第17話 レオ、キスの件で10歳の幼女に叱られる

 はてさて、今日の俺は普通に寝室にいる。

 ただし天蓋付きのベッドのまわりには、書類や簡易型の机を準備してある。

 というのも――。


「レオー、ミーアちゃん来たよー」


 コンコンと扉がノックされ、アスティがやってきた。

 その言葉通り、今日からミーアがここで働いてくれるのだ。


 名目としてはケガで動けない俺の代わりに口述筆記をする、書記補佐役。一応、城のなかではアスティの紹介ということになっている。


 働いてもらうのは、学校のない日や学校が終わった後の空いた時間。俺は第一王位継承者として、王族の仕事のいくつかをすでに移譲されている。全治1年ともなると書類仕事も溜まっていく一方なので、ミーアが手伝ってくれると実際助かるのだ。


 しかし今の俺たちがミーアを必要としている理由は、それだけではない。


「来たか……!」


 居ても立ってもいられず、俺はベッドから跳ね起きた。


 ミーアは女官の正装を子供用にしつらえたものを着ている。俺がポケットマネーで特別に作ってもらったのだ。子供特有のあどけなさと正装のきっちりした感じが相まって、非常に可愛らしい。


「えとえと……レオ王子、これからよろしくお願いしますっ」


 これから城で働くに当たって、たぶんお母さんと練習したのだろう。ぺこりとお辞儀をするミーア。そんな彼女を俺は抱き上げる。


「わあっ」

「そんなかしこまるなって。今まで通り、普通にレオって呼んでくれ。それよりよく来てくれた、ミーア! 待ってた。来てくれるのをすげえ待ってたぞ!」

「あははっ。すごーい! あたし、持ち上げられちゃった。レオ、お父さんみたい!」

「お、だったらこんなのはどうだ? ほれ、高い高ーい!」

「わー!」


 俺に高い高いをされ、ミーアはキャッキャと喜ぶ。うんうん、こういうところはまだまだ子供だな。今まではお母さんを支えて大変だったろうから、俺のそばにいる時はこうやって甘やかしてやろう。


 いやそれにしてもミーアが来てくれて良かった。本当、良かった。


 と思っていたら、ふと――アスティと目が合った。

 目がすべり、自然に桜色の唇を見つめてしまう。


「あ……」

「あっ、いや……っ」


 俺の視線に気づき、アスティがさりげなく手で唇を隠す。気づかれたことに動揺し、こっちは慌てて視線を逸らした。


 気まずいような、くすぐったいような、甘い空気が2人の間に流れる。


 正直に言うと、ここ最近、俺とアスティはずっとこんな調子である。お互い普通にしようとはしてるんだが、ふとした拍子にあの夜を思い出してしまう。


 あの夜というのは、もちろんキスをした夜のことだ。


 あれから俺もアスティも一切キスの話はしていない。しかしお互い猛烈に意識してしまっていた。おかげで2人っきりでいると、頻繁に変な空気になってしまう。


 だからずっと待っていた。

 ミーアが来てくれるのを切に待っていたのだ。


「あー、そのなんだ、ミーア。早速だけど、仕事のことなんだが――」


 ずっと脳内でシミュレートしていた通りに、俺は流れるようにミーアへと話しかけ、空気を変えようとする。しかしそこでミーアが首をかしげた。


「レオとアスティお姉ちゃん、何かあったの?」

「なっ」

「えっ」


 恐るべきは子供の勘の良さ。俺たちが思っている以上に子供は大人を見ているらしく、ミーアは俺とアスティを交互に見て口を開く。


「2人ともなんか変だよ? もしかしてケンカしたの?」

「い、いやケンカなんかしてないぞ? なあ、アスティ?」

「う、うん、ケンカとかは……してないかな?」


 おい待て、アスティ。

 赤面するんじゃない。


 キスしちゃって戸惑っているところを子供に指摘されて動揺するのはわかる。わかるけども、ここで変に挙動不審になったらミーアに動揺が伝わるぞ。


 案の定、ミーアは俺に高い高いされたまま、思案顔になる。


「んー……? ――あ、わかった!」


 名探偵が犯人を見るような目で俺を指差す。


「レオがアスティお姉ちゃんに何かイジワルしたんでしょ!」

「はあ!? いやいや待て待て! 俺はイジワルなんてしてないぞ」

「絶対してるよ! あたし、わかるもん。学校でできた友達が言ってたの。男子は気になる女子にすぐイジワルするから気をつけた方がいいよって!」

「ぐぅっ!?」


 恐ろしい。当たらずとも遠からずだ。けどミーア、もう学校で友達ができたのか。それは良かった。すごく良かったが……このままでは俺に対するミーアの評価が幼少期の男子レベルになってしまう。


「よく聞いてくれ、ミーア。俺はアスティにイジワルなんてしてない。断じてしてないんだ。……な? そうだよな、アスティ?」


 ミーアを床に下ろし、真摯な眼差しで俺は語った。


「そうなの? アスティお姉ちゃん?」

「んー、そう……だね。イジワルって感じじゃなかった……かな?」


 おい待て、アスティ。

 だから思い出して赤面しながら答えるんじゃない。


 その表情と雰囲気は幼少期の女子をあらぬ発想へ導きかねないんだぞ……っ。


「あ、わかった!」


 ほら来た!


「レオ、アスティお姉ちゃんにイタズラしたんでしょ!」

「うげ……っ」


 さらに当たらずとも遠からず……っていうか、真相に近くなりやがった!


「学校の友達が言ってた。イジワルしない男子は気になる女子にイタズラするって!」


 ロクなこと言わねえな!?

 ミーアの学校の友達!


「ね、そうだよね、アスティお姉ちゃん! レオにイタズラされたんでしょ!」

「えっと……」

「ちょ、アスティ!?」


 さすがに止めようとしたが、間に合わなかった。

 アスティは頬を赤らめて唇に手を当てたまま、潤んだ瞳でコクンとうなづく。


「……そうだね。イタズラは……されちゃったかな?」

「――っ」


 幼馴染としては見たことのない、どこか艶めいた表情に胸が高鳴ってしまった。


 な、なんつー表情でなんつーこと言ってんだよ……!

 この場にミーアがいなかったらもっかいイタズラ不可避ですよ、こんちくしょう!?


 俺はとことん動揺してしまう。

 一方、さすがにこの空気感は理解できなかったらしく、ミーアは字面通りに受け取っていた。


「やっぱり! レオ、いくらアスティお姉ちゃんが美人だからって、イタズラしたらダメだよ! ちゃんとごめんなさいしなさい。悪いことしたらフェリックスの女神様が見てるんだよ!」

「違っ、いや違くもねーけど、だけど……!」

「だけどじゃありませんっ」


 こうして俺は……まさかのまさか、幼馴染にキスした件で幼少期の女子に叱られたのでした。

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