第7話 レオ王子、風の聖剣で空を飛ぶ
翌日。
暇を持て余した俺は自室の寝室で腕立て伏せをしている。
それにしても昨日はなんとも言えない空気だったなぁ……。
アスティにベッドのなかで監視され、嬉しいやら困るやら。しかしアスティもこっちを意識していた。将来的に法律を変えたら、なんとかなるんじゃないかと思えてくる。
「よっしゃ、頑張っていくか!」
己を鍛え上げるため、腕立ての速度を上げていく。するとコンコンと扉がノックされた。入ってきたのは、アスティである。
「レオ、来たよー。……って、何してるの?」
「体鍛えてる」
「いや鍛えてるじゃなくて」
何やらため息交じりに肩を落とされてしまった。
どうやら朝食を持ってきてくれたらしい。普段、メイドが使うカートを押していて、そこにはパンやサラダの皿が載っていた。せっかくなので体を起こし、俺はパンを手に取って口へ運ぶ。
「いつもありがとな。うん、美味い」
「もう、手掴みなんてお行儀悪いよ」
「まあまあ、固いこと言うなって」
「本当にもう……」
呆れつつも水差しを手にし、コップにミルクを注いでくれる。うん、これも美味い。運動の後のミルクは格別だな。
「ちゃんとベッドで寝てて、っていつも言ってるでしょ? なのになんで腕立て伏せとかしちゃうかな。入ってきたのがあたしじゃなかったらどうするの?」
「やー、暇で暇で。まあほら一応、面会謝絶ってことになってるから、この部屋にはアスティと父上や母上ぐらいしか来ないしさ」
「それはそうだけど、油断大敵だからね?」
「わかってるって」
「本当かなぁ」
どうにも半信半疑な様子である。
いや本当、俺だってケガ人のフリをする大事さはわかってるって。
「ところでアスティ、相談があるんだ」
「え、なに? なんか嫌な予感」
「ちょっと町に顔を出したい」
「レオ、ちょっとコップ置いて」
「ん? ……置いたぞ?」
言われるまま、カートにコップを置いた。
途端、アスティが身を乗り出して叫んだ。
「なーんにもわかってないしーっ!」
「おわっ!?」
驚いた。危ねえ。コップ持ってたら落としてたところだ。
「レオは、全! 治! 1年! ってことになってるの! なのに町に出たらダメでしょー!?」
「や、わかってる。わかった上でなんつーか……俺が顔見せないと、心配する人たちもいるんだよ」
「誰? どこにそんな人たちがいるの? ……って、あ、まさか」
「そう、俺っていうか――リック・フェリスが顔見せないと城下町のみんなが心配するんだよ」
「出た。リック・フェリス。まーた城を抜け出す気? あたし、それも良くないっていつも言ってたよね?」
リック・フェリス。それは俺が城下町で使ってる偽名だ。常日頃、俺は城を出ては身分を隠し、フリーの冒険者リック・フェリスとして、城下町の人々と交流している。宿舎の事故もあって最近町に出ていないし、みんな心配してる頃だろう。
ちなみにリック・フェリスというのは、国名でもあり、ウチの家名でもあるフェリックスのもじりだ。まんまなんだが、これが意外にみんな気に留めない。
「あのね、レオ――」
「頼む! 顔だけでも見せて安心させたいんだよ!」
手を合わせて目の前のアスティに拝み倒す。
「それに女神も言ってたんだ」
「女神様?」
――いいからもらって行きなさい! これがあったら王国の人たちをたくさん救えるし、生き返ったら早速使う機会だってあるんだから!
これはスキルをもらうことを断った時に言われた言葉だ。後半の『早速使う機会がある』というのはアスティが泣いているのを見て、ポーションの聖剣を使った時のことを指しているんだと思う。
だから前半の『王国の人たちをたくさん救える』という言葉も実はずっと気になっていた。
「女神は何か意味があって俺にスキルを与えたんだと思う。ひょっとしたらそれはこのスキルで王国の民たちを助けろってことかもしれない。だったらとりあえず町には出てみるべきじゃないか?」
「だけど……」
「未来の聖女殿のご意見を伺いたい」
「あ、ずるい! そこで聖女扱いするのはずるでしょう!?」
「でも一理はあるだろう?」
「……もう」
根負けしたようにアスティは肩を落とした。
「……わかった。女神様の名前を出されちゃったら、未来の聖女としてさすがにノーって言えないし」
「おおっ」
「ただし!」
身を乗り出した俺を制するように強く言い、アスティが顔を覗き込んでくる。
「あたしも一緒にいくからね! レオを一人にすると、また何しでかすか分からないし、お目付け役は絶対必要。ここは譲れません」
「オッケー、オッケー、問題ない。一緒に行こうぜ。みんなにもアスティのこと紹介するからさ」
「でもどうやって行くの? 今までと違って、城内で誰かに見つかっちゃうのもダメなんだよ?」
当然の疑問だった。
今まで町に出る時は、城の裏の塀の穴を通っていた。しかし現在は全治1年で療養中と言われているので、城のなかで臣下や使用人に見つかるわけにはいかない。
こないだの宮廷大工たちにはアスティが口止めをしてくれたが、これ以上、目撃者を増やすわけにはいかない。誰にも見つからずに裏の塀までいくのは至難の業だ。ただし、
「心配ご無用。考えがある」
俺は朝ごはんの皿をカートに戻し、壁際に行って窓を開ける。朝の爽やかな風が吹き込んだ。そこへ右手をかざし、俺は言葉を紡ぐ。
「
魔術の光が舞い、風が手のひらに集まってくる。するとダイヤモンドのように透き通った、無色透明の剣が形作られた。特徴としては槍のように長いことだろうか。全長は俺の身長ほどもある。
「風の聖剣だ。たぶんこれで飛んでいける」
「へ? 飛ぶ?」
ぱちくりと目を瞬く、アスティ。
「や、待って待って、飛行能力って……すごく上位のスキルだよ? 色んなスキルのなかでも単独飛行なんてできる人、ごくごくわずかだし……」
「でも飛べる気がするんだ。たぶん」
「さっきからその『たぶん』っていうのが気になるんだけども!?」
「まあまあ、とりあえずやってみようぜ」
「ちょ……っ」
俺はアスティの手を取り、そばへ引き寄せる。一方、風の聖剣は手を離すと同時に勝手に浮き始めた。長い刀身の腹に足を乗せる。すると聖剣が勢いよく窓から飛び出した。
「ほら、飛べた!」
「きゃあああぁぁぁぁぁぁっ!? 飛んでる! 本当に飛んでるーっ!」
「な?」
「な、じゃなくて! 怖い怖いっ、なんなのもぉぉぉぉっ!」
「待ってろよ、城下町のみんな!」
ちょうど波乗りのサーフボードのような格好だった。しがみついてくるアスティをしっかりと抱き、俺は王国の空へと飛び出した。
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