第8話 10歳のミーア、初めての泥棒
「よ、リック。久しぶりじゃないか。ウチの屋台の干し肉持ってけよ」
「あら、リックちゃんじゃない。こないだは家の荷物運んでくれてありがとね。あれから旦那の腰も良くなったのよぉ」
「あー、リックだ! ねえねえ、遊んで! おれたち、練習して足速くなったんだよ。次は負けないから!」
風の聖剣で城下町にやってきた。
ここでの俺はレオではなく、若き冒険者のリック・フェリスだ。アスティと大通りを歩いていると、みんなが声を掛けてくれる。やっぱり城で王子扱いされてるより、こっちの方が落ち着くんだよなぁ。ただ、今日はちょっと困ることもあった。
「お、リックじゃん! 最近、顔見てなかったから心配してたんだぜ? ――あれ? その隣にいる美人は……もしかして彼女!?」
アスティのことをどう説明しようか、という問題である。町のみんなに紹介するつもりではあったんだが……よく考えてみたら冒険者が教会関係者と一緒にいるのも不自然だよな。
しばらく迷った結果、顔見知りの若者の問いに対して、俺はこう答えた。
「うん、彼女だ」
「ちょ、ちょっとー!」
途端、隣のアスティが真っ赤になって耳打ちしてきた。
「(なんで当たり前みたいな顔でうなづいちゃうのー!?)」
「(や、ほらここでは俺一応、冒険者だし。彼女ってことなら神官見習いのアスティと一緒にいても不思議じゃないだろ?)」
「(不思議だから! 未来の聖女は恋人作れないっていつも言ってるでしょー! 教会のみんなの耳に入ったらあたしが怒られちゃうんだからねっ)」
むう、そうか、そういうことなら仕方ないな。
俺は頭をかき、訂正することにした。
「本当は彼女じゃない。ちょっと仕事で知り合って、彼女になってもらおうとアプローチしてるところなんだ」
「……そ、その説明もそれはそれでなんか引っ掛かるんだけど」
後ろでアスティが何やらぶつぶつ言っているが、顔見知りの若者は納得してくれたらしく、ひとしきり俺と談笑した後、「頑張れよ、リック」と言って去っていった。
そうしてまたアスティと大通りを歩き始める。
「なんか……城下町でのレオ、楽しそう」
「ここではリックな?」
「はいはい、リックね。まったくもう」
俺がたまにこうして町に来ていることをアスティは知っている。以前、城の塀の穴を越えようとした時にうっかり見られてしまったのだ。ただこうやって一緒に町をまわるのは初めてだった。
「王子様やってるより、冒険者やってる方が合ってるんじゃない?」
「そうか? まあ、気が楽だし、町のみんなも良い奴ばっかりだし、城にいる時より肩の力は抜けてるかもな」
「ふーん。それはよーございました」
「……んん? なんか……怒ってる?」
「べっつにー。ただ、あたしもお城にいる側の人間だしなー、って思っただけ」
「やっ、ちょ……アスティは別だぞ!?」
「へー、ほー、ふーん」
「なんつーあからさまな生返事! ほ、本当だって! 俺たち、幼馴染じゃないか。アスティといる時は俺も王子じゃなくて済むから助かってるんだ。本当だぞ!?」
「はいはい、わかったよ、リック・フェリスさん」
「なんも伝わってないない感じの生返事―!」
アスティにつーんとされ、俺は慌てふためく。
そうして困り果てていると突然、トトト……ッと小さな足音が聞こえてきた。反射的に違和感を覚え、俺は声を掛ける。
「アスティ、後ろ」
「え? ……あっ」
10歳ぐらいの少女が後ろからアスティにぶつかった。
「気をつけなよ、教会のお姉ちゃん!」
「え、あ、うん、ごめんね」
女の子はそのまま人混みにまぎれて走り去っていった。ふむ、と俺は思案する。
「アスティ、財布あるか?」
「え、お財布? ローブのポケットに入ってるけど……あれ? あれれっ?」
「どうやらスラれたみたいだな」
「スラれたって……まさか」
「そのまさかだ。とりあえず――追いかけるか」
女の子の去った方向を見て、俺は駆け出した。
……………。
………。
……。
人混みをかき分けるように駆け、少女はやがて路地裏に入った。
赤みがかった髪で、目がクリっとしていて可愛らしい。ただ着ている服は平民にしても粗末で、全体的にどこかやつれているようにも見える。
少女は震える手で革袋の財布を握り締めていた。
「や、やった……初めてだけど、上手くできた。こんなに簡単にお金って手に入るんだ……」
少女は財布のひもを緩める。するとなかに数枚の金貨と銀貨が見えた。心臓を鷲掴みにされたかのように少女は息を飲む。安堵と罪悪感が混じり合ったような表情だった。
「す、すごいお金……っ。これだけあれば、お母さんにもっとたくさん回復薬を買ってあげられる」
「なるほど、ずいぶん可愛いスリだと思ったら、そんな事情があったのか」
「――っ!?」
俺が背後から独り言を言った途端、少女がビクッと振り向いた。
「な、なんで!?」
「やー、君、スリをする時、あからさまに獲物のアスティに向かって走ってきてたからな。変だと思ったんだ。だからすぐに追いかけてきた」
「くそ……っ」
少女は焦った表情で走りだす。しかし俺も騎士たちと鍛えて足には自信がある。加えてこの辺りは土地勘もあるので巻かれることはない。少女が走って、追いついて、また走って、追いついて、というのを何度か繰り返すと、やがて彼女は崩れるように地面に膝をついた。
「……はぁ……はぁ……ちく、しょう……っ」
「気は済んだか?」
「う、うぅ……っ」
少女は唇を噛んで泣きだした。それとほぼ同時にアスティも姿を現した。息を切らせて路地裏の奥へと駆けてくる。
「レ、レオ……っ。あ、じゃなくて、リック……!」
「あー、まあどっちでもいいけど」
俺は膝を折り、少女と視線を合わせる。
「さあ、財布を返してやってくれ。盗みなんてよくない。君が手を汚したらお母さんも喜ばないぞ」
「……っ。なんにも知らないくせに勝手なこと言うな……っ」
「そうだな。確かに俺は君の事情を何も知らない。だったら話してもらおうか。どうして盗みなんてしようとしたんだ?」
「なんで見ず知らずの奴にそんなこと話さなきゃいけないのさ!?」
「言いたくない?」
「当たり前だっ」
「じゃあ、騎士に君を引き渡そう」
「……っ」
一瞬で少女の顔色が青ざめた。
「子供であっても盗みは罪だ。君は監獄に入れられることになる」
「ま、待って……!」
一転して縋るように少女は言い募る。
「やだ、それだけはやだ……!」
「なぜ?」
「あ、あたしが檻に入ったら、お母さんに回復薬が……」
自分のことよりお母さん、か。
悪い子ではなさそうだ。
そう理解しつつ、俺はあえて厳しい声で言う。
「監獄入りが嫌ならどうすればいいか、わかるな?」
「…………」
少女はチラリとアスティを見る。
そして財布を差し出し、おずおずと口を開いた。
「……盗んでごめんなさい」
「うん」
「な、なんでもします。だから檻に入れるのだけは……」
少女の目からぽろぽろと涙がこぼれだす。
「あたしがいなくなったら、お母さんに薬を届ける人がいなくなっちゃう。お母さんが……死んじゃう……っ」
嘘を言っている様子はない。
少女は小さな肩を震わせて泣いていた。財布を受け取ったアスティが「レオ……」とこっちを見る。俺は浅くうなづいた。
「よし、ちゃんと謝れたな。じゃあ、いこうか?」
「――っ。お、檻のなか……!?」
涙すら引っ込み、ビクッとする少女。
そんな彼女へ俺は――。
「いいや? 回復薬が必要なんだろ? だったら……」
一転して笑みをみせる。
「君のお母さんを治しにいこう」
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