは『女神から贈られた祝福の花』だと言われている。

 だからだろうか。感覚的にわかった。スキルを形にした聖剣は、おそらく普段の聖剣より明らかに強い。


 本物の嵐を聖剣にした『嵐の聖剣』があったとして、それが元の数千倍だとすれば、セリアのスキルを聖剣にした、この『女神の嵐の聖剣』は数万倍といったところだろう。


「わ、私のなかに手を入れて、スキルを引き抜くなんて……貴方はなんて途方もないことを……」


 俺がスキルに目覚めて事故のケガから回復したことは四大聖騎士には伝えてある。しかし具体的なスキルの形は今初めて見せた。驚くのは当然のことだった。


「聖騎士セリア、お前は俺の剣だ。問題あるか?」

「いいえ……」


 セリアは頬を染め、どこか熱に浮かされたような笑みを浮かべる。


「……本望です。我が王よ」

「よし」


 聖剣を握り締め、俺は大地を踏み締めて歩きだす。


「しばらく休んでろ。すぐに戻る」

「リ、リック!」


 腰を抜かしたまま、トムが俺を見上げていた。


「スキルだとか聖剣だとか……お前一体何者なんだ……?」

「何者でもないさ」


 今の俺はただ好きな子を助けたいだけの幼馴染だ。

 そのためには――。


「まずはあのクソトカゲをぶった斬るッ!」


 空を睨み、俺は『女神の嵐の聖剣』を瞬時に振り下ろす。

 直後、爆発的な魔力の光が迸り、大河のように巨大な稲妻が空を駆け抜けた。



              ◇ ◆ ◆ ◇



 あたしはドラゴンに捕まえられたまま、空の上。

 鱗に覆われた指がローブの体を押さえつけ、激しい風に髪が煽られている。


 そのなかであたしはなんとかこのドラゴンさんを説得しようとしていた。


「ねえ、ドラゴンさん! 元の場所に戻って! 今ならまだ間に合うから。や、本当はレオのあの表情的にはだいぶ手遅れだとは思うんだけど、それでもあたしがご機嫌直してみせるからっ。だから、ね? ね? このままだとドラゴンさん、きっと三枚に卸されちゃうよ!」

「『ふははは、何を言っている、小娘。確かにあの女騎士の一撃には不覚を取った。しかし見ろ、我が肉体はすでに再生している。これがドラゴンの生命力だ!』」


 その言葉通り、セリアさんの攻撃の傷はもう治り始めているようだった。シュウッと煙が上がり、ドラゴンさんのあちこちで肉体が回復しようとしている。でも、そうじゃない。あたしが言いたいのはそういうことじゃないの。


「レオって普段はすっごく優しいし、悪い人にも手加減するようにしてるんだけど、あたしを傷つけようとした相手にはぜんぜん違うの。ベッコベコのボッコボコにしちゃうし、泣いても謝っても許さないし、ドラゴンさんもきっと死ぬより辛い目に遭わされちゃう! だから今のうちに戻ってごめんなさいして。お願いだから!」

「『何を言うかと思えば、下らんことを。先程の女騎士には後れを取ったが、この我がベッコベコのボッコボコにされるなど、あるはずがない!』」


 ドラゴンさんは大きな口で大きく笑う。


「『それよりも貴様は自分の心配をすることだな。我はこれから貴様を主の元へ連れていく。清き乙女を献上するという契約だからな。これで晴れて我も自由の身よ。不憫だが貴様は主の魔術の贄となって――なぁ!?』」


 突然、ものすごい風が吹き荒れた。ドラゴンさんの巨体が揺れるほどの突風。そのせいでドラゴンさんは体勢を崩し、長い首で後ろを見る。


「『な、なんだ!? このとてつもなく攻撃的な殺気は……!?』」

「あー……間に合わなかったぁ」


 あたしはがっくりとうな垂れる。

 その直後、まるで大きな河みたいな稲妻が後方から炸裂した。


「『ぎゃああああ!? な、なななななんだこれは!?』」


 稲妻が鼻先をかすめ、ドラゴンさんは大慌て。

 見ただけでわかる。今のはセリアさんのよりさらに大きくて強い稲妻だった。


 つまりこれは……。


「――アスティを返せ」


 おとぎ話の魔王のような低い声が頭上から聞こえた。

 ドラゴンさんとあたしは同時に空を見上げる。


「『あ、あれは人間……なのか!?』」

「わー……」


 そこには白銀色の剣を持った、レオがいた。

 普通に宙に浮いている。手にしているのはたぶんセリアさんのスキルで作った聖剣だと思う。


 それにしても……顔がすっごく怖い。

 威圧感が迸っていて、本当に魔王みたい。ドラゴンさんが人間かどうか疑うのも無理ないと思う。


 絶対零度の瞳でドラゴンさんを見下ろして、レオはゆらりと聖剣を構えた。


「死ね。アスティを返せ。そして死ね」

「あー、待って待って! あたしは無事だから――」

「『――!? ぎゃああああああっ!?』」


 止める間もなく、巨大な槍みたいな形になった突風がドラゴンさんの背中に突き刺さった。


 あーもう!

 なんでこうなっちゃうの!?


 衝撃で前脚が離れ、空中に放り出されながら、あたしは頭を抱えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る