第12話 レオ王子、騎士たちをあっさり撃退する

 俺はジグアスの屋敷のホールから階段の先を見上げる。そこにはミーアがいて、ジグアスらしき男がいて、ついでに商人のような男の姿もある。ま、だいたい予想通りだ。


「こんな時間に来客とはな……当屋敷の主人として問う。一体、何者だ?」


 やはりあの男がジグアスのようだ。

 居丈高に見下ろしてくる視線を受け止め、俺は肩をすくめる。


「俺たちはミーアの友達だ。帰りが遅いんでちょっと捜してくれって、ミーアのお母さんに頼まれてね。――ほら、帰るぞ。ミーア」

「レオ……」


 戸惑うようにミーアの瞳が揺れる。

 しかし小さな体は射竦められたように動かない。

 代わりにジグアスが口を開いた。


「レオ? ああ、なるほど、ミーアの母親に余計なことをしてくれた魔術師か」

「ん? 魔術師? あー、使用人から聞いてないのか。一応、ちゃんと名乗ったんだけどな」

「誰であろうと関係ない。我が屋敷に乗り込んでくる度胸は褒めてやる。しかしそれが仇になったな。――騎士たちよ! 出てこい!」


 ジグアスが声を張り上げると、一階と二階の廊下奥から軽鎧を着込んだ騎士たちが足音高く集まってきた。さすがにアスティが身を縮こませる。


「うわっ、レオ……これ、大丈夫っ?」

「んー、雇われの私兵騎士が十数人ってとこか。別に問題ないぞ」

「……ほっ、良かったぁ」


 俺の言葉でアスティは胸を撫で下ろす。一方、ジグアスはこっちの余裕が気に障ったのか、不愉快そうに顔を歪めた。


「脅しだと思っているのか? 残念だが、ミーアはこれから行方不明になるのだよ。所在を知った者を生かして返すわけにはいかんな。騎士たちよ。――殺せ」


 騎士たちが一斉に剣を抜いた。使用人たちがぎょっとして身をすくめ、ミーアも中二階から悲鳴を上げた。


「やだぁ……! レオ! アスティお姉ちゃん、逃げてぇ……っ!」

「大丈夫だ、ミーア。心配すんな」


 両側から騎士たちが斬り掛かってきた。

 俺はその斬撃を紙一重で避けて、カウンターのフックとアッパーを叩き込む。


「ごばっ!?」

「ぐおっ!?」


 糸の切れた人形のように騎士たちが崩れ落ちる。別にスキルを使ったわけじゃない。城の騎士団で日々鍛錬してるので、その辺の雇いの騎士程度どうとでもなるのだ。


「な? 大丈夫だろ?」


 ミーアに向かって笑いかけてみせる。当のミーアは「え? え?」と目を白黒させているが、代わりに後方のアスティが褒めてくれた。


「わーお! レオ、格好良いー!」

「はっは、それほどでもあるかなー!」


 ちょっとだけ調子に乗りつつ、視線は階段の上のジグアスへ。


「悪いな。これでも日々、城の四大聖騎士たちと稽古してるんだ。簡単には斬られてやらないぜ?」

「四大聖騎士と稽古だと……?」

「そ、そうでございます!」


 使用人の一人が声を上げた。


「こ、この御方は屋敷の門でレオンハイド・ジータ・ウィル・ハルバート・フェリックスとお名乗りになられまして……! わたくしどもも判断がつきかねたのですが、しかしおそらくは……っ」

「レオンハイド? なっ!? そんなまさか、レオンハイドだと……!?」

「ああ、そうさ」


 俺は気軽にうなづく。


「思い出すのに時間が掛かったんだけどさ。ジグアス・フラジール裁判官、お前、俺に会ったことがあるよな? 裁判長とその下の裁判官たちは3年ごとに国王から任命を受ける。3年前の任命式に俺もいたはずだぞ? ま、あくまでおまけだから、国王の後ろで突っ立ってただけなんだけど」

「なっ、なっ、な……っ」


 面白いぐらいにジグアスの両目が見開かれていく。目の前に提示された情報を必死に脳内で整理し、同時に昔の記憶を呼び起こしているのだろう。考えていることが表情から手に取るようにわかる。ジグアスは3年前の任命式の記憶を呼び起こし、そして国王の後ろにいた俺の顔を――今、思い出した。


「まさか本物の……!?」

「はい、その通りー!」


 ジグアスが理解したのを見計らい、アスティが大きく手を広げた。あらかじめ俺が渡しておいた金貨を高々と掲げる。そこに刻まれているのは、フェリックス王家の紋章。この金貨を所有できるのは王家の血筋の者たちだけだ。


「お控えなさーい! この紋章が目に入らぬかー!」

「あ、あれは……王家の紋章!?」


 中二階の商人が素っ頓狂な声を上げた。

 それに気を良くし、アスティがますます声を響かせる。

 

「ここにおわす御方をどなたと心得ますか! 恐れ多くもフェリックス王家の第一王位継承者――」


 使用人たち、騎士たち、商人、そしてジグアス。

 全員の顔色が真っ青に変わっていく。


「――レオンハイド王子にあらせられますぞ!!」


 その瞬間、ジグアスと商人は転がるように階段を駆け下りてきた。騎士たちや使用人たちと一緒に、その場にひざまづく。


「全員、頭が高ーい!!」

「「「ははーっ」」」


 アスティの号令でこの場の全員が触れ伏した。

 いや、うん、さすがにちょっと大げさじゃないか……?


 ノリノリのアスティに対し、ジグアス一派は完全に平伏していた。


 今日の昼間、俺とアスティは裁判所で調べものをしてきた。その際、最大限自由に調査ができるように、この『王家の紋章』入りの金貨を持ってきたのだ。もちろん裁判所の職員たちには俺のことは口止めしてある。


 で、金貨を見せた時の職員たちの反応が面白かったらしく、このジグアスの屋敷に来るに当たって、アスティが『金貨を見せる役、あたしにやらせて!』と言ってきた。


 本来、王家の者以外には持たせちゃいけないんだが、まあアスティならいっか、と思って渡したら……この有様である。


 や、本当、こんな大々的に頭を下げさせる必要はないだろ、まったく……。


 ふと見れば、大人たちが一斉に頭を下げた一方、ミーアは中二階で呆然としていた。


「レオが……王子様?」


 俺は肩をすくめて苦笑した。


「一応な。だから安心しろ。ミーアの未来は――俺が保証する」

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