第15話 少女は無事にお母さんのもとへ帰れました

「お母さん……!」

「ミーア!? ああ、ミーア……!」


 ジグアスの屋敷から出て、家まで送り届けると、ミーアは一目散に母親の胸に飛び込んだ。母親の方も娘をしっかりと抱き締め、大粒の涙を流している。


「ありがとうございます、本当にありがとうございます……! わたしの病を治して下さっただけでなく、ミーアのことまで救っていただいて、もうなんとお礼を言ったらいいか……っ」


 事情を説明すると、ミーアのお母さんに何度も頭を下げられてしまった。


「や、気にしないで下さい」

「そうそう! あたしたちにとってはこれぐらい、なんでもないことですからっ」

「いやなんでアスティがドヤ顔なんだよ」


 そんなやり取りをしつつ、「何もないですが、せめて食事だけでも」と誘ってもらい、ミーアの家で夕飯をご馳走になった。


 ちなみにジグアスやマルコス、その他の騎士たちについては、王国の騎士団に連絡し、すでに捕縛してある。四大聖騎士は俺が元気なことを知っているので、この辺りは話が早かった。


 そうして夕飯をご馳走になり、玄関先で見送ってもらう段になって、ああそうだ、と俺は思い出した。


「ミーア」

「なあに、レオ?」


 返事をしながら自然に腕にくっついてくる。今回の一件で妙に懐かれてしまったらしい。


 ……ん? あれ? アスティがなんかこっちをジト目で睨んでる……? いやいや気のせいだな。うん、気のせいだと思いたい。


「これからは学校に通うんだよな?」

「うん、お母さんが通わせてくれるって」

「夢は今も変わってないか?」

「? うん、いつかお城で働きたいって思ってるよ」

「じゃあさ」


 俺は膝を折り、小柄なミーアと視線を合わせる。


「学校がない時でいいから、ウチで働かないか?」

「レオのおウチ?」

「そ、俺ん家。ここからはちょっと遠いけど、王都の真ん中にある」

「王都の真ん中のおウチって……」


 考えること数秒。

 ミーアは突然、可愛い両目をめいっぱい見開いた。


「お城ーっ!?」

「そ、城。俺、王子だし」

「そうだったー! レオって王子様だったー!」


 え、え、とミーアは戸惑う。お母さんも娘と同じ表情で驚いていた。一応、事情を説明した時に俺が王子だとは伝えてあったんだが、あまり実感はなかったらしい。


「よ、よろしいんですか? ミーアをお城で働かせていただいても……」

「むしろぜひお願いしたいくらいです」


 俺はアスティに手のひらを向ける。ポシェットから取り出してほしいものがあるんだが……なぜか「つーん」と言ってそっぽを向かれてしまった。


「や、あの、アスティ? アスティさん?」

「つーん」

「わざわざ口に出して『つーん』とか言う奴、初めて見たぞ……」

「つーん」

「ほら、なんつーか、今そういうターンじゃないから。な、頼むよ?」

「……もう。しょうがないなー」


 不承不承といった様子で書類を取り出し、なんとか手渡してくれた。それを俺はミーアやお母さんに見せる。


「今日、裁判所にいってミーアが書き写した書類を見せてもらったんだ。字はきれいだし、記述も正確。職員たちの話だと、速度も申し分ないってことだった。実はさ、俺、全治1年ってことになってるから内々で処理しなきゃいけない公務が溜まる一方なんだ。だからミーアの力を貸してほしい。色んな仕事も教えてやれるし、給金も弾むぞ?」


 そう言い、今度はミーアにだけ聞こえるように耳打ちする。


「もちろんアスティも一緒だ。罪の償いがしたいなら、ミーアの力で俺たちを助けてほしい。どうだ?」

「レオ……」


 突然、降って湧いたスカウトにミーアは呆然としていた。しかししばらくすると、弾んだ表情で隣を見る。


「お母さん!」

「ええ、ミーアの好きにしていいわよ」

「あたし、レオのとこで働きたい!」


 元気いっぱいの笑顔で言われ、俺の頬も自然に緩んだ。


「おう、よろしくな!」



              ◇ ◆ ◆ ◇



 さて、ミーアには来週から城に来てもらうことになった。で、俺とアスティは城への帰り道をてくてくと歩いている。


 空には夜のヴェールが掛かり、舗装された川沿いの風が心地良い。この辺りは人通りも少ないので、食後のさんぽにはちょうどよかった。


 うん、まあ……隣のアスティがずっとジト目で睨んでこなければ、もっといいんだが。


「あー、その、何ゆえ怒ってらっしゃるのでしょうか?」

「べっつにー」


 別にと言いつつ、ブロンドの毛先を手いじりして、あからさまなご不満顔である。


「レオ王子はおモテになられて結構なことでございますなー」

「おおう、なんつー分かりやすい当てこすり……。モテるって言ったって、ミーアは子供だぞ? 近所の兄ちゃんに懐いてる感じだろ」

「へー! あたし、ミーアちゃんのことだなんて一言も言ってないのに、レオはミーアちゃんのことだと思ったんだ? へー! へー!」

「もはや当たり屋のごとき理不尽さ! さすがに今の流れだとミーア以外ないだろ。状況証拠が揃い過ぎてるし!」

「ふーんだ」


 川の上を通る、小さな橋。

 その欄干に背中を預け、アスティは頬っぺたを膨らませる。


「レオなんてきらーい」

「ええー……」


 出たよ。

 アスティの『きらーい』。


 子供の頃から拗ねるといつもこれだったりする。しかしこれを間に受けてはいけない。アスティの『きらーい』は『わらわのご機嫌を直しなさい』という女王様的な宣言である。これに逆らったら後がめちゃくちゃ面倒なことになる。幼馴染として理解している俺は諦めて腹をくくることにした。


「あー、帰ったらイチゴの果汁を飲むか? 滋養のために調理長が作ってくれたらしいんだ」

「いらにゃい」

「じゃあ、王家の布を譲ってやろうか? 新しいローブ作りたいって言ってたろ?」

「いらにゃい」

「よし、だったら宝物庫に入っていいぞ。珍しい書物が山ほどあるから、きっとアスティの勉強にもなる」

「いらにゃい」

「クソっ、ぜんぜん効かねえ! ってか、なんで子猫みたいな口調なんだ!? 無駄に可愛いだろうが!」


 攻撃がまったく通用せず、俺はがっくりとうな垂れる。


「そもそも……アスティは恋人作れないんだろ? だったら俺がモテても関係ないじゃないか、一応は」

「それはそうだけど……」


 アスティはきゅっと自分の体をかき抱く。


「でも……」


 そして星明りの下で彼女はつぶやいた。


 困ったような。

 拗ねたような。

 やたらと可愛い表情で。


「でもレオが……あたし以外の女の子を好きになっちゃうかもしれないのは……」


 美しいブロンドの髪が夜風でふわりと揺れた。


「……やなの」

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