第13話 さて、悪党どもに沙汰を伝える

 さて、とつぶやき、俺は悪い大人たちへ視線を向ける。


「顔を上げろ。裁判官ジグアス」

「は、はは……っ」

「俺は今日、裁判所の調査をしてきた」

「ちょ、調査ですと……?」

「そうだ」


 俺が手を差し出すと、アスティが腰のポシェットから折り畳んだ書類を手渡してくれた。


「お前が担当した裁判にはいくつも不審な点があった。過去十数件、特定の商会に対してお前は不当に有利になるような判決を出している。その商会の名はマルコス商会。訪問記録を見てみたら、毎月のように代表のマルコスがお前のもとに顔を出してるみたいだな? ああ、そこの男がマルコスか」

「うっ!? ……は、はい。わたくしめがマルコスでございます」


 脂汗を流してマルコスがうなづく。

 俺は一瞥し、視線を再びジグアスへ。


「裁判所の職員が教えてくれたよ。お前、マルコスから金を受け取ってたな?」

「な……っ!?」

「権力を振りかざして口止めしてたようだが、俺が聞いたらみんなちゃんと答えてくれたよ。『ジグアス裁判官は裏金を受け取って、マルコス商会に助力しております』ってな。つまりマルコス商会が強引な手法で商売して訴えられても、全部お前が帳消しにしてやるって関係性が出てきたわけだ」

「うぐ……っ」


 ジグアスが引きつった表情で息を飲む。

 ちなみにミーアの母親のための回復薬もマルコス商会が手配したものだったようだ。当然、中身は粗悪品。もともとはジグアスの素行を調べるつもりで裁判所にいったのだが、きちんと腰を据えて調べてみると、不正の証拠や証言がぼろぼろ出てきた。まあ、そんな気はしてたんだけどな。


「俺だって何も清廉潔白であれなんて言うつもりはない。多少私腹を肥やす程度なら見てみぬふりもしたかもしれない。だが……どうやらそれだけじゃないようだな?」


 そう言いながら歩き始めると、ジグアスとマルコスが大慌てで道を開けた。エントランスの階段を上っていく。行き着く先には、ドレスを着せられたミーア。


「レオ……」

「怖かったろ。でももう大丈夫だ」

「本当に……王子様なの?」

「まあな。だから安心して教えてくれ。あいつら、ミーアに何をしようとしてた?」

「それは……」


 ミーアはうつむいた。


「でもこれは……罰だから」

「罰?」

「ジグアス裁判官が……1度でも悪いことをしたら決して許されることはないって。フェリックスの女神が見てるからって。あたし、アスティお姉ちゃんのお財布盗もうとしたから、だから罰を受けないと……っ」


 いやあの女神は人に罰を与えるようなことはしないと思うけどな?


「偉いな、ミーアは」

「えらい……?」

「そうだ。自分の犯した罪から目を逸らさず、ちゃんと償おうとしてる。でもその償う相手はあいつらでいいのか?」

「……あ」


 今気づいた、というようにミーアは呆然とする。

 我が意を得たり、と俺は唇をつり上げる。


「罪に罰が与えられるなら、あいつらにも罰が当たらないと不公平だ。さあ、教えてくれ。あいつらはミーアに何をしようとした?」

「えっと、あたしを……売るって」

「あ、ああっ! 違っ、違う……!」

「誤解っ。誤解でございますぞ……っ!」

「よく言ってくれた。ありがとな」


 ジグアスとマルコスがわめくなか、ミーアの髪をくしゃっと撫でる。可愛らしく「わわっ」と首をすくめる少女を背で守り、俺は階段下の悪党共を見下ろした。


「こんな小さな子に怖い思いをさせて、あまつさえ売り払おうとしたんだ。お前ら、覚悟はできてるんだろうな?」

「ぐう……っ。な、なぜこんなことに……っ」

「うぅ……」


 周辺の国で人の売り買いが横行しているという噂は以前から耳に入っていた。だからドレスを着せられたミーアの姿を見てピンときたんだ。いずれこの国にも人買いの魔の手が伸びるだろうと思っていたが、どうやらビンゴだったようだ。


「フェリックス王国において、人を裁く権利を持ち得るのは、創造神たるフェリックスの女神のみ。その女神の権利を王家が借り受け、さらにそれを王家が裁判長や裁判官に与えているというのが法の建付けだ。つまり王家の俺にはお前たちを裁く責務がある!」


 ジグアス、それにマルコスが『まさか……っ』という表情で体を強張らせる。そこへ俺は朗々と告げた。


「裁判官ジグアス、及び商人マルコス! 両名、裁判官と商人の職権を剥奪の上、監獄入りを命じる!」

「ぐうううううっ!」

「ああああっ、そんな、そんなぁ……っ!」


 ジグアスは苦悶の表情で奥歯を噛み、マルコスは頭を搔きむしって嘆く。さらにジグアスの方は呻くようにつぶやいた。


「なぜ、なぜこんなことに……っ。レオ王子は全治1年の療養中のはず。それがどうして私の屋敷に現れて、こんな事態に……っ」

「ま、こっちにも色々事情があってな。一つ言うとしたらお前の言葉通り、女神が見てるってことじゃないか?」

「そのような言葉遊びで私の人生が終わってたまるものか……っ。――はっ、そうだ」


 ジグアスの目に狂気に似た光が宿る。


「国内ではレオ王子は療養中だということになっている。ここで王子を始末してしまえば……何もかも闇に葬ることができる!」


 ミーアが「えっ」と声を上げ、マルコスでさえ「王族殺しをするおつもりですか!?」と驚愕する。騎士たちにも動揺が広がるものの、そこにジグアスの高圧的な声が響いた。


「お前たちの主人は誰だ!? 王族などではない。この私だ! 騎士道に生きる者ならば、主人の命令は絶対! ――殺せ! 騎士たちよ、王子を殺して私を守れッ!!」


 その言葉で腹を決めたらしく、騎士たちが一斉に向かってきた。ミーアが「ひっ」と小さく悲鳴をもらす。そのなかで1階から柔らかな声が響いた。


「大丈夫だよ、ミーアちゃん。だってレオがいるもん! そうでしょ、レオ?」

「おうともよ」


 そんなふうに言われたら、答えないわけにはいかない。騎士たちが怒涛の勢いで階段を上ってくる姿を見据え、俺は右手を掲げる。


女神の聖花を導く者ルナ・アーク・ブレイド!」

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