第11話 悪役の屋敷に乗り込もう

 裁判官ジクアスの屋敷。

 夜の帳が訪れ、屋敷のあちこちには明かりが灯っていた。


 そのなかの一室、豪勢な客間にミーアはいる。

 きれいに髪を結われ、フリルのついたドレスを着せられていた。まるで人形のような可愛らしさだが、ミーアの表情に喜びはない。ソファーに座らされ、怯えた表情でぎゅっと手を握っている。


 その隣にはジグアスが優雅に腰掛けていた。

 さらに正面には商人の男がおり、2人で品のない笑みを浮かべている。


「いやはやジグアス殿、これはまたとない上玉ですな。高く売れますぞぉ」

「ふふ、そうだろう、マルコス。小汚い平民服を着ている時は目立たないが、少し着飾ればこの通りだ。私の目に狂いはない」


 マルコスというのは王都の内外で商売をしている、名うての商売人……らしい。2人の会話からミーアはそう理解していた。


「この国は人間の売り買いにはうるさいからな。慎重に事を運ぶ必要があった。まったく、骨が折れたよ」

「ご苦労お察しいたしますぞ」

「偶然見つけた上玉が城への仕官を願っていたのは幸運だったな。その母親が病弱だった時には運命を感じたよ。言葉巧みに私の子飼いにし、安物の回復薬を高額で与えてやった。病弱な母親が流行り病にまでなった時は笑いが止まらなかったものさ。この娘は悲壮な顔で相談してきたが、私は痛ましい表情を作ってこう言ってやった。『ミーア君、私も助けてやりたいのは山々だが……回復薬はとても高価なものなんだ。これ以上は融通してやれない。本当にすまない』と」


「役者ですなぁ、ジグアス殿」

「これで思い詰めて盗みでも働いてくれれば、まさに私の思い描いた通りだったが……まさかどこぞの魔術師が首を突っ込んでくるとはな。腹立たしい限りだが、今となっては良しとしよう。偽造した書類によって、この娘は借金のカタに売られることとなった。すべて私の思い通りだ」

「はい。こちらが売買の成立書でございます」


 マルコスがテーブルに一枚の書類を出す。


「これから私めがこの娘を国外に売り出します。どこぞの富豪の奴隷になるか、娼館で物好きな客を取ることになるか、はたまた裏社会で魔術の実験体になるか……どこに買われるかは女神のみぞ知るところですが、ともあれ売り上げの65%をジグアス殿に献上させて頂きます」

「買い手の選定はお前に任せよう。せいぜい高値で頼むぞ」

「もちろんです。ジグアス様のご苦労には必ずや報いてみせますぞ」

「くく、お前も悪い男だな、マルコス」

「いえいえ、ジグアス殿こそ」


 顔を見合わせ、悪人2人は同時に笑い合う。耳を塞ぎたくなるような哄笑のなか、ミーアは血が出るほど唇を噛み締めた。


「しかしよろしいのですか? こんなに明け透けに話してしまって。一応、この娘は借金のカタに言うことを聞くという建前なのでしょう?」

「構わんさ。この娘はもう自分の命運が尽きていることを知っている。ミーア君は賢い娘だからな。なあ、ミーア君?」


 名を呼ばれ、ビクッと体が震えた。

 しかしその言葉の通りだった。


 ジグアスが善良な人間ではないことはもう分かっている。自分が悪辣な姦計に陥れられようとしていることも理解している。


 でも逆らえない。

 逆らってもどうにもならないと分かっているから。


 ジグアスは裁判官。

 この国の司法を任された一人で、圧倒的な――権力者だ。


 ここでミーアが泣いたり、逃げようとすれば、きっと腹いせにお母さんが傷つけられてしまうだろう。だから何も出来ない。なんの力もない自分は、きっとこういう悪者に目をつけられてしまった時点でもう終わりなのだ。


 そしてこんな悪者に目をつけられたことが……天罰なのだと思う。


 盗みなんてしようとしたから、フェリックスの女神様に嫌われた。自分に出来るのはもう祈ることだけ。どうかお母さんは無事でいられますように。悪いのはあたしだから。お願い女神様、お母さんだけは幸せになれますように……。


 ――その時だった。


 ふいに嵐のような大声が屋敷中に響いてきた。


「ミーア! いるかーっ!? 助けにきたぞーっ!!」

「ミーアちゃん、返事してー! 迎えに来たの! お母さんがおウチで待ってるよー!」


 聞き覚えのある声に「え……」とミーアは顔を上げる。ジグアスも眉を寄せ、「何事だ?」と立ち上がった。するとほぼ同時に使用人がノックをして駆け込んできた。


「旦那様……! 大変です! 正面玄関にその……なんというか、来客のような御方が……!」

「来客のような御方? どういう意味だ? 一体、誰が来たというのだ?」

「それがわたしどももどう判断したらよいか……っ。とにかくいらして下さいませ!」


「……? まあ、いいだろう。マルコス、しばし待て。この娘もここに置いておく」

「いえ旦那様! 一応、そちらの娘……いえお嬢様もご一緒に連れていかれた方がよろしいかと! もしも来客の御方が本物だった場合、ご機嫌を損ねるのは得策ではございません……!」


 使用人のあまりの狼狽ぶりにジグアスは怪訝そうな顔をする。しかしただ事ではないとは思ったのか、ミーアに「立て」と命じ、ついでにマルコスも連れて部屋を出た。


 そうしてやってきたのは、屋敷のメインエントランス。


 一階の正面玄関は広いホールになっており、奥から階段が伸びて、中二階の廊下に繋がっている。その中二階の柵から正面玄関を見下ろし、ミーアは声を上げた。


「レ、レオ!? ミーアお姉ちゃん……!?」

「おー、そんなところにいたのか、ミーア。よしよし、ケガとかはしてないな?」

「わっ、ミーアちゃん、ドレス着てるー! 可愛い!」


 戸惑う使用人たちに囲まれ、レオとアスティが当たり前のような顔で立っていた。

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