第10話 ミーア、悪い裁判官に捕まる
レオやアスティと出会った翌日。
ミーアはいつものように裁判所を訪れていた。
そして特徴的なヒゲの男――ジグアス裁判官に報告をしていた。
「ミーア君の母君の病が……治った、だと?」
「うん! ……じゃなかった、はい! レオが不思議な剣で治してくれたんです!」
ここは裁判官の執務室。ミーアは特例としてジグアス裁判官に直接雇ってもらっているので、仕事の前には必ず挨拶に訪れる。今日はその挨拶と一緒にお母さんのことを報告した。
ジグアス裁判官にはとてもお世話になっているので、いの一番に伝えたかったのだ。
「レオ……? 王家の第一王位継承者と同じ名だな……しかし王子は事故で療養中のはず。おそらくは同じ名の旅の魔術師辺りと偶然知り合ったか……ちっ、余計なことを」
「ジグアス裁判官?」
「ああ、いやこっちの話だよ、ミーア君。母君が元気になって良かったな」
「はい! それであの、言いにくいんですけど……」
少し口ごもった後、ミーアはこの裁判所での仕事を辞めたい、とジグアス裁判官にお願いした。お母さんが元気になって働けるようになったので、ミーアを学校に通わせてくれることになったからだ。
ミーアの夢はお城で働くこと。
最初はこの裁判所で経験を積み、その実務経験によってお城に推薦してもらおうと考えていた。これは他ならぬ、ジグアス裁判官が提案してくれたことだ。しかし少なくとも10年以上は掛かるとも言われていた。
でも学校にいって勉強すれば、もっと早く道が開けるかもしれない。それに学校を卒業しておけば、お城でも重要な仕事を任せてもらえることになる。だからミーアとしても学校に通いたかった。
「残ってるお仕事はちゃんと全部やります。ジグアス裁判官にはいっぱいお世話になったから、お仕事以外でもあたしに出来ることはなんでも手伝います。だから……」
「ふー……」
ミーアの言葉を遮るように突然、ジグアス裁判官がため息をついた。
「私はあくまで合法的な方向で、穏便に進めたかったんだがね……」
「え? ジグアス裁判官……?」
「少し待っていたまえ」
一方的にそう言い、ジグアス裁判官は足音高く執務室を出ていってしまった。それからどれくらい待たせれただろうか。おそらく1時間以上経った気がする。ミーアが所在なく立ち尽くしていると、突然、執務室のドアが開いて、ジグアス裁判官が戻ってきた。
いつものように柔和な表情ではない。ひどく面倒くさそうな、それでいてミーアを値踏みするような怖い顔だった。
「待たせたね、ミーア君。早速だが、借金を返してもらおうか?」
「しゃ、借金……?」
「そうだ。君の母君のために私が都合していた回復薬の借金さ」
そう言うと、ジグアス裁判官は一枚の書類を見せた。そこにはミーアの代理として、母親がジグアス裁判官から定期的に金を借りること、そしてその返済利子がいくらになるかということが記載されていた。端的に言って、法外な金額の利子だった。
「こ、こんなの、あたし知らない……っ」
確かにジグアス裁判官は回復薬を手に入れてくれていた。でもその代金はミーアの給金から引かれていたはずだ。だからこそ、ミーアとお母さんは貧しい生活をしなければならなかったのだから。
それにアスティお姉ちゃんが言っていた。あの回復薬には治すための成分が少ししか入ってないと。書類に書いてあるような、莫大な借金が必要な薬には思えない。
何かがおかしい。
ミーアの本能が警鐘を鳴らしていた。しかしそれは恐怖という形で心を縛り、体が動かなくなってしまう。ジグアス裁判官がガラス玉のような瞳で顔を覗き込んでくる。
「ミーア君、偶然にも今日が借金の返済日だ。ほら、この書類にも書いてあるだろう? 君はまだ子供だから、取立は君の母君にすることになるがね」
「そ、そんな……っ。やだ、やめて! お母さん、せっかく元気になったところなの! だから……っ」
「じゃあ、お母さんに負担を掛けないようにしないとね? わかった。私はとても慈悲深いんだ。この件は私とミーア君で解決することにしよう。しかしこれだけは心に刻んでくれたまえ。借金を返さないということは、とても悪いことだ。そして――」
体の奥まで届くような、低くて怖い声だった。
「――1度でも悪いことをすれば、決して許されることはない。必ず天罰が下る。フェリックスの女神様が見ているからね」
それは薄っぺらい子供だましのような言葉だった。しかしまだ子供であるミーアにはこの上なく効果的だった。
「う、あ、あ……」
確かにミーアは悪いことをした。
財布をスッて盗みを働こうとした。
これは天罰なのだ。
だからたくさんの借金を背負わされそうになっている。
フェリックスの女神様が見ている。
逃げることはきっと――許されない。
「私の言う通りにしてくれるね、ミーア君?」
粘りつくようなジグアス裁判官の言葉に対して、ミーアはもう逆らうことができなかった。
◇ ◆ ◆ ◇
ミーアと会った翌日。
俺はまた城を抜け出し、アスティと一緒に路地裏を歩いている。
「ミーアちゃん、喜んでくれるといいね」
「まあな。でも城の仕事は簡単じゃない。そこはビシッと言っておかないと」
「んー、絶賛そのお城から抜け出してる人が言っても説得力がなー」
「うっ。た、確かに……っ」
実はこの路地裏に来る前に裁判所に寄ってきた。そこでミーアが書き写した書類をいくつか見てきたんだが、なかなか……というか、かなり丁寧な仕事ぶりだった。
というわけで今日はちょっとミーアの今後について話がしたくて、また彼女の家に向かっている。
「……あとは裁判官のジグアスの件も片づけておきたかったんだけどな」
俺は独り言をつぶやいて頭をかく。アスティにも手伝ってもらって裁判所で色々やったところ、ジグアスについても見逃せない痕跡がいくつか出てきた。残念ながらジグアス自身は外出中だったので、諸々の対処は明日以降になるだろう。まあ、居場所はわかっているし、ジグアスについては後回しでいい。今日はミーアの未来の話をする日だ。
そんなことを考えつつ、ミーアの家のそばまでやってきた。すると驚いたことにミーアのお母さんが鬼気迫る表情で声を張り上げていた。
「ミーア! どこなの、ミーア……!」
「ミーアちゃんのお母さん。どうしたんですかっ」
尋常ではない様子に気づき、アスティが駆け寄っていく。
「あっ、昨日の魔術師の方々……っ。ミーアが帰ってきていないんです!」
「えっ」
「……詳しく聞かせてもらえますか?」
裁判所で長居をしたので、すでに日が暮れかけている。子供が出歩くような時間じゃない。
母親が言うには今日、ミーアは裁判所に仕事を辞める相談をしにいったそうだ。しかしこんな時間になっても帰ってこない。残務をしているにしても遅すぎる頃合いだ。すでに母親は裁判所にも行ったそうだが、職員が言うにはすでにミーアは帰ったらしい。
「私に心配かけないようにって、ミーアはいつも日が落ちる前には帰ってくるんです。こんなこと今まで一度もありませんでした。あの子に何かあったら私は……っ」
「落ち着いて。大丈夫、大丈夫ですよ、お母さん」
半狂乱の母親をアスティが背中をさすってなだめる。
「ねえ、レオ。もしかして……」
「ああ」
俺も同じことを考えていた。どうやらジグアスはこっちの想定以上に悪辣な人間だったらしい。俺はミーアのお母さんに向き直る。
「安心して下さい、お母さん。ミーアの居所だったら心当たりがあります」
「ほ、本当ですか!?」
「はい。ミーアは俺たちが連れ戻します。だから美味しいご飯を作って待っていてあげて下さい」
そうしてお母さんには家に戻ってもらい、俺はアスティと共に闇夜を睨む。
「行こう」
右手を掲げれば、魔術の光がきらめく。スキルによって形を成すのは、どこまでも飛んで行ける、風の聖剣。剣の腹に足を乗せ、俺たちは夜空へ飛び立つ。
「待ってろ。今行くぞ、ミーア!」
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