第16話 星が輝き、王子は聖女とキスをした

 すまない、ちょっと待ってほしい。


 正直に言おう。俺は今、はちゃめちゃに混乱している。落ち着け、落ち着くんだ。今、アスティはなんて言った?


 ――レオが……あたし以外の女の子を好きになっちゃうかもしれないのは……やなの。


 これ俺が好きなのはアスティだって前提の物言いだぞ!?

 俺の気持ち、思いっきりバレてんじゃねえか!


 や、まあ確かにそこまで必死に隠してたつもりはない。つもりはないが……なんていうか、アスティとの間にはそれをおおやけにしないという暗黙の了解みたいなものがあった気がするんだ。なのに、いきなりそのちゃぶ台をひっくり返されてしまった。


 これはつまり、アスティも俺のことを……?


 とにかく冷静に話を聞くべきだ。夜空の下、俺はやや視線を逸らしながら尋ねる。


「ど、どうしたんだよ? そんな突然……」

「だって……」


 何とも言えない空気だ。

 しかし長い付き合いなので、分かることもある。


「まさか本当に、ミーアにヤキモチ妬いたわけでもないだろ?」

「……ん」


 小さなうなづきが返ってきた。

 アスティも俺同様、視線を逸らして口を開く。


「レオさ、女神様からスキルもらう前にもちょくちょく町に出てたよね?」


 その通りだ。アスティと一緒に来たのは今回が初めてだが、俺は冒険者のリック・フェリスとしてよく町に来ている。


「もしかしてだけど……ううん、レオのことだから間違いなく、今回のミーアちゃんみたいに色んなところで人助けとかしてたでしょ?」

「あー、やー、そのー……」


 やっべ、と思ってつい口ごもってしまった。わりと図星である。しかもアスティには以前から『危ないからお忍びで町にいっちゃダメ』と止められていた。にもかかわらず、ジグアスの屋敷での大立ち回りのようなことは実際、たまにやってしまっている。


 まあ、スキルがなくても剣技や体術でどうにかなるし、国民が困ってたら黙っていることはできない。


 しかしアスティのお怒りポイントはそこではないらしい。


「もうこの際だから、レオがそうやって人助けするのは諦めることにする」

「お、おお、諦めてくれるのか……」

「今はスキルもあるから安心だしね。でも……」

「でも?」

「……うー」


 今度はアスティの方が口ごもった。

 しかしすぐに力いっぱい断言。


「……今日のミーアちゃんみたいなことがあったら、助けてもらった女の子はレオのこと好きになっちゃうもん!」

「や、そんなことは……っ」

「そんなことは?」


 まるで尋問のようにギンッと睨まれた。

 ひぃっ、と俺は仰け反る。


「……な、ないっす」

「本当に?」

「……本当にないっす」

「女神様に誓える?」

「誓える……けれども、そもそも!」


 もうこうなったら破れかぶれだ。

 アスティが踏み込んでくるなら、俺だって踏み込むぞ。

 覚悟を決め、橋の上で俺は声を張り上げる。


「俺、好きな子いるから! たとえ他の子にどう思われても、俺はその子以外は好きにならねえから!」

「ふえっ!?」


 アスティの頬がボォッと赤くなった。


「な、ななななに言い出すのよ、突然っ」

「突然、変なこと言い出したのはアスティの方だろ!?」

「そ、それはそうだけども……っ」

「で、アスティはどうなんだよ?」

「あ、あたし!?」

「そう、あたし」


 今度はこっちがジト目で尋問。


「なんで俺がアスティ以外の子を好きになったら嫌なんだよ?」

「ちょ、ちょっと待って! その言い方だと、レオがあたしのこと好きみたいじゃない!」

「それ言い出したの、お前さんなんですけどねー!」

「そうでしたーっ!」


 やばい。

 なんかもうお互い、言っちゃいけないデッドラインを反復横跳びしている。


 橋の上には死ぬほど恥ずかしい空気が満ちていた。俺とアスティは顔を赤らめて目を逸らし合う。


 でもこの空気、そういうことだよな?

 アスティも同じ気持ちって考えていいんだよな……?


「アスティ、俺……伝えたいことがあるんだけど」

「だ、だめだよっ」


 チラリと見て俺が言うと、アスティは焦ったように首を振った。


「あたし、未来の聖女だからっ」

「わかってる……でも俺が一方的に言うのはいいだろ?」

「いやよくないでしょっ」

「でも言いたいし」

「もう言うことが目的になってるじゃない!?」

「我慢できないんだよ。だって子供の頃からだし」

「こ、子供の頃から……?」

「俺はそうだけども?」

「あ、あたしだって……」


 え、マジか。

 表面上は押し問答みたいになってるのに、かなり嬉しくなってしまう。


 一方、アスティは赤い頬を押さえて「うぅ……」と困っている。


「だけどあたし、未来の聖女だし……」


 ああ、分かってる。

 アスティの責任感は本物だ。


 聖女となる未来が預言されている以上、彼女が俺の気持ちに応えることは今のところない。それでもいい。こんな機会は二度とないだろうから、ちゃんと気持ちを伝えたかった。たとえフラれてしまうとしても、俺は――。


「だ、だからあたしから何かしてあげることは出来ないよ。でも……」


 ――ん?


「……もし、レオに強引に……キス……とかされたら抵抗できないかも。だってレオ、超強いし。あたし、か弱い女の子だし」


 んんっ!?

 え? ちょ? ええっ!?


 それ以上、アスティは何も言わない。

 ただ頬を木苺のようにしてうつむいている。


「…………」


 戸惑いはある。

 混乱で頭がオーバーヒートしそうにもなっている。


 でもここで退いたら男がすたる。

 だから俺はとっさにスキルを発動した。


「――星の光の聖剣」


 夜空に輝く星の光だけを集めて、聖なる剣に変えた。トンッとそれを橋に突き刺すと、流星のような光が大地から空へと舞い上がる。


 これで誰にも見えない。

 女神にだって見えないはずだ。


「アスティ」


 細いあごに指を添え、こちらを向かせる。


「あう」

「めっちゃ可愛い」

「は、恥ずかしい……っ」

「ははっ」

「もうっ」


 そして俺たちは――。


「好きだ」

「ん……っ」


 きらきらと輝く流星のなかで。

 こっそりと隠れるように――キスをした。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

これにて第一部終了です。

明日から毎日12時台に更新するので

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第二部ではレオとアスティがS級ドラゴン退治に向かいます。

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